表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白金(しろがね)の魔術師 もふもふ神獣との異世界旅  作者: そぼろごはん
第二章 冒険者の街ヴィルド編
123/529

123 ゴブリン事件 4 アリーシャとマリン

「シンハ。左前方に集落のようだ。その中に、大きな反応がある。キングだな。」

『そのようだ。どうする?本当にあいつらを待つのか?』

「まずは様子見。集落の大きさとか、様子を知りたい。それと何匹いるか、だな。」

『うむ。』

僕はシンハの上で、じっと集中する。

敵は赤丸で頭の中のレーダーに映し出されている。

「(100匹は軽くいる。)」

僕が念話でつぶやく。

『ああ。相当な規模だ。こんなになるまで、よく人間たちは放置できたものだ。』

「(そう言うなよ。此処のキングがかしこかっただけさ。)」

『余計人間をけなしてる発言だと思うが。』

「(そうお?)」

いつもどおりの、少しネジがゆるんだ念話。


だが頭の中はフル回転だ。

どこに何匹いて、家屋は何処にあって。

どうやら中央の大屋根の家が、キングの棲家のようだ。

その棲家に、人間の女性が2人いる!?いや、ひとりはちょっと反応が『青色』だから…エルフか?

そして全く別の小屋にもう2人。閉じ込められているようだ。

ん?もうひとり、その小屋に、小さな子がいる?しかも反応が『青色』。

こちらも…エルフか?

点が青色なのは、妖精に近いものの反応。だが弱々しい。

まさかあいつら、幼女にまで手を出したりしてないよな。

それを願うしかない。


「(シンハ。キングのところに女性が2名。うちひとりはエルフだと思う。それとは別の家屋に2名と、たぶんエルフの子供がひとり。)」

『どっちから助ける?』

「(…エルフの子供だな。)」

『俺も同じ意見だ。大人の女たちはもう、孕ませられているだろう。幼女ならその可能性は低い。』

「(ああ。それを祈るよ。)」

『行こう。』

「(うん。)」

僕はシンハから降り、シンハはレギュラーサイズに小さくなった。

その方が隠れやすいからだ。


二人の女性とエルフの子がいるところは、中央のキングの建物から離れていた。

集落の風下にあたる場所だ。

たぶん、キング以外のゴブリンの相手をさせられていた可能性が高い。

キングの建物から離れているのは、近すぎると、手下ゴブリンが事をいたすのに落ち着かないからか。

あるいは、すでに廃人となっていて、打ち捨てられているのか…。

ただし厳重になんと結界石がおかれている。

メイジがいるからこその結界だ。

「(ちっ。結界がある。荒事は必至だな。)」

『俺が広場で暴れよう。その間に救出を。』

「(判った。…大丈夫?)」

『誰に向かって言ってる?』

「(だよね。がんば。)」

『おう。』

シンハにはエルフの子だけ救うような話をしたが、僕はできれば大人の女性たちも助けたかった。


遠くで、戦闘の音がした。

どうやら集落近くまで皆が来ている。

ゴブリンたちも浮足立ってきた。

GAU!

大きくなったシンハが、茂みを伝って移動し、全く別方向から広場に躍り出た。

GYAGYA!

GUGYA!GYA!

GIGI!

警告の声がゴブリンたちの間から起こる。

わあっ!という群衆の声。

東側からどうやら冒険者たちが暴れ始めたようだ。

チャンス!

僕は見張りを弓で二匹倒すと、その死体を亜空間収納にすぐさま隠し、それから家屋にもぐり込んだ。

もちろん、結界など僕にはあってもないに等しかった。

石をけちらして終わり。


中は一間で、なんとも言えぬ悪臭がする。

奥に二人の女が怯え驚いた顔でこちらを見ていた。

衣服はぼろぼろ。垢と痣だらけ。痩せこけ、目だけが目立ち、まるでエイプのようだ。

だが、その目はまだ人しての意思を持ち、光を失ってはいなかった。

一人は赤い髪で気が強そうな女性、もう一人は栗色髪のおっとりした感じの女性に見えた。

「やあ。おじゃましまーす。」

わざと僕はのんびりした声であいさつし、笑顔を見せた。

「あんた…。人間?」

「うん。助けに来た。」


と、急いで走ってきたゴブリンがいる。

メイジだ。

結界が乱されたのを察知したのだろう。

僕はさっと戸口に隠れ、そこから外に向かって矢を放った。

メイジがばったり倒れる。

だが、プロテクト魔法を使っていたのか、矢が逸れて急所をはずし、肩口に深く刺さった。

その時に、何か笛を吹いた。

ピイイイイ!

ちっ、頭いいとこういう時困るんだよね。

すぐさま追加でエアバレットを撃つ。魔力を強めたので、確実にメイジの額を射抜いていた。


急いで彼女たちの魔法の手鎖、足鎖を切れ味自慢のジャンビーヤで羊羹のように一瞬で斬る。

その時、二人ともお腹が異様に大きいのに気づいた。

やはり。

だが、わざと知らない振りをする。

「走るよ。支度して!」

「あたしたちはもう駄目。」

「そんな!あきらめないで。」

「ううん。もういいの。」

「でも!」

「…この子を…助けてあげて。」

「!」

隠すようにして藁の中にエルフの子供が居た。

見た目10才くらいか。

眠っているようだ。

「この子はまだ『手つかず』だ。なんとか守ったんだよ。…あたしたちはもう…わかるでしょ。」

ほどなく、ゴブリンの子供が、腹を喰い破って出てくる。

その時、彼女たちは、死ぬ。確実に。

「…」


治癒魔法でなんとかできないか、僕はとっさに考えた。彼女たちの体内を瞬時にスキャンする。

もう、あちこちの器官と繋がっている。もはや内臓の一部はすでに喰い荒らされている。

腹を切って取り出すのは不可能。

ではおなかの中の子を殺しメガヒールして、そうして…。

無理だ。胎児が大きすぎる。欠けた臓器も多すぎる…。

子供を殺せば、母体も助からない…。

さまざまなシミュレーションを数秒間で行う。


藁をもつかむ思いで、アカシックレコードにもアクセスした。しかし

「警告、警告、胎児殺しは禁忌。推奨できません。アクセスを拒否します。」

初めてアクセスを拒絶された。

もう、彼女たちが生きる望みは…なかった…。


一瞬、初めて、世界樹を呪った。

神の摂理を呪った。

なぜこんな生物の存在を作ったんだ!種族を超えて孕ませるだとっ!?あまりに不条理。

一方的に犯され、孕まされた女性たちは絶対に救えないというのかっ!

こんなになっても、魔物の「胎児」が優先か!?


「……くそっ!」

無念だ。僕は思わず拳を握りしめ唇をかみしめる。

だが二人とも、もう自分たちの運命を悟っていた。そういう目をしていた。


「…クリーン。…ヒール。」

僕はせめてもの慰めに、クリーンと、皮膚の傷や痣だけとるヒールを二人にかけた。魔法の手鎖のせいで、二人ともこれまでクリーンさえ使えなかったのだ。

「ありがとう。はは。最期に、あんたみたいないい男に会えて、うれしいよ。」

「どうかこの子を。」


僕は思わず女たちを抱きしめた。涙をみられたくなかった。

「あんたたちみたいないい女、はじめてだよ。」

「あは。色男。子供のくせに。そんな言葉何処で覚えたのさ。」

「悪い子だねえ。…あら、あなた男のくせに、良い匂いがする…。ふふ。なんだか懐かしい…。さあ、行って。あとは私たちがなんとかするから。」

「なんとかって。」

「…火をかける。騒いで囮になる。これでもあたしたちは冒険者だったのさ。一匹でも多く道連れにしてやる!だから。その隙にこの子を。」

「……。判った。」

エルフの子の手鎖足鎖を斬り、彼女をローブで包み隠し、彼女らに手伝ってもらいながら背負って紐で結びつける。


広場では、うまくシンハが囮になってくれているのか、此処は戦いの空白地帯のようになっている。


エルフの子を背に結びつけながら訊ねる。

「あなたたちの名前は?誰かに伝言は?」

「ううん。いいんだ。何もないわ。」

「彼女はアリーシャ。私はマリン。エルフの子はユリア。」

「アリーシャ。マリン。忘れない。」


「あんたの名は?英雄さん。」

「…サキ。サキ・ユグディリア。」

僕は彼女たちにこの世界での本名を名乗った。

いつわりの名など、此処では何の意味があろう。

だが、情けなくて、涙に語尾が揺れる。


世界樹の名を冠するのに。

僕はあなたたちを救えない!


「助けられなくて…ごめんなさい!」

僕は地べたに座り込み、そう言った。

涙があふれる。

握りしめた拳に、悔し涙が2つ、3つとむなしく落ちた。


「馬鹿だねえ。あんたのせいじゃないよ。」

「あなたが助けに来てくれた。それだけでうれしいの。

これは私たちの運命。ただそれだけのことよ。」

二人も泣きながら僕を抱き起こし、励ましてくれた。


それから僕は涙を拭き、あらためて正座し、武士のようになるべくきりっとして、彼女たちの前に、大きな鋭いクナイを一本ずつ置いた。

ゲンじいさんのクナイだ。


「ご武運を。」


敵に一矢むくいたいなら、そのためにも刃物は必要だろう。

それに…、苦しまずに死ねるように…。


「ありがと。サキくん。優しいね。」

僕の意図を察し、そう言うマリン。


「あんた最っ高!すっごく欲しかったのよ。これが!」

アリーシャが半ば狂気の目をして、手にした刃物を泣き笑いで見ている。


その言葉が心に響いた。


いったい何日、此処で、人間の尊厳を踏みにじられ続け、地獄の仕打ちに耐え続けていたのだろう…。

何度、死にたいと思ったのだろう。

それでも、きっと誰かが助けに来てくれる、逃げ出してやる、エルフの子だけは助ける、そう思ったからこそ、今まで生きていたに違いない。


「さよなら。サキくん。ありがとう。」

静かなマリンの声。


僕は深々と頭を下げると、意を決し、二人を残し、立ち上がる。

そして後ろ髪を引かれながらも、くるりと踵を返すと、戸口へ歩いた。

ぐっと奥歯をかみしめて。


「…さよなら。アリーシャ。マリン。」


僕がそう言って、ちらと振り返ると、アリーシャが片手にクナイを、もう片手には炎を出していた。

マリンは雷を帯びた光を、手に纏わせていた。

アリーシャが魔法剣士、マリンが魔術師なのだろう。

二人とも、笑って頷いた。



綺麗な笑顔だった。



「走って!」

アリーシャがきりっとした表情で、僕に命令するように厳しく言った。

僕はその声に背を押され、弾丸のように家屋を飛び出した。

あとはもう、振り向かずに、走った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ