129 ユリアの魔力
「…ねえ、シンハって大きいけど、おとなしいのね。」
「うん。戦うとすごいけどね。」
「ふうん…。」
僕の傍に座っていたシンハが、むくっと起きてベッドに手をかけた。
くうん。
と甘えた声を出して尻尾を振る。
まったく。お前はなんてブリッ子なんだよ。
「まあ。可愛い。撫でてほしいのね。よしよし。いい子ね。」
ごろごろと喉を鳴らして甘える。
演技と判っていても、シンハに感謝だ。
ユリアの笑顔が見れた。
「この子…魔犬なの?」
「んー。たぶん。」
「でも全然そんな感じしないわ。…妖精さんと同じ雰囲気なのよね。」
「え?そ、そう?」
あせる。
『エルフは敏感だからな。』
とシンハが念話で言った。
「え?」
と何故かユリアが目を丸くしている。
「何?」
「この子…今、人間の言葉、しゃべったわ!」
「え!?」
『ちっ。』
驚く僕。シンハは舌打ちしてぱっとベッドから離れた。
「(念話、判ったってことだよね。)」
『ああ。まずいな。なんとかしろ。』
「(なんとかって言われても。)」
『うまくごまかせ。』
と二人で念話でごしょごしょ会話していると
「なに?なんて言ってるの?」
とユリアが怪訝そうにこちらを見た。
「え?(どうして今の会話は聞こえないんだろ?)」
『さあな。こんなこと、はじめてで判らん。…もしかすると、さっきは我に触れていたからかもしれんな。』
「あ、そか。」
『馬鹿!また声に出てるぞ。』
「う。」
『ほらまた!』
「なに?シンハはなんて言ってるの?」
「うー。」
僕は自分のドジさに頭をかかえ、うなった。
混乱しすぎてる。
やばい。
「と、とにかく、シンハは特殊なんだ。悪いけどこれ以上何も聞かないで。僕もよく判らないんだ。」
と言って、この話を一方的に終わりにした。
「そう…。そうよね。会ったばかりの赤の他人に、大切な仲間の秘密を話すことなんか、できないものね。」
とちょっと悲しげにうつむく。
うー。ちょっと胸が痛い。でも仕方がない。
「判ったわ。もう聞かない。ところで、私、お風呂に入りたいのだけど。」
「あ、うん。あるかどうか聞いてくるね。」
僕はシンハを連れ、食器の乗ったトレイを持って、一旦部屋を出た。
ほとんど逃げ出すようにして。
「(ふう。焦った。)」
『俺も焦ったぞ。』
「(こんなこと、シンハもはじめて?)」
『ああ。はじめてだ。』
とにかく、今は姫君のご入浴のことである。ヒールのついでにクリーンもしてあげてたけど、女性にとって入浴は欠かせない事だろう。特にユリアは「いいとこのお嬢様」だしな。
僕は2階の休憩室に居た、受付嬢のおねえさまのひとり、エリカさんを捕まえて、此処に浴室はあるか尋ねた。
すると、3階にはしっかりバスタブありの浴室があるとのこと。
なので、エリカさんにお願いして、ユリアが入浴できるようにしてもらった。
彼女が入浴からあがったのは、それから1時間近くあとだった。
まあ、レディの入浴が長いのは、世界が違っても共通のようだ。
入浴が終わったら、また僕が呼ばれた。
1階で調べ物をしていたら、当然のように呼ばれたのだ。
どうやら今日もダンジョンは行けそうにないと、僕もシンハもあきらめて、魔獣図鑑や薬草図鑑を見ていたんだ。
まあ、いいさ。とことん今日は彼女の下僕役をしてあげよう。
姫君は髪も洗ってさっぱりしたようで、ようやくひとごこちがついたみたいだった。
冷たい水をコップに出してあげる。
「おいしい。本当に、貴方からもらう水っておいしいわ。どうしてなの?」
というので、
「たぶん、世界樹の加護のせいだと思うよ。」
と言ってみる。
すると、目を丸くして驚いていた。
「世界樹の加護ですって!?いったい貴方、何をしたの?どんなことをすれば、そんなすごい加護がもらえるのかしら!」
と興奮気味に問いただされた。
「いや、そんなこと言ったって、僕だってよく判らないよ。気づいたら、いつの間にかステイタスに加わっていたんだ。だから、僕はよく知らないんだ。」
「そうなの。とても残念だわ。もし方法を知っていたら、絶対教えてもらうのに。」
と言う。
エルフにとって、世界樹ユグディアルは、母なる故郷そのものらしい。
「悪いね。なんにも参考にならなくて。」
「ううん。…ねえ、サキ。私、働かなきゃいけない。私にどんな仕事ができるかしら。」
「そうだなあ。普通に商店だったら、売り子さん兼レジ…えーと会計係?なら楽勝だと思うよ。でも、もう一捻りほしいところだね。だって、なんでもできそうだもの。」
「私はただのエルフの子供よ。なんにもできないわ。」
「えーと、うーん、うーん。」
僕はいろいろ考えてしまって、質問できない。さっきの話だと、魔力線が細いってことだった。だから魔法はきっと苦手だろう。でも、将来のことを考えると、現状をきちんと把握しないと、仕事の斡旋はできない。
「えーと、また嫌な思いするかもしれないけど、君の今後の仕事に関することだから、あえて聞くよ。ユリアは…なにか魔法が使える?」
「私は…」
ユリアはやはりとても苦しそうだった。
「魔力線が細すぎて、普通のエルフのようには魔法を操れない。だから集落にも居辛かったの。それで、私を連れて両親は、集落から出て、ほとんど集落とは関係のない王都で暮らしていたのよ。」
「そうなんだね。」
「笑わない?軽蔑しない?私が魔法が使えないエルフでも。」
ユリアは不安そうに僕を覗き込む。
「笑わないし、軽蔑もしないよ。」
「ありがとう…。」
ユリアは魔法はごく初歩…生活魔法とその他少し…しか使えないそうだ。しかも、「クリーン」や「ヒール」は自分以外の人にはまだ使えないという。
エルフは一般的に魔力が高く、魔術師としての能力が高い人が多い。なのにユリアは魔法が苦手だというのだ。
エルフなのに魔法の能力が低いため、強いコンプレックスを持っているのだった。
「僕、『鑑定』ができるんだけど、君のステイタスを鑑定させてもらってもいいかな?」
「…ええ。いいわ。」
「じゃあ、行くよ。『鑑定』。」
ユリア・ハイラウト
種族:エルフ
14才
カイエルン王国マカベツ集落出身、王都エルメイア元在住。ハイラウト家の一人娘。孤児
HP:250
MP:20,500
知力:100
魔法属性:光、水
使用魔法:生活魔法(ウォーター、クリーン、ファイア。ただしクリーンは自身に対してのみ)、ヒール(自身に対してのみ)、キュア(自身に対してのみ)、ライトボール小。
魔力線が細いため魔力を効率よく使用できない。また、魔力過多症になりやすい。
加護:精霊の興味
加護欄の「○○の興味」とは、加護のレベルで弱い加護を示す。「精霊の興味」は、精霊の気配を感じたり、強い妖精なら見えたりできる程度。エルフならほぼ持っているらしい。「興味」、「守り」、「加護」の順に強くなる。
魔力は一般の人間よりかなり多い。だが、うまく循環できず、そのために魔力が無駄に使われてしまうという性質だったようだ。
「お医者様には、魔力量のことは言われた?」
「魔力量?多いようだとは言われたけど…。」
「ふむ。」
「?」
僕は瞬時にアカシックレコードにアクセスし、14才のエルフの魔力の平均値を問うた。
すると、約5,000という数字が出た。では大人エルフは?と問うと、一般的なエルフで1万程度。ただし、魔術師の場合はそれ以上、50万くらいまでいろいろだとのこと。
え、ちょっと待って、僕800万あるけど。
「100万あればエルフでも「賢者」に属する。800万は人外。」
だって!?
ああ、シンハが言っていた『エルフなら100万あってもおかしくない』という話は、賢者レスリーのことだったんだな、とそこは納得…できるわけないでしょ!「賢者」さまの魔力量を、さらっと一般エルフの事みたいに伝えやがって。
しかも、「人外」ってなにさ!アカシックさんもひどいよう。
「何事も諦めが肝心。」
うるさいよ。最近、アカシックレコードが人化してきてる。おちょくるんじゃない。
と、とにかく今は、ユリアの魔力のことだ。
「魔力量は20,500。これは14才エルフの平均値の約4倍、魔術師ではない大人エルフの約2倍らしいよ。」
「え!?」
ユリアは自分の魔力量に驚いている。
「でも確かに、魔力線は細いようだね。魔力過多症になったことは?」
「…あるわ。小さい頃はよく高熱を出したわ。今は、熱を出しそうになると、何度も魔法を使ったり、魔石に魔力を移すようにしているから、大丈夫だけど。」
なるほど。そういう回避方法があるのか。
魔力線が細くて、魔力が上手く放出できないのか。
でも、これって、治せるのでは?
素人には無理だろうか。
アカシックレコードに、僕がやろうとしている方法の有効性を問うた。
彼女の魔力線に僕の魔力を流し循環させて、線を太くするというやり方だ。
すると、慎重さが求められるが、有効な方法であるとのこと。
危険性は、急激に太くしようとすると、魔力線から魔力が吹き出して暴走するおそれがあるとのこと。
では、ヒールをかけながらではどうか、と問うと、
「サキ・ユグディリアがヒールをかけつつ、毎秒1メル以内の速度で魔力循環を行なうならば、極めて有効かつ安全」という結果を提示してくれた。
毎秒1メルがよくわからない。どうすればよいか、と問うと、
「危険な場合は警告音を発する。当たって砕けるのがコツ。」
とやけに人間くさいことを提示された。
いや、砕けちゃダメでしょう、とも思うが、どうやら危険な場合には、アカシックレコードさん(鑑定さん?)が教えてくれるみたい。まじか。
じゃあやってみるしかないよね。
「ユリア。ひとつ方法がある。僕が君の魔力線に魔力を注ぎ、強制的にまわしてみる。少しずつ魔力線つまり魔力の通り道を、太くしていく方法だ。」
「え、でも、危険はないの?他人の魔力を流すなんて、できるの?」
「できるよ。僕とシンハは、片方の魔力が不足したとき、応急処置で魔力を移したことがある。それを少量ずつ、ずーっと続ける感じだね。確かに急激に魔力を流すと危ないけど、僕がヒールをかけながら、ゆっくーり、少しずーつ流せば、安全みたいだよ。どうする?」
「ヒール…。」
「うん。」
「…今決めなくともいいよ。恐ければ、しなくともいい。ユリアが決めて。僕はどちらでもいいから。」
「…。やるわ。」
「…あせることはないよ。明日でも明後日でも…」
「今、やるわ。お願い。サキ。貴方となら上手くいく気がするの。今なら…。」
「…わかった。じゃあ、気分が悪くなったら、すぐやめるから。言ってね。」
「うん。」
いいね!や評価、ありがとうございます。
誤字報告も助かっております。