127 ユリアの話
「質問しないの?私のこと。」
「…。聞いてもいいの?それとも、もっとあとにする?」
「あとにしても、いいことはないわ。話すわ。そうしたいの。」
「判った。ただ、話すのがつらくなったら、やめていい。」
「ありがとう。優しいのね。」
僕は首を横に振る。
別に僕は優しい訳じゃない。
「貴方になら、話せそうな気がする。」
「そう。…ありがとう。じゃあ、聞くよ。まず…どうしてあそこにいたの?」
「…私の父はエルフには珍しく商人だった。
本拠地は東のカイエルン王国王都エルメイア。一家でケルーディア王国のヴィルドに向かっていたの。もちろん護衛をつけてね。
ヴィルドでは珍しいものがダンジョンや「はじまりの森」からとれるから、以前からどうしても商売をしたいってとうさまは思ってた。」
「うん。」
「で、もうすぐ領都というところで、ゴブリンに襲われたの。」
「それはどこら辺かな?で、いつのこと?」
「襲われたのは、領都の東の草原地帯。本当にもう少しでたどりつくはずだった。なのに…。」
「…」
「襲われたのは6月の末よ。今は何月?」
「8月の頭だ。」
「そう。もう一カ月以上になるのね。」
「…」
「草原地帯で襲われた。
最初はゴブリンなんか、と思っていたの。だってとうさまもかあさまも、魔法がそれなりに使えるし。護衛の人たちも強かったし。
でもゴブリンたちは何故かやたらと強かった。ゴブリンメイジがいたのは驚きだったわ。魔法をキャンセルされてはどうしようもなかった。
…結局私たちは負けた。男たちは皆殺し。とうさまも…殺されたわ。
かあさまと私は、ゴブリンの集落に連行されて、キングのところに連れていかれた。
そして、かあさまはそのままキングのところに残され、私は何かの儀式の生贄にするからって、別の家にいれられた。そこにアリーシャたちが居たの。」
淡々と語るが壮絶な内容だ。
それと。
「君はゴブリンの話しが判ったの?」
「ううん。言語は判らない。時折念話のような感じでわかることがあるの。」
そういう特殊な能力か。なるほど。
「君はどんな儀式の生贄にされそうだったの?」
「何かを呼び出す儀式みたい。悪魔とか、魔王とか?判らないけど。強い邪悪なものよ。」
「そうか…。」
「アリーシャとマリンが私の世話をしてくれた。
…夜になると、彼女たちのところへはかわるがわる、ゴブリンたちが来たわ。何をしにかは言わなくともわかるわよね。毎晩よ!もちろん、彼女たちは抵抗した。でも無駄だった。」
ユリアは一挙にそこまで言い、ぼろぼろ泣いた。
「…話、今日はもう、やめる?」
「ううん。…話してしまいたいの。けれどもう、他の人から何度も質問されたくないわ。」
「…わかった。他の人には、僕から話す。」
「うん。ありがとう。」
「…」
「…ゴブリンたちは私にも手を出そうとしたけれど、アリーシャたちが守ってくれた。それに、キングが私を生贄にするって言ってたから、なおさら無事だったの。皮肉よね。」
「…」
「毎晩、恐かったわ。怖くて怖くて。気が狂いそうだった。いつも部屋の隅に隠れていたわ。ゴブリンたちが、私にも手を出してくるんじゃないか、生け贄の儀式は今日なのか、明日なのか…。恐くて恐くて…。毎晩震えて、声も立てずに泣いていたわ。
でも、アリーシャたちが、私をなだめてくれた。子守歌まで、歌ってくれた。自分たちのほうが、ずっと酷い目にあっているのに。」
「…」
「サキ。私は自分の非力が恨めしい。強くなって、仇をとりたい!かあさまの。とうさまの。そしてアリーシャとマリンの!世界中のゴブリンを全部殺してしまいたい!この手で!」
ユリアの狂気じみた強い意志を感じた。
この子は、その思いを支えにすることで、恐怖の日々の中で正気を保つことができたのだろう。
すべてを言い終わると、ようやくほっとしたのか、気が抜けたようだった。
「疲れたみたいだね。もう少し、眠るといい。」
「ねえ、サキ、シンハ、もう少しだけ、此処に居てくれる?ひとりは…こわいの。」
「いいよ。君が眠るまで、此処にいる。」
「眠るまでじゃ嫌よ。次に私が目覚めるまでだわ。」
「それは…さすがにちょっと。」
「ぐす。仕方がないわね。おまけしてあげる。
私が眠ったら、一時間だけ居てちょうだい。そうしたら、あとはこっそり出て、この部屋に鍵をかけてね。誰も入れないように。」
「判った。」
「明日の朝、また来てね。」
「うん。」
「おやすみ。サキ。シンハもおやすみ。」
「おやすみ。ユリア。」
「ばう。(おやすみ。)」
それからほどなく、ユリアは向こうをむいて、すうすうと本当に眠ってしまった。
しばらく律儀に部屋に残っていたが、小一時間してから食器を持って部屋を出た。
約束通り、鍵を外からかけて。
鍵はドアの下の隙間から中に滑り込ませたから、明日の朝、ユリアが自分で開けるまで、いちおう誰も入れないはずだ。
もちろん、此処はギルドの3階で、安全だから心配はないだろうけれど。
部屋を出ると、気配を察したらしく、ギルド長が僕たちを手招きした。
食器を持ったまま、ギルド長の部屋に入る。
「聞いてたんでしょう?彼女の話。」
「ああ。壮絶だな。」
「ええ。よく正気を保っていられたと思いますよ。」
「そうだな。…いくつだろうな。」
「見た目は10才くらいですけど、言うことはもっと大人びていますよね。」
「そうだな。」
「今、ユリアから聞き取ったことは、僕が報告書を書きます。」
「いや、俺も聞いたから。俺が書く。…それより、これからお前さんはどうする?」
「僕ですか?僕は…予定通り、ダンジョンに潜ります。せっかく此処に来たのに、まだダンジョンへちっとも行けていないので。」
「マッケレンがお前を誘いたがっていた。」
「そうですか…。」
「おい。」
「はい?」
「しっかりしろ。今の状態じゃあ、俺はお前をダンジョンに行かせたくねえな。」
「…すみません。自分なりに踏ん切りはつけたつもりだったんですけど…。」
確かに、今の僕では初階層でも魔物に後ろをとられそうだ。
「明日は、潜りません。今日は宿に帰って、ポーションでも作ります。…明日は早めにまたユリアの様子を見に来ます。」
「おう。サキ。キングはお前が倒したんだ。もっと胸を張れ。事件は終わったんだ。」
「そうですね。そうでした。」
僕はパンッと自分の両手で頬を打った。
「すみません!しゃっきりしなくて。帰る前に、地下で少し素振りしてきます!」
「相手してやるか?」
「!お願いします!」
「おう!その意気だ。」
それから僕はさんざんにギルド長に投げ飛ばされたり蹴飛ばされたりした。
あれ?剣の稽古のはずなんだけどな。
シンハまで加わって、僕を転がしてくれたぜ。くっそー。
でも無心で体を動かしたら、なんだかすっきりした。
1時間後、ギルドを出る時には体はくたくただったが、心はしゃっきりして気持ちよかった。