131 ダンジョンデビュー
ようやく、ダンジョンです!
それからユリアはどんどん元気になり、落ち着きを取り戻したようだった。
魔力の流れも、僕と何度か「交流」をやっているうちに魔力が流れる魔力線が太くなり安定したようで、滞ることなく自分で回せるようになった。
むしろ、手加減するのを覚えないといけないほどだった。
就職先は、結局、ギルドになった。
まだ見た目10才だが、本当は14才だ、ということで年齢もクリア。
魔法はなんと査定専門官のケリスさんが、教えてくれることになった。
ケリスさんは実は王都の中央学院魔法科を首席で卒業し、魔塔にもいたことがある秀才だそうだ。
もともと魔獣に興味があって、魔塔で研究するよりヴィルドで直に魔獣を見たくて、それで辺境に就職したという変わり者らしい。
「うわあ、僕も教わりたい!」
そう言うと、
「サキはこれからダンジョンだろ?きっといっぱいの魔物を持って帰って、僕の仕事を忙しくするから。サキはダメ。」
と笑って断られた。
そのかわりというか、魔法の基礎教本3部作(初級編、中級編、上級編)を貸してもらった。これは魔法学校で習う基礎教本だそうだ。わーい!あとで転写して返すんだ。
ユリアの護身術や戦闘技術は、女性陣のうちミリエさんが教えてくれるようだ。
学問はすでにある程度修めていたから、あとはギルド職員として必要な魔獣とか植物の名前や特徴を独学するようだ。これらもケリスさんやカークさんが指導してくれるだろう。
そして、なんとギルド長が引き取り、養女になることが決まった。
奥さんで元ギルド職員のアマーリエさんが、ユリアの話を聞いて心を動かされ、彼女をぜひ引き取りたいと言ってくれたそうだ。ちなみに、ギルド長には5才の息子もいる。
さて。
僕の方はシンハとようやくダンジョンに潜ることにした。
ここのところ、ユリアの件もあって落ち着かなかったが、ユリアがギルド長の娘になることが決まって、僕は本当に安心できた。
それまではなんとなく町中の仕事や簡単な採取ものをやっていたのだが、さすがにシンハも、そろそろ暴れたいようだ。
数えてみると、もうユリアが来てから一週間が経っていた。
「そろそろダンジョン、潜りたいよね。シンハも。」
『ああ。待ちくたびれたぞ。』
「ごめんごめん。なんとなく、落ち着かなくてさ。」
『ユリアのことだろう。だがもう安心だ。ギルド長が親になってくれれば。あいつはああみえて、結構人望もあるようだしな。いい父親になるだろうよ。』
「『ああみえて』って。本人には言えないよ。」
『だからこそ今言ってる。』
「ふふ。まあ、なんとなく言いたいことは判るけどさ。」
荒くれ野郎たちを束ねている豪傑だ。目つきも鋭くて、盗賊の首領のような雰囲気さえあるからな。
でも確かにシンハの言うとおり。ギルド長が義理の親なら、もう安心だ。朝晩の行き帰りのボディーガードにもこれ以上ない人選だ。
いちおう、ひとりで町を歩くこともあるだろうから、お守りのために、身につけているだけで結界が張れて、かつ念じれば僕とシンハに思念波が届くようなペンダントは渡した。会話はできないが、これで彼女が危機的状況にあれば、すぐに僕達に届く。
手渡した時、ユリアはじっとペンダントを見て、それからぎゅっと手に握り、
「これで私と貴方たちが繋がっているのね。安心できるわ。ありがとう。」
と言った。
さて。
ダンジョンについて、アカシックレコードが一般的な概念を教えてくれた。
ダンジョン。それは魔力だまりが変化して、迷宮になったものという。
大抵、ダンジョンは段階的に強い魔獣を排出するようになっていく。そしてどんどん深くなり、広くなり、最後の階層にダンジョン主が存在している。
これを討伐すると、ダンジョンクリアとなる。
その後は衰退していく例と、衰退せずにまたダンジョン主が生まれ、ダンジョンが持続する例がある。
古いダンジョンほどやっかいで複雑。ダンジョン主を倒してもまた生まれてしまう。
新しいダンジョンは、魔力だまりが深くなければ、ダンジョン主が倒されると、やがて衰退していくのだが、もともと魔力が溜まりやすい場所であるから、しばらくするとまたダンジョンになっていることもある。
この世界には、数多くの不思議なダンジョンがあるが、特にヴィルド近くにある「ジオのダンジョン」は、「はじまりの森」の浅い部分にあるのに古いダンジョンだ。
ダンジョン主を討伐しても魔力だまりが消えずにずっと継続し、少しずつ深くなっている。しかも、ダンジョン内の浅い層…2階とか3階とか…でも、時々レアな宝物が出ることでも有名だった。
なお、「ジオ」とはこのダンジョンを発見した昔のひとの名前らしい。
朝早く、手続きのためにギルドに行くと、ユリアがカウンターに入っていた。
他の人より背が小さいため、何か台に乗っているようだ。
まだ見習いなので、少し後ろでカークさんが悪い虫が寄ってこないように見張っていたらしく、一番端のユリアのところだけは空いている。
「ユリア。おはよう。」
「!おはよう。サキ。シンハ。」
『おはよう。』
シンハも念話で挨拶する。
「カークさん、おはようございます。」
「おはよう。」
相手が僕だと判ると、安心したのか中座して奥へと消えた。
「今日は?ダンジョン?」
「うん。手続きをお願いします。」
僕がカードを出すと、
「了解。少々お待ちください。」
と店員風の言い回しで僕のカードを白い石の上で操作し、手続きする。
ちなみにすでに表記は簡易表記なので、特に驚く要素はない…はずなのだが、何故かユリアは驚いた顔をした。
「え。Bなの?」
「うん?そうだよ。あの変異体のゴブリンキングを倒したから、あがったんだ。」
「ちょっと待って。サキが、直接キングを倒したの?」
「え?なにいまさらなことを。僕、言ったよね。」
「倒したって聞いてはいたけど…それは皆で倒したんだと思ってたのよ。…そうなんだ。強いのね。」
「シンハがいたからね。」
「あー。なるほど。」
『ユリア。』
「ん?なあに?」
シンハが念話でユリアに声をかけた。
周囲に気づかれぬようにしながら。
『キングを倒したのは、結局はサキだ。俺はサポートしただけだ。サキはすぐ必要以上に謙遜するし、自分の実力を判っていないダメダメな奴だが、こいつは本当はとんでもなく強いぞ。力量を間違えるなよ。』
ダメダメって…。ぶう。
「…。そうなのね。判ったわ。」
「シンハ。どうした?いつも僕をしっかりけなすくせに。ビミョウによいしょしちゃって。(まあ、言葉の一部は貶していたけどさ。)」
『そろそろ焼いたワイバーンが食いたいなと。ミディアムレアがいいな。』
「おい。」
ふふっあはは、とユリア。
「もう。二人して笑わせないでよ。…はい。手続きは完了。サキが強いのは認めるから、とにかく二人とも怪我しないで戻って来てね。」
「うん。ありがと。行ってきます。あ、もしかしたら、ダンジョンに数日泊まるかもしれないから、心配しないで。」
「判ったわ。シンハも気をつけてね。」
『おう。行ってくる。』
僕たちは笑顔のユリアに見送られて、ギルドを出た。
知り合いの美少女に笑顔で送り出されるのは、なんだか気分がいいな。
なるほど。他の冒険者たちが美女のいるカウンターで手続きしたがるのが少し判った気がした。
ちなみに、僕たちがユリアから離れたとたん、他の冒険者たちがユリアのカウンターに殺到…しそうになったが、すぐに奥からカークさんがやってきて睨んだので、またおとなしく他の列に並び直したようだった。