133 ダンジョン入り口~地下3階層 転移陣
さてと。
僕たちも行くか。
初回の者は500ルビを払って受付をすると、入山カードみたいなものを発行されたり、ギルド職員から注意事項を聞かされたりと、いろいろと時間がかかるものだった。
職員からの話によると、各階層のボスを倒すと、階段が現れ、次の階層に進める。
最初の帰りの魔法陣「転移陣(帰路限定)」は、2階層から3階層への階段を降りたところつまり3階層のスタート地点に出る。ただしこれは3階層の特別仕様で、ダンジョンの入り口広間に帰るだけの転移陣だ。
あとは5階層、10階層…と5階ごとにしか「転移陣」が出ない。そして5階層ごとの「転移陣」の場合は、一度踏破している場合は、念じればどの階層にも行ける。
つまり、たとえば15階層までクリアしていれば、6階層とか11階層にも飛べるというわけ。
しかし、あくまでも行けるだけで、「転移陣」は5階層ごとしかないから、すぐに帰りたいなら「転移陣」のある3階、5階、10階、15階まで戻り、「転移陣」に乗ってダンジョン入り口へ、と念じないといけない。
あとは普通に、ひたすら戻り続けるしかない。
まだ「転移陣」があるだけ優しい仕様だそうだ。
全くないダンジョンでは、深く潜れば潜るほど、帰りも難しくなる。
「転移陣」魔法を込めた「転移石」も売っているが、一度きりの使い捨て。なのに高価。しかも入り口に戻ることしかできない仕様とのこと。
「ではお気をつけて。無理は絶対にしないで、危険と思ったらすぐに『転移陣』で入り口広間に戻ってきてくださいね。最初のものは3階層にありますから。」
と言ってくれた。
ふと振り返ると、僕たち以外には初回者はいなかったようで、誰もいなかった。
しんがりか。
それもまたいいかもしれない。
などとポジティブ思考をしつつ、僕たちはダンジョンの中に入る。
まず何もない広間があった。
いかにも迷宮ですと言わんばかりの古城の広間のようだった。その中央に地下へ続く階段。
僕たちはその階段を降りていった。
初階層。つまり地下1階だ。
ここはちょっと荒れた感じの草原。遠くに赤茶けた荒野と、その奥に少しの林が見える。
ここの魔物はスライムが中心だ。
ボスもスライムキングだという。
「いろいろな色のスライムがいるんだって。」
僕は受付で渡されたパンフレットを見ながら言った。
『毒スライムだけは気をつけろ。顔を溶かされたくなかったらな。』
顔だって手足だって、溶かされるのは嫌だよ。
ダンジョンには妖精はあまりいないと聞いているが、それでも幼体がふよふよ飛んでいたりする。
環境によっては居るんだな。
初階層と2階層は、FとEランクにおすすめの階層。
特に初階層はスライムだけなので、よほど運悪くボスに会わなければ、走って戻ってこれるらしい。林のところで少し薬草も採れるようだ。
僕は長くなった髪を束ね、きちんと戦闘態勢だ。
最初は緑の普通スライム。
クナイで核を一発破壊。
核の中にある薄緑色の小さな魔石と体液をゲット。
続いて数匹の青スライム。
これは薄青の魔石と薬効成分のある体液だ。
さらに赤いスライム。火を吐くが、ただそれだけ。
赤っぽい魔石と火属性の体液ゲット。
スライムの体液は、全部薬や化粧水の成分になるのでゲットだ。実験に使う予定。
紫色のスライムが出た。
「毒だね。あれ。」
『ああ。』
ビュッと毒を飛ばしてきた。
なるほど。少し今までのとは違う。攻撃力が高い。
もちろんクナイで核を一発。
でも、クナイを一本駄目にした。
『魔法で仕留めるべきだったな。』
「そうだね。失敗失敗。」
薄紫の魔石と毒もゲット。
とにかく、キングスライムを求めて先へ進む。
『らちがあかない。サキ。乗れ。』
「ふふ。やっとその気になってくれたか。良かった。僕もそろそろ言おうかと思ったところだよ。」
僕は少し大きくなったシンハにまたがった。
するとシンハはびゅんびゅん飛ばす。
此処は荒野にちょっと林があったりするだけだから、あまり邪魔になる木がないので、走り放題だ。
「いた!あそこだ。」
『ああ。』
僕は適当な場所でシンハから降りると、まずキングスライムを観察した。
これはたびたび倒されているが、その都度さまざまな属性のキングが湧いているようだ。今回は毒。
これはキングの中でも一番やっかいだと言われている。
『ち。はずれだったか。』
「そうかなあ。僕は『当たり』だと思ったけど。」
毒は薬の裏返し。いろいろと研究材料として有効なのだ。
『ではサキのお手並み拝見といこうか。』
「判った。まかせといて!…豪雷!」
ドッカーン!ガラガラガラ!
大音響と共に、落雷がキングを襲った。
水溶性の体液を持つキングは、その一発で核が破壊され、動かなくなった。
「ちょーっと強すぎたかな。」
『ふむ。つまらん。』
「まあ、そう言わないで。お。これは珍しい毒だよ。たぶん、トリカブト系だな。」
僕は嬉々として鼻歌交じりに毒液を大量に採取。あとは普通は放置だが、この猛毒を誰かが得るとろくなことにはならないので、すべて『分解』して無害にして処分した。
「うん。これでよし。お、薬瓶がドロップしてる。上級の毒消しだな。まあまあかな。」
ボスを倒すと、魔石や体液以外にも、なにかドロップすることがあるらしい。
宝箱が出ることもあるという。
『しかし…。毒スライムを嬉々として討伐、解体か。狂気の沙汰だな。』
「ん?なんか言った?」
『いや、なんでもない…。サキ。あいつの向こう側に、階段が出たぞ。』
「おお。予想どおりとはいえ、ワクワクするねえ。」
僕たちは初階層をクリアし、地下2階へと進んだ。
2階層。
荒野と洞窟エリア。
雑魚敵はスライムと吸血コウモリだった。
もちろん楽勝。
吸血コウモリは赤黒い魔石と羽根が報酬。羽根は薬や錬金術の材料になる。
ダンジョン内では魔物の死体を放置しても、いずれ地面や壁に吸収されてしまう。そのため、もし倒した魔物の肉や骨が欲しいなら、すぐに解体するか、亜空間収納に入れないと消滅する。
解体に時間が掛かるなら、とにかく地面に接しないよう、布の上に魔獣の死体を置くのがポイントだそうだ。
此処のボスはでかいコウモリのキングコウモリ。また雷で仕留めるのはつまらないので、長剣でその羽根をぶったぎり、心臓に剣を通して終わり。
報酬は魔石に鋭い爪と牙、そして大きめの羽根。それからドロップした報酬は「幸運のお守り」。たしか中国ではコウモリは福をもたらすとか。こっちの世界でも福を呼ぶのかなあ。
2階層もなんなくクリア。
3階層。
階段を降りきったところの脇に、受付の人が言っていた「転移陣」がはじめてあった。
「ちょっと待って。これが「転移陣」だよね。僕、はじめて見た。」
みると、三重の輪の中に文字が書かれている。古代語のようだ。
そして何故か読める。
僕がアカシックレコードにアクセス権を持っているからなのかもしれない。
三重の輪の中に呪文が書かれていた。
一番内側は発動の呪文。二重目が転移先を示すもの。一番外側の三重目は転移先で実体化する呪文で、自身の周囲は空気であること、足裏は地表から約1センチ上であること、ダンジョン内でのみ作動することなどを指定する呪文だった。
書かれた呪文は結構複雑。
まずは単純に
「転写!」
と言って、亜空間収納内に転写イメージを収納。これは「控え」だ。
僕の目的は、どこへでも転移できること。
この魔法陣のまる写しでは実現できない。そこでこの魔法陣を応用することに。
んー。
僕は、アラクネさんたちが織ってくれた布を思い出した。
布を広げ、はじめに、
「三重円のみ転写!濃度50パーセント!」
と唱えると、布に円形の線が薄墨状態で記された。
次に
「内円一重目、文字転写!濃度50パーセント!」
ほわんと、一番内側の文字が同じく転写された。
それから
「外側の三重目、文字転写!ただし一部文字割愛!濃度50パーセント!」
ダンジョン内でのみ作動というところは省く。
転移先を示す二重目は空白とする。
これで基礎は完成。今度は、僕の指先をちょっと針で突いて、血を垂らしたインクを用意。このインクはエルダートレント炭と、僕の魔力水で作った墨汁だ。これに血を垂らして魔力濃度を上げる。これを
「魔力インク、トレース発動!」
と言って、50パーセント濃度の薄墨コピー上にインクを乗せた。
さらに、「作動はダンジョン外も可能」と書き加える。これが文字数、円の隙間など、原形と同じにできる文言だったからだ。
「できた!」
するとこの布に描いた転移陣が光った。
「お。」
やった。予想どおり。魔法陣の布ができた!
「シンハ。ちょっと待っててね。」
『何をする気だ?』
「これに乗って発動してみる。使えそうなんだ。」
『我も行くぞ!』
「え、でもあぶないよ。ちゃんと発動するか判らないし。」
『お前が行くのに我を置いていくのか。それは絶対嫌だからな!』
「…判った。乗って。」
僕は決心してシンハも乗せた。
「とりあえず、出口をめざすよ。」
『ああ。』
僕はその布にシンハと二人で乗り、念のためシンハの首輪に触れる。
そして二重目は言葉で唱えることにした。