128 お嬢様と料理人?
コンコン。
「どうぞ。」
かちゃり。
おはよう、と言う前に
「遅い。」
と叱られた。
「そう?まだ8時前だけど。」
「朝食、貴方が作ってくれるんでしょ?」
「え!?…まだ食べてないの?」
「当たり前でしょう?貴方が作りに来てくれるのを待ってたんだから。」
「それは…悪かったね。」
なんで僕、あやまってるのかな。
まあ、いいか。相手は病み上がりだし。
「じゃあ、何か作るよ。食べられないもの、ある?エルフってお肉は食べられるの?」
「エルフだって肉は食べるのよ。でも私は堅いお肉は嫌いだわ。あと、キュウリは苦手。辛いものも嫌よ。」
「そう。卵とかは大丈夫?」
「大丈夫よ。…卵料理、できるの?」
「うん。魔鶏の卵があるから。」
「!魔鶏!?」
ユリアは驚いた顔をした。本当は大魔鶏だけど。
「うん。スクランブルエッグとソーセージとかでいい?」
「…なんのソーセージ?」
「魔兎だね。」
「魔兎!?」
また目を丸くする。
「嫌い?」
「いいえ!ぜひいただくわ!」
なんかすっごいくいつかれた。
「わ、判った。食欲あるみたいで良かったよ。はは。」
てことで。僕はまた何故かギルド内にある小さなキッチンで料理してます。
此処は喫茶部の厨房ではなくて、職員がちょっとお湯を沸かしたりするようなところだ。滅多に料理なんかしないところなので、鍋もろくにない。
僕は亜空間収納から自作のフライパン(テフロン加工ならぬアダマンタイト加工)を出して、ささっとスクランブルエッグをつくり、かつソーセージをあぶって、パンにも少し焼き目をいれて、魔蜂のハチミツを添え、特製野菜サラダに特製ドレッシング、お水と桃ジュースを持って、ユリアの部屋に戻った。
「…これは、なに?」
「ああ。ケチャップだよ。トマトベースのソースだね。ソーセージにつけて食べるといい。」
「…(かぷり。)!おいしい…。」
「そう?良かった。」
「これも!濃厚で、でもするする入るわ。」
「うん。魔鶏の卵は、おいしいよね。」
「それだけじゃないのよ。バター入りのスクランブルエッグなんて、はじめて!王都でだって食べたことないわ。おいしい!」
「ふふ。ありがと。バターがはいるとおいしいからね。ミルクで少し延ばしたから、とろとろだろ?」
「ええ!とってもおいしい!」
僕もおいしいと言われて得意になった。
「パンは自分で育てた麦で作ったんだ。なかなか膨れなくて、最初は苦労したよ。はは。」
「自分で?小麦も作ったの?」
「ああ、うん。僕ずっと…えーとシンハと森で暮らしてたから。なんでも自給自足だったんだ。だからいろいろ大変だったけど、楽しかった。」
「ふうん…。貴方も苦労したのね。」
「え?あ、うん。まあね。でも、シンハがいたから、楽しかったよ。ハチミツつけて食べて。」
「!…なにこれ!すっごくいい香りのハチミツ!濃厚!」
「うん。魔蜂のだよ。」
「魔蜂!?」
「うん。気に入ってもらえたみたいでよかった。」
「いったいどうやって魔蜂のハチミツなんか手に入れられたの?王都…エルメイアじゃすっごく高いのよ!」
「ふうん。そうなんだ。」
「ふうんって…。……貴方いったい、何者?」
「何者って言われても、ただの田舎者の冒険者だよ。」
「…。…ねえ、貴方、エルメイアに来ない?うちで雇ってあげてもよろしくってよ。料理人として。」
「え?…あは。ありがとう。でも僕はここでしばらく冒険者をしていこうと思ってるから。」
「どうして?冒険者って、不安定じゃない。命の危険もあるし。」
「そうだね。でも、もっとあちこち見て歩きたいし。毎日変化があって冒険者の生活もそれなりに楽しいよ。」
「そう…。せっかく安定したお仕事をあげようと思ったのに。」
考え方がお嬢様だな。
でもさあ、考えてみたら、命の恩人だよね。僕。
それを、『雇ってあげてもよろしくってよ』、って、どうなんだろ。
まあ、冒険者を下に見てるってことか。仕方ないかな。お金持ちみたいだし。
「美味しかったわ。ありがとう。」
「ん、食べられて良かった。」
食事は完食してくれた。
お茶をいれる。
今日は自慢のポムロルティー。
紅茶にドライフルーツにしたポムロルが入っていて、香りがポムロルなんだ。
気に入ってくれて、美味しいと言われた。
「商会は、君が継ぐの?」
「え?…ええ。まあそうね。」
「そうか。じゃあ、これから忙しくなるね。お父様のあとを継いで、しっかり商売しないと。従業員の人たちの生活もかかっているだろうから、がんばらないとね。」
「…ないの。」
「?」
「もう商会なんて、ないのよ!従業員なんか、いないのよ!」
急にヒステリックにユリアが叫んだ。
「え?」
「…全財産を積んで、此処に向かってたのよ。それを全部ゴブリンにとられたわ。
…もう、エルメイアを出る時は背水の陣だったの。
…とうさま、大きな取引に失敗して、借金を払ったら、ほとんど何も残らなかった。家も。貯金も。だから此処で、心機一転、がんばろうって矢先だったのに…。
何もかも、めちゃめちゃよ。」
顔を両手で覆って泣いている。
「…ユリア…。」
「夢を見たかったの。貴方になら、わがまま言っても、笑って聞き流してくれそうだったし。
ごめんなさい。わがままばっかり言って。」
「…」
「…さっき、ギルド長さんから聞いたわ。私を実際あそこから救出してくれたのが、サキだったって。…今朝、本当は朝一番に言いたかったし、言うべきだったのに…。ごめんなさい。本当に、本当に、どうもありがとう。」
カップを置き、居ずまいを正してユリアは頭を下げた。僕のほうが慌てた。
「い、いや。たまたま僕だっただけだよ。冒険者なら、誰でもそうする。…むしろ、僕が君に謝らないと。…君の恩人たち、アリーシャとマリンを、救えなかった。」
僕が唇を噛んでうつむくと、
「…。二人が、断ったんじゃない?」
「え?」
「長く一緒にいたから、判るの。」
そう言いながら、ユリアは泣き笑いした。きっと、あの地獄の中での、二人とのさまざまな出来事を、思い出したのだろう。
「…そっか。」
僕も少し、もらい泣きした。
「馬鹿よね。私なんか、何もできなくて。…できなかった…。」
膝を抱え涙するユリア。
「…」
僕はしばし見守るしかなかった。
「ユリア。彼女たちが守ってくれた命だよ。一生懸命生きないとね。」
「…うん。…うん。」
泣きながらも、ユリアはしっかり頷いてくれた。
そろそろ気分を変えよう。新しい提案をしてみよう。
「これから何ができるかは、やってみないと判らない。…そうだ!君は計算はできる?」
「ぐす。できるわ。商人の娘だもの。」
「文字の読み書きも?」
「もちろんよ。」
「ならそれだけで十分武器になる。君はきっと仕事を得られるよ。うん。大丈夫。ギルド長にかけあってみよう。この街で働けばいい。」
「サキ…。ありがとう。」
お茶を入れ替え、僕もお茶を飲む。
「…で、ユリアは…えと、年齢きいてもいい?」
「いいけど。サキはいくつ?」
「僕は、14。たぶん。」
「たぶん?」
「昔の記憶が曖昧なんだ。その…いろいろあって。」
「そうなの…じゃあ、私と同い年ね。」
「え?」
さすがに驚いた。見た目10才くらいにしかみえないから。
いや、僕だって子供の年齢はよくわからない。でもベッドスクールにいた子供達と比較して、そのくらいかなと思っただけだ。ベッドスクールにいた子たちは病気で健康な子より一回りちいさく華奢な子が多かったけれど。
あ、でもエルフだからかな?長命種は子供時代が長いのかも、とも思い混乱した。
「あは。まあ驚くわよね。どうみても、10才くらいの子供にしか見えないでしょうから。変でしょ?」
と自嘲気味に言う。
「いや、別に変では…。というか、エルフは長命種で人族と違うから。だから、見た目違うのかなって思っただけで。
僕、田舎者で、子供のエルフに会ったこともなかったし。」
「あら、そうなの?
サキ。あのね。エルフにもいろいろ居て、たしかに子供時代が長い『集落』の人もいるわ。
でも、たいていのエルフは、15才の成人までは、人族とほぼ同じ早さで成長するの。
あとは成長がすごくゆっくりになって、青年の姿になったら、ずーっと若者のまま。
どの集落のエルフかで、度合いは違うけど、老人に見えるようになるのは400才を超えてからと聞くわ。」
「なるほど。そうなんだ。」
「で、私の『集落』も、普通のエルフなの。」
「ふうん。」
でも見た目ユリアは年齢より若い。他の集落の血が入っていたりするのかな?
隔世遺伝とかかな?隔世遺伝って、異世界ではもう知られていることだろうか…などと、いろいろ考えていると、
「なんで驚かないの?説明、聞いてた?」
「え、だからエルフは人族とはいろいろ違うんだなって。」
「あのねえ。「私の『集落』も普通のエルフだ」って言ったの。14才のエルフは、見た目14才の人族と普通は同じって言ったの!つまり私は、奇形児なのよ!」
「!」
ユリアの放った言葉に、僕は驚いた。自分のことを、そんな言い方するなんて…。
「自分で言ってて嫌になるわ。サキの馬鹿!鈍感!」
「ご、ごめん…。」
ユリアはまた膝をかかえ、突っ伏してしまった。
「…。レディに年齢の話はタブーだったね。ごめん。」
ううん、とユリアは突っ伏したままで首を振り、ため息をついた。
「…八つ当たりしてごめんなさい。
…エルフの事情なんか、貴方にわからないのは当然よね。
…エルフのお医者様に診てもらったの。
私の成長が遅いのは、おそらく魔力線が細すぎて、循環が悪いからなんですって。魔力はやたらと多いのに。どうしようもないって。匙投げられたわ。」
難病ということか。
「でも、これでも少しずつは成長してるのよ。だから、気長に待ちましょう、だって。」
「…」
「ごめんね。八つ当たりして。すっごく優しくしてもらってるのに。」
「ううん。気にしないで。僕、その程度じゃ、へこたれないから。」
「…。」
「毎日、シンハに叱られてる。お前はいっつもぼーっとしてる、とか、ねぼすけ、とか。そんなんで冒険者やってけるのか、とか、どっかネジ1本はずれてるとか。もう散々。」
「え?シンハとしゃべれるの?」
「え。(あ、そか。念話ができること、まだ誰にも言ってなかった。)ま、まあ、ほら。意思の疎通ってやつ?一緒にいるとさ。態度とかで解るんだよ。なはは。」
ごまかせただろうか…。
「挙げ句の果てに、剣の稽古…ああ、シンハによく相手をしてもらってたんだけど…、そうすると、いっつも転がされるし。蹴飛ばされるし、踏んづけられるし?もうぼろぼろ。」
「ふふふ。シンハ、強そうだものね。」
「そそ。人間サマよりずーっと強い。真面目な話、僕のお師匠だから。」
「ふうん。」
「…ねえ、ユリア。人の成長ってさ、人それぞれ。
まして君は長命種のエルフ。ゆーっくり成長したって、別にいいんじゃない?」
「サキ。」
「中身はちゃんと、ううんどっかネジが1本抜けてる僕より、ずっとしっかりしている14才だと思うよ。」
「クス…。ありがとう。少し、元気がでたわ。」
ようやく、普通の空気に戻った気がした。