13 塩の旅
翌日。
異世界10日目。
僕が土魔法から作った大甕に、亜空間収納に入れて運んできたわき水を移しかえていると、すっかり元気になったシンハが、珍しく裾をひっぱった。
「ん?」
「バウ。」
どうもついてこいと言っているようだ。
「何?ついてこいって?」
僕はシンハに従って、歩き始めた。
何処までいくのだろう。
普段歩いたことのない道をシンハは迷わず歩いていく。
どれくらい歩いただろう。
途中で狩りをして、食事もした。
シンハがまた大きくなって、僕を乗せて走ったりもした。
夕暮れになって、今夜は野宿なんだ、とようやく気づいた。
まあ、財産はほとんど亜空間に収納して持ち歩いているからいいけどさ。でもテントも寝袋もまだない。石の寝床に敷いていたなんちゃってベッドは置いてきたし。
「シンハー。野宿なら、先に言えよ。森での野宿ははじめてなんだ。いろいろ準備があるだろ。」
と言ってみると、
「くうん」
ときた。
ちっ、可愛いじゃねーの。
「ずるいぞ。そんな可愛い声出したら、許さない訳にはいかないじゃないか。」
「バウ。」
「ったく。調子いいなあ。」
仕方ない。簡易ベッドは手持ちのメルティアと布で作るか。亜空間収納内で。
まずは腹ごしらえ。僕は竈を作り、マダラ蛇の肉を串焼きにする。
「お前は?生がいいか?」
と輪切りの生肉を置いてみると、さっさと竈に持ってくる。
「判った。焼けというのか。まったく。グルメになっちゃって。」
ちなみにマダラ蛇の皮は薄くて丈夫なので、ちゃんととってある。雨合羽などに最適。もちろん、リザード革やワイバーン革の外側にコーティングすると、それだけで十倍は強くなるらしい。パンツルックにすれば、なかなかイケてる冒険者になるだろう。
すべては『鑑定』様が教えてくれた。
フード付きのゆったりしたローブコートは、一見地味だが実は極上のレアもので魔法が付与されており、防御力抜群らしいから他にはいらない。ブーツもワイバーン革らしい。
中に着ているシャツや下着まで、『鑑定』様によれば、アラクネとかいう魔蜘蛛の糸が使われている逸品で、こちらも防御力ありのもの。
短剣も一見普通だが、これも『斬鉄剣』なみになんでも斬れるものらしい。
なんだかなー。
異世界チートをたくさんもらって、この世界に降り立ったようだけれど、なんで森の中なのかわからん。
「でも、最初に会ったのがお前で良かったよ。シンハ。でないと、僕はもうとっくに死んでた。ありがとな。」
そう言って、撫でると、シンハは傍にぺったりくっついて、ゴロゴロと喉を鳴らして甘えた。もっと撫でて、というように、腹まで出して寝そべる。
「おいおい。油断しすぎ。まったく。」
ふふっと笑うと、シンハも笑ったように見えた。
「そろそろ寝るか。なにかあれば、お前はすぐに起きるから。大丈夫だろ?」
任せろ、というようにシンハが「バウ!」と言って尻尾を振った。
もちろん僕が作った結界石は一応四方に置いてあるけれど。
今はいい。
こうやって、こいつとふたり?で暮らしていければ、幸せだ。
でも、シンハだって、いずれ同族の家族を持つだろう。
「なあ、お前がもし、同族の家族を持つようになったら…僕はお前の棲家の近くに山小屋でも建てて暮らすよ。そうしたら、いつでも会えるし、寂しくないからな。」
と言うと、
「ウウウ。」
と不満げに唸った。
そしてぱくっと僕の手を甘がみした。
「ん?なに?いやなの?」
「ウウウ。」
「判った判った。判ったからまじ噛むな。お前に噛まれたら、僕の手なんかなくなっちゃうだろ。…ふふ。そっか。僕と一緒にいつまでもいてくれるのか。優しいな。シンハは。ありがとう。うん。一緒にいような。なるべく長く。おやすみ。シンハ。」
僕はシンハをもう一度撫でて、シンハにわざと体をくっつけて目を閉じた。
シンハがようやく安心したのか、ふうっと大きく息を吐いたのが聞こえた。
シンハの息づかいが、ぬくもりが、衣服を通して伝わってくる。
ありがとう。シンハ。
大好きだよ。
翌朝。
異世界11日目。
ふあーあ。
僕は大あくびと共に覚醒した。
「んー。シンハ、おはよう。」
「バウ。」
シンハは鳥を仕留めてきていた。
「おお。大漁だな。」
鶏のでかいののような鳥だ。
うまそう。
僕はただちに火を起こし、鍋に魔法で水を出して火にかける。
鳥はまずクリーンして亜空間に一度入れる。クリーンは亜空間内でももちろんできる。
亜空間に鳥を入れれば羽根むしりはしなくていいし、血抜きも捌きも自動でできる。ただしいろいろと自分でやらないと訓練にならないので、普段はなるべく獲物の分解は自分の手でもするようにしているが。1日に1匹はするようにしている。うまくできたらそれでおしまい。へただったらもう1匹という感じ。
今日は旅先なので、時短。なので亜空間収納に捌きをお願いする。
ちなみに魔獣の血もとってある。これも薬になると、『鑑定』様が教えてくれたのだ。
液体は亜空間収納内ではすべてそれぞれ種類ごとに球体になって存在している。
魔物の血は、石のようにかためておいて、削って溶かして呪文を書く時などに使うこともできるようだ。
もうすっかりこの森の狩人暮らしが板についた。
羽根もいずれ枕か布団だ。
食べ終えた骨も、シンハが食べなければ亜空間行き。
これもいずれ粉砕して薬になる。
魔獣は捨てるところがない。
すべてに魔力が含まれているからだ。
「お。魔石、でかい。」
僕は亜空間内で解体された鶏の肉と一緒に、魔石を取り出して眺めた。
鶏のくせに、立派な魔石だ、と思ったが、『鑑定』によると、これは鶏ではなく、コッカスパギラスという魔鶏で、その魔石はとても価値が高いそうだ。
「本当に、シンハは優秀なハンターだなあ。」
そう褒めておだてて、いっぱい食べさせてやる。
二人で一羽をぺろりと平らげてから、出発だ。
「ところでどこへ行くんだ?」
と言うと、
「バウ!」
と言った。
わからん。
でも、あそこだ、といわれたような気がして、目をあげると、木々の間から大きな岩山が見えた。
「ん?白いな。…もしかして…岩塩…なんてことはないよねえ。」
とシンハをみると、
「バウ!」
となんだか得意気だ。
「まじ?シンハさん。本当に塩ですか?」
そう言いながら、もうシンハも僕も走っている。
そして、それから数十分後。
僕は大岩の麓に来ていた。
「うっはー。でかい!」
地面も白い。じゃりじゃりしている。
試しにちょっと舐めてみた。
「!やった!塩じゃん!」
採取は此処でもいいか、と思ったが、シンハがこっち、というように岩山の崖の傍に僕をうながす。
行ってみると、こっちの方がもっと白いし、きらきらしていて、まじりっけがない。
天然塩の結晶になっていた。
「うっほい!やった。綺麗な塩じゃん!」
僕はがつがつと短剣で掘り出す。どこまで掘っても塩だけ。土っけなどなく、天然の塩の固まりだった。
ただ時折石英があるのか、きらきら光る石粒がまじっていた。
まあいい。
あとで溶かして固めれば純粋の塩が採れる。
もう掘れるだけ掘った。だって亜空間はどんなに入れても、限界がないみたいで、うれしくなって調子にのってとっていた。
岩山に洞窟ができちゃったくらいに掘ってしまった。
「うーん。さすがに取りすぎたかなあ。」
だがシンハはまだまだ、というように、自分でも穴堀りをしている。
「何?シンハ、何かそこにあるの?」
あんまり熱心に掘るので、僕はシンハの足元をみる。
結構深く掘っていた。
「ん?」
シンハの足元に、きらりと光るもの。
「なんだ?」
僕はシンハが掘り出した石を手にとった。
日の光に透かしてみる。
「塩の結晶?じゃないな。水晶?…いや、これは…まさかっ」
それはダイヤモンドだった。
どうみても、地球上なら世界最大クラスのダイヤ。
この世界ではこんなのがざっくざくなのだろうか。
さっき掘った時、時々がつがつあたる綺麗な石があるなあと思ってはいたのだけれど。
「まてよ。さっき。」
僕が掘ったものにも、結構な大きさの堅い石があった。
塩の固まりだとばかり思っていたので、あとで溶かそうなんて思っていたのだが、鑑定してみると、みーんなダイヤモンドではないかっ。
僕はへたりと座った。
この岩山だけで、どれだけの埋蔵量なのか。
そういえば、遠くからきらきら光っていたのは、塩ではなくてダイヤモンドなのだなと納得した。
それにしても。
「この世界って、ダイヤが安いのか?」
さすがにシンハは答えない。
大きなダイヤをコロコロ転がして、遊んでいる。
「ふふ。それはお前のだよ。あとで持って帰ろうな。」
と言うと、何を思ったか、それをくわえて僕の前にぽとりと置いた。
「バウ!」
そして尻尾を振ってる。
「ん?収納しろって?判った。入れといてやる。」
だが、その答えに不満らしく
「バウバルルル」
と不満な時の鳴き声になる。
「ん?なに?」
もう一度、僕の方にダイヤを転がしてくる。
「…もしかして、僕にくれるってこと?」
「バウ!!」
正解というように、誇らしげに吠える。
「はは。ありがとう。これ、地球だったら、一生遊んで暮らせる値段だぞ。でも、きっとここじゃ安いんだろうな。こんなにあっさり採れるんだから。でも、うれしいよ。お前が僕にプレゼントしてくれるなんて。」
僕はシンハの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「さあ、そろそろ帰ろう。途中でまた野宿だから、鶏と蛇肉のシチューにしような。塩をきかせて。ああ、シャケも入れような。今夜はごちそうだ!」
「バウ!」
「はは。お前はダイヤなんかより、そっちのほうがいいんだろ?」
もっとあとで知ることになるが、この世界でのダイヤモンドの価値は、地球よりも高く、しかもこの「はじまりの森」でダイヤが採れることなど、人間たちは知らないことなのだった。
掘り出す時、僕は短剣を使ったのだが、普通の短剣ではぼろぼろに刃がかけてしまっていただろう。僕がダイヤと気づかなかったのは、この短剣がダイヤと同等に堅く、けれどしなやかで刃がかけることはないものだったからだ。それさえも、まだ僕は知らないことだった。
さて、もう十分の塩が取れたと岩山から帰ろうとした。
ふと見渡すと、
「うん?」
岩塩が採れた岩山は真っ白い崖だが、隣の丘の崖は層になっていて、不純物が多いのか、灰色をしている。なにがまじっているのだろうと鑑定さんを起動させた。すると
「ナトロン及びトロナ鉱石」
と出た。
なんだろう。僕の知らない言葉だ。
じっと丘を見ていると、
「ナトロン。天然の炭酸ナトリウム水和物の名称。地球上では塩湖でとれる。古代エジプトにおいて、石鹸、洗剤、ミイラにする際の脱水処理などに用いられた。ガラスの材料にもなる。」
「トロナ。セスキ炭酸ナトリウムからなる天然の炭酸塩鉱物。塩湖や干上がった湖に産出する。重炭酸ソーダ石。ガラスの材料になる。天然重曹。かんすいが作れる。」
と出た!
「!ガラスにかんすいだって!?」
ガラスの材料とか、ラーメンに必要な「かんすい」の材料となれば、これは採らねば。
「シンハ、ちょっと待って。隣の丘にもいろいろ使えそうな素材があるみたいだ。」
ということで、まだ僕自身がどれだけ使いこなせるか解らないけれど、これもまたある程度まとまった量を採取することにした。