146 サキの提案
シンハを連れて昼過ぎの町を歩く。
査定がかかりすぎて、もう昼をまわっていたのだ。
「おなかすいた。屋台で食べる?それとも宿メシ?」
「俺はお前の料理が食べたい。」
「お、うれしいねえ。でも、今はせっかく町なかだから、屋台にしない?あつあつ串焼き、好きだろ?」
「まあな。」
「いっぱい稼げたから、今日はなんっでも好きなもん食べていいよ。」
と言ってみる。
「では遠慮なくいただこう。」
とえらそうにシンハは言って、鼻をひくひくさせた。
結局、僕とシンハは屋台をめぐって、具だくさんスープとオーク肉の串焼き、魔兎串焼き、ホルストック串焼きにカットフルーツの串ものなどなどを手に、ベンチに座った。
ここは市場の隣が屋台村のようになっていて、大きなテントが並んでおり、外だが屋根付きのところで食べられるのだ。
ベンチの下の土があまり綺麗ではなかったので、そういう時のために用意している布を敷き、シンハを座らせた。そしてシンハ用のトレイの上にボウルや皿を並べ、スープや串から外した肉類とかナンのようなパン、果物などをそれぞれ盛り付け、水入りボウルも添えて置いた。
「へえ。お行儀いいんだね。」
と近くに座った冒険者風のおねえさんに感心された。
「ええ。こいつ、結構きれい好きなんで。」
と言うと、笑ってじっとシンハを見ている。犬好きなのだろう。
シンハの尻尾が食べながらふっさふっさと揺れている。機嫌がいい証拠だ。
食べる時も、僕の足にシンハの体のどこかが必ず接触している。足だったりお腹だったり。
信頼の証なのか、はたまた単に甘えん坊なのか。
なので宿では裸足でシンハを撫でくりまわしたりもしているが、特に怒りもしない。
むしろじゃれて遊んでもらうのが楽しいみたい。
ちなみに、今シンハが敷いている布はアラクネ製である。
地味な薄茶色だが縁まわりに刺繍がされていて、ちょっとこじゃれている。
「ねえ、君、その犬が敷いている布、何処で手に入れたの?」
今度は商人風のおじさんに声をかけられた。
「え?ああ。これですか?何処だったかな。どっかの町の雑貨屋ですよ。何故です?」
「いや…ちょっと気になって…。まさかね。」
としゃがみこんで大胆にも布に手をのばそうとした。
うー。
とシンハがうなった。
食べている時は本能的に近づく者には警戒する。
それは普通の犬と同じだ。
「あ、危ないから。やめてください。食べてる時は機嫌悪いですから。」
「おっと。そうだね。ごめんよ。」
おじさんはあわてて立ち上がった。
シンハはまた無言で食べ始めた。
相変わらず僕にはぺったりくっついてるのに。
もちろん、僕が食事中のシンハを撫でても、うなったりはしない。むしろご機嫌になる。
『そいつ、この布がアラクネ製ではないかと疑っているようだぞ。』
とシンハが念話で話しかけてきた。
「(ふうん。目はいいんだ。このひと。)」
『気をつけろよ。』
「(ふふ。君が布を敷くならアラクネ製がいいっていうから。)」
とつい笑ってしまった。
「ん?なにか?」
「え?あ、いえ。なんでもないです。こいつ、感情の起伏が大きくて。すみません。」
と僕は商人さんにあやまった。
「君は怖くはないのかね?こんな大きな獣と一緒で。」
「え?全然。だって犬ですし。」
ふっさふっさと犬アピールするシンハ。
「普段はいい子なんで。僕のこと噛んだりもしませんし。」
時折わざとじゃれたふりして引き倒されるけど。
まだシンハ(の布)をじっと見ていたけど、どうやら店の子が商人さんを探しにきたようで、
「邪魔したね。じゃあ。」
と言って、僕くらいの男の子と一緒にテントを出ていった。
『アラクネ製だと見破ったとしたら、なかなかの目利きだ。取引するにはいい相手かもしれないぞ。』
「(まあね。また会えたらね。)」
などと言いながら、僕たちは食事を終えた。
デザートの果物も食べると、僕たちは満腹になってテントを出た。
今日はもうやることもない。
あとは宿に行ってポーションを作るとか、料理のレシピを考えるくらいか。
もちろん日課の「魔力循環」や剣術の型の稽古、ヴィオールの稽古はするけれど。
町中で必需品を買いながら、腹ごなしにぷらぷら歩く。
この町は活気があっていい。
王都に負けないほど賑わっていると言われる辺境伯領都である。
なにより道端に物乞いがほぼいないのが不思議なくらいだ。
日本ではそれが普通だけれど、僕のアカシックさんによると、この世界では貧富の差が激しく、スラム街が大きいのが普通だとか。
町自体もうす汚れているのが普通らしい。
だがこの領都は領主がしっかりしているせいか、スラムはあるが、さほど酷い感じはなく、街の道路も石畳で綺麗である。しかも領主が定期的に依頼をギルドに出しているそうで、道や下水を清掃する人を見かける。子供たちの場合も多い。主に孤児院の子供たちの収入源らしい。
終わると、シスターのような女性が、子供たちにクリーンの魔法をかけていた。
すごいな。魔法。
宿に戻る前に、僕は公園のベンチから町の様子をなんとなくながめながら、途中で買ったポムロルジュースを飲んでいた。
シンハにも小さなボウルにあけて与えている。
僕はさっきから考えていたことを、口にした。
「シンハ。お金入ったし、家、買おうか。」
シンハがもくもくと飲んでいる。
聞こえていないのか?僕は重ねて言った。
「ねえ、シンハ。聞いてる?この町で家を買おうって言ったんだよ。」
さすがにシンハは驚いたようで、ボウルから顔をあげて僕を見つめた。
『なん、だと?』
「家を買おう。」
『急にどうした?』
「え、だってさ。いっぱいお金入ったし、他に使い道もない。新築もいいと思うけど、まあ綺麗な中古物件があれば僕はそれでもいいな。この世界の家に住んでみたいというのもあるし。住みやすいように改造すればいい。」
『…宿ではだめなのか?』
「ダメじゃないけど、宿が嫌なのはシンハじゃないかな。
だっていろんな匂いがするから、辛いんじゃない?
それに、やっぱりなにかと窮屈でしょ?おとなしい犬のフリをするのは。自分の家なら、のびのび暮らせる。もちろん、中古物件の時には、徹底的にクリーン魔法するから、匂いは大丈夫だよ。」
『…森では嫌か。』
「もちろん、森は森ですっごく気に入ってるよ。だけどさ、毎晩あそこに寝に帰れるかっていうと、そうもいかないでしょ。」
『王都でなくていいのか?』
「王都?なんで王都?王都は行ったことないし。行ってみたいとは思うけど、絶対物価が高いし。
此処がいいよ。だって王都はシンハの食料があまりないと思う。不便だ。此処ならすぐに狩りに行けるし。美味い魔物の肉も結構安く売ってる。森も近いし狩りもできる。
家を持つなら、此処がいい、というか、他にはちょっと考えられない。」
『なるほど。』
「定住するという訳じゃなく、これからもあちこち見て歩こうと思っているけど、基地を此処に作っておくのはいいかなと思ったんだ。そろそろ鍛冶も料理もしたいし。」
『!なに、料理!?』
「あー、でも…シンハが嫌なら家を持つのはやめにしようか。」
『いや、持とう!家を買え。俺はお前の家に住みたい!』
「…本当に?」
『ああ。』
「…。僕の料理、食べたいだけとか?」
『い、いや、いやいやそうではないぞ。』
「ほんとうに?」
『ほ、ほんとうだ!』
どうもあやしい。というか、絶対料理だよなこれ。と思う。
『…こほん。吟遊詩人のセシルとはずっと旅暮らしだった。それはそれで面白かった。だが辛いことも多かった。
一番こたえたのは、寒い冬。旅の途中でセシルが病気になった時だ。あれは本当に困った。お前は病気はしなさそうだが、精神的にへこたれそうだからな。うん。いくら一瞬で移動できるとしても、家はあったほうがいいだろう。』
とシンハは言った。なにげにディスられてないか?まあ、いいや。
「判った。じゃあ、本気で家を探すよ。なければ新築する。シンハはどんな家がいい?」
『そうだな…。庭は広いほうがありがたいが…だがほどほどでいいぞ。無理するな。』
「無理はしないよ。じゃあ、庭はなるべく広くして、屋敷は小さくする。空間魔法で見た目より広くできるしね。あ、でも鍛冶場は作るよ。もちろんいろいろ調理できるキッチンもね!
それと、絶対お風呂!もう風呂ありはマストだよねえ。
うわあ。なんか、楽しみになってきた!明日、ギルド長に相談しよう。きっといい物件を知っていると思うんだよね。」
『うむ。町の有力者だからな。それがいいだろう。』
「わーい。なんか、すっごくたのしみー。」
サキが家を買おうと決めたようです。が、一筋縄では行かないのが世の常、なんですよねー。
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