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白金(しろがね)の魔術師 もふもふ神獣との異世界旅  作者: そぼろごはん
第二章 冒険者の街ヴィルド編
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126 姫君の目覚め

ゴブリン事件が決着し、僕たちは日常に戻った、はずだった。

だが、僕の目の前には眠り姫がいる。

ゴブリンの集落から救った少女、ユリア。

ここは冒険者ギルドの3階の一室。

彼女はまだ目覚めていない。


墓地でヴィオールを弾いて、シンハとは今すぐにでもダンジョンに行くような話をしたけれど、やはりこの子のことが気になって、まだこうしてダンジョン行きを決行できず、ぐずぐずしていた。

シンハもやはりこの子が気になるのだろう。

あれからはダンジョンのダの字も言い出さず、おとなしく僕の行動を見守ってくれている。


ユリアを隠したサルスベリの木の根元から抱き上げた時、首にかかっていた頑丈そうな首輪は、ぼろりと落ちた。

シンハの話では、それは奴隷の首輪で、勝手にとると死んでしまうという。

主であったキングを倒したので、勝手にはずれたのだろうということだった。


ユリアはギルド長のはからいで、ギルドが面倒を見てくれることになった。

赤の他人の僕が、宿に連れて行くのも妙な話だ。

だって僕はまだ成人前だし。いちおう男だし。

ということで、ギルド長が事情聴取をするために保護、という名目で、3階の臨時宿泊室をユリアの部屋としてくれたのだった。

僕は毎日通って、ヒールを施している。

けれど、救出してからもう5日目だが、まだ目覚めない。


ユリアにヒールをかけつつも、僕はゴブリン事件後ずっと自問自答している。

それは治癒魔法についてだった。

アリーシャとマリンを助ける方法は本当になかったのかと。

しかし、何をどう考えても、もしくは、どう質問を変えても、アカシックレコードの答えは、「回答拒否」か「不可能」だった。

胎児を殺すことができないからだ。

もし殺せば、母体は助かっただろうか。

いや、やはりあの時考えたとおり、二人はもはや手遅れ、だった。


育ちすぎた子を取り出すなら、やはり外科手術か、あるいは、空間魔法を応用させて、子の亡骸を僕の亜空間収納に入れつつ臓器を修復するというのは可能かもしれない。

だが一番の障害はまず「子を殺すこと」だ。

僕か、母親かが胎児殺しの罪を負わないといけない。

アカシックレコードに回答を拒否されたのは、胎児殺しはかなりの禁忌であるためだ。

特に僕は世界樹の加護をうけている身なので、重い禁忌のようだ。

だがそれではゴブリンに犯され孕まされた女性たちは救いようがないではないか!

人族の女性は、ゴブリンの子が誕生する時に死ぬのだ。

そんな無念が許されるものか!


僕は、次に同じようなことに出くわしたら、迷わず禁忌をおかすことを躊躇しないぞと暗く心に誓った。

たとえ僕がどんな業を背負うとしても、「闇墜ち」したとしても、僕はアリーシャやマリンのような女性たちを救うと、心に決めた。


それは僕が、この世界の治癒術師としての覚悟を決めた瞬間でもあった。

産婦人科医は時に母体を救うために胎児をあきらめるという非情な決断をしなくてはならない。(厳密には胎児の親に決断させる訳だが。)それと同じだ。

僕は人族だ。

世界樹的にはどんな命も同じ重さだろうけれど、人族からすればゴブリンは明らかに種の保存を妨げる重大な害獣だ。

だから僕はゴブリンを憎むし殺す。心情的には絶滅させたいくらいだ。ゴブリンをくらう魔獣たちからすれば、絶滅されたら困るかもしれないが、僕は人族としてゴブリンの所業がどうしても許せない。ゴブリンをそんな生態にした神様-世界樹?に文句をいいたいくらいだ。もっと人に迷惑をかけない生態につくれなかったのかと。


それともうひとつ。ゴブリンの妊娠の場合は普通に子供が生まれる。母体も無事だ。臓器を胎児にむしばまれることはなく、ごく普通に子宮に宿り、育ち、そして生まれる、とのこと。

そこになにかヒントがあるにちがいない。


いずれにせよ、次にゴブリンの被害者に出会ったなら必ず救えるよう、治癒魔法や空間魔法をもっと進化させておかないと。もっとこの世界の魔法に習熟しないと。これからはもっとまじめに修行しよう。僕はそう強く決心した。


それにしても、目の前のエルフの子供は目覚めない。

ヒールをしているので、体調は悪くはないはずなのだが。

精神的ショックのせいか。

いずれにせよ、さすがにそろそろ起きてもらいたいなと思っていた時だった。


「…う。」

「!…ユリア?」

ようやく眠り姫がお目覚めだ。

最初はまだよく覚醒していないようだったけれど、ほどなくあたりを見回しはじめた。

そしてようやく僕を見る。

目の色は綺麗な緑色。まるでエメラルドみたいだ。


「…誰?」

「僕はサキ。サキ・ユグディオ。」

「……ここ、どこ?」

「ヴィルドの冒険者ギルドだよ。」

「………」

「どこか、痛いところ、ない?」

「………ない。」

「良かった。おなかは?すいてる?」

「…よくわかんない。」

「そう。ずっと眠っていたからね。まずはゆるいパンがゆだな。その前に、お水飲もうか。」


ヒールで水分も摂取できているはずだけれど、僕は備えつけのコップに魔法で出した水を入れた。

「はい。飲めるかな。」

からだを起こし気味にして、枕を少し背中にあてて高くして、水を飲ませた。

「…おいしい…。」

ごくごくと、彼女は飲んだ。

「ゆっくりね。からだがびっくりするから。」

ごくごく。

全部飲んでしまった。


「…じゃあ、おかゆ、作ってくるね。」

「…」

僕はそう言って、じっと僕を見ているユリアを置いて、部屋を出ようと立ち上がった。

ああ、コップに水は足しておこう。

シンハも僕の傍にいたが、一緒に立ち上がったので、ようやく彼女はシンハに気づいたようだ。

「犬?」

「ん?ああ。シンハだよ。よろしくね。」

キュウン。

シンハが甘えた声を出した。ユリアを安心させるためだろう。

「…おおきい。」

「うん。でもおとなしいよ。特に女の子には。」

『(こら。)』

シンハの念話に、僕が笑い、ユリアを置いてシンハと部屋を出た。


ユリアが目覚めたことをギルド長に告げ、僕は階下の小さなキッチンでパンがゆを作った。

シンハは3階の廊下に留まって、番をしてくれている。

かゆを作っている間、何をユリアと話したらいいか、と考えていた。


これは推測だが、キングのところで自害していたエルフの女性は、ユリアの母親か姉、肉親でなくとも知り合いの可能性がある。

だが、それをどう告げるべきか。

どう尋ねるべきか。

僕にはできそうにない。

僕は重たい心を振り払うようにして、顔をあげ、階段を登った。


シンハと一緒にユリアの部屋に戻ると、ユリアは半身を起こして、窓の外を見ていた。

教会の高い塔や家々の屋根が見える。

僕とシンハが入っていくと、やっと僕のほうを見た。

まだぼうっとしているようだ。

僕をじーっと見ている。


「…エルフ?」

「ん?いいや。たぶん…ハーフだと思うよ。耳、長くないし。」

「青い目。」

「そうだね。今はね。」

「?」

小首をかしげる。

「時間で色が変わるんだ。朝と夕方は赤くて、夜は紫色。変でしょ。」

「ううん。変じゃない。かあさまもそうだった。緑と青だったけど。魔力が多いと、そうなることがあるって。でも、私は魔力は多いけど、そうじゃないみたい。」

「そうか。」

「かあさまは…?」

「…。」

「…死んだのね。」

「…僕はよく知らない。」

「ゴブリンキングのところにいたのよ。」

「そうか…。亡くなった。自害したと聞いている。」

「そう。…アリーシャとマリンも?」

「…うん。派手に火柱をあげて。でも、死ぬ前にたくさんのゴブリンを道連れにした。屋根が吹き飛んで、あの家が燃えて…。ゴブリンの死体が複数見えた。」

「そう。凄いわ。さすが冒険者ね。…ゴブリンキングは?倒したの?」

「ああ。倒した。あの集落も全滅させた。」

「そう。」


ユリアは思い出したように首に手をあてた。

奴隷の首輪を思い出したのだろう。

もうないのを知って、ほっとしたようだ。

「キングが死んだら、首輪は勝手にはずれたよ。」

「そうなのね。」

「…おかゆ、食べて。」

「ありがとう。」


まったくの子供だと思っていたが、どうやらかなりしっかりした子のようだ。

エルフは成長が遅いという。

それはアカシックレコードで調べたから知っていた。

ユリアはゆっくりゆっくり、味わいながら、かみしめるようにしてパンがゆを食べている。


「おいしいわ。お水も。このパンも。そしてお塩も。何処のお塩?」

「森の奥で採ってきた、特別な塩だよ。」

「…あなた、名前は?」

「サキ。サキ・ユグディオ。僕、さっきもそう名乗ったよ。」

「ごめんなさい。聞いてなかった。」

「ふふ。いいけど。」

「その子の名前は?」

「シンハ。それも言った。」

「ごめんね。シンハ。」

「大丈夫。もう君に覚えてもらったから。ね、シンハ。」

「ばう。」

尻尾ふりふり。

ふふっと僕が笑うと、ユリアも少し笑った。


「私はユリア。ユリア・ハイラウト。マカベツ集落のエルフよ。」

「よろしく。ユリア。」

「よろしく。サキ。シンハ。」

「ばう。」

「ごちそうさま。おいしかった。」

「良かった。…もう少し、眠る?」

「ううん。眠くない。」

「そう。」

沈黙が部屋に満ちる。

扉の外に、ギルド長が居て、入ろうかどうしようか、と迷っているようだった。

今はわざと無視しておこう。





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