122 ゴブリン事件 3 討伐開始!
森に入る前に、隊列を整える。今回は森の中での戦闘になるので、騎馬はごく少数だ。あとは徒歩である。
僕はギルド長の馬から降りて、シンハの隣に位置する。斥候班がまず森へ入り、敵が居たら『聞こえない笛』で知らせる予定。
これは受信側がブローチで、『聞こえない笛』を吹いてもその周囲には聞こえず、受信側のブローチが音を出すという一種の通信装置だ。
笛の吹き方を決めておいて、合図に使う道具である。
しいんとしている。
10分、20分。
そこで
ぴーろーーー。
と合図の笛の音がギルド長の胸元で鳴った。
「よし。西に30度の方向。行くぞ。」
そろりそろりと冒険者たちが森へと入っていく。
道になっているところ以外からも入る。
ギルド長と一部の魔術師たちはしんがりをつとめる。
場合によっては救護所となる予定だ。
僕もシンハと共に森へ入る。
『サキ。』
シンハが念話で僕に問いかける。
「ん?」
『昨日、もっと奥へ行って、俺たちだけでキングを倒したほうが良かったのではないか?何故こんな大がかりなことをする?』
「危機感をこの町の人たちに知ってもらいたかったんだよ。
あのイレズミは尋常じゃない。へたすると、人族の誰かが、ゴブリンたちを改造したのかもしれない。
そうなったら、魔獣を好き勝手に支配できるとなり、とんでもないことになる。やがては他国と戦争になるだろう。
この森も、僕たちの棲家までは荒らせないだろうけど、森の浅いところは所有権を巡って他国が参入してくることも考えられる。
これは相当重大な事件なんだよ。」
『なるほどな。お前ひとりでかたづけても、事の重大性はぴんとこないだろうと、皆を引き連れてきたのだな。』
「そういうこと。それに、群れが大きかったら、僕たちだけでは無理だしね。」
『なるほど。』
ぴろろろろろ!
また笛が鳴った。
「斥候が襲われた!そのまま直進!急げ!」
と後ろからギルド長の指示が飛ぶ。
「僕たちも急ごう!」
僕とシンハは、互いに索敵を使い、森の奥へと急いだ。
他の冒険者たちも足のはやい奴らは付いて来るが、自信がない奴らはそれなりの速度だ。僕たちが先頭だが、まだ斥候たちとの距離がある。
「シンハ!変身。僕を乗せて走って!間に合わないかもしれない。」
『判った!…乗れ!』
走りながらシンハが一回りだけでかくなり、僕は飛び乗る。
大きすぎても小回りが効かなくなるし、このあたりの低木の多い森を駆け抜けるにはあまり大きすぎないほうがいい。
そしていつものように、防御と肉体強化の魔法を僕とシンハにかけて、全速力で走ってもらう。
あっという間に他の冒険者たちを置き去りにして僕たちは斥候のところへとかけつける。
「やだっ!あっちいけ!!」
GYAGYAGYA!
「やばい!戦闘がもうはじまってる!」
僕は弓を準備。他人がいるところではあまりバレット系は使わないことにしている。
僕のように攻撃力の高いバレットはかなり特殊魔法らしい。まあ、拳銃の弾丸と同じように螺旋回転させているしね。
だからこその弓矢である。すぐに経路を念じ、そして放った!
ピシュ!
ドサッ!
間一髪、女性の斥候のひとりが、ゴブリンに襲われそうになったところに、僕の矢がゴブリンの額にあたり、即死。
「大丈夫ですか!」
「あ、ああ。助かった。ありがとう。」
衣服は乱れていないし言葉もしっかりしていたが、真っ青で、がたがた震えていた。
襲われたらどうなるか、想像したのだろう。
彼女の頬には緑色の返り血が少しついている。
「失礼。クリーンとヒールします。」
そう言って、手をかざそうとすると、自分からしがみついてきた。
「!」
僕はちょっと驚いたが、
「…もう大丈夫ですよ。」
と言って彼女を抱き返し、背中をとんとんしてあげる。そしてそのままクリーンとヒールをかけてやる。
ほんわりとしたのどかなヒール特有の空気が、彼女をほっとさせたようだ。大きくほおっとため息をついた。
「ありがと。だいぶ落ち着いたわ。ごめんね。取り乱したりして。」
「いいえ。…味方が後ろから来てます。斜め後ろにまっすぐ後退してください。この方向にゴブリンは絶対!もういませんから。」
「判った。ありがと。あとは悪いけど…頼んだよ。」
「はい!お疲れさまです!」
僕の言葉に、ようやく我を取り戻したようで、うん、と力強く頷いて走り去った。
もちろん、彼女が走った方向にゴブリンはいないのはレーダーで確認済だ。
ほどなく、彼女は後発隊と合流できたようだ。
パワーの強い人がひとり入っているのが、索敵レーダーで判る。
たぶんギルド長だろう。良かった。
彼女の安全は確保された。
索敵すると、他にも男女あわせて数名の斥候がいるようだが、まだゴブリンと遭遇はしていないようだ。幾人かは、走ってきた冒険者たちと合流もできたようだった。
一方、こちらには3匹、ゴブリンが向かってきている。
たぶん女性の匂いをキャッチしたのだろう。
僕はさっと木の上に乗り、矢を構えた。
「まったく。なんで女性を斥候になんか行かせたんだよ。ギルド長。」
と僕がぶつぶつつぶやくと、シンハが
『きっとあの女性が志願したんだろう。今回の参加料は高いからな。』
「「冒険者は命懸け」ってことか。」
『そういうことだ。』
そう言っているうちにゴブリンが現れる。
シンハが囮になる。
ウウッとうなって敵を睨むと、足止めをした。
そこに僕が次々と矢をいかける。
2匹は即死。
1匹は僕の矢をなぎ払った。
やるじゃん。
だがシンハはそれを許さない。
ガウッ!と吠えながら喉笛を爪で一撃。
あっと言う間に3匹やっつけた。
僕は死体をとり急ぎ亜空間に収納し、奥へとシンハに乗って移動する。
ゴブリンの討伐数は、提出した右耳の数で報酬が決まる。それは今回も原則同じだが、大規模討伐では耳を取れない場合もある。それは概算の申告でいいらしい。
次々と出会い頭のゴブリンを魔法でコントロールした矢で即死させては収納を繰り返す。
あとは面倒になり、弓をしまい、ストーンバレットと、長剣を出して振り回した。
ずいぶん倒したと思うが、まだまだ奥から湧いてくる。
「ちょっと多すぎない?これ。」
『そうだな。ん?上だ!』
「豪雷!」
バリバリバリ!
僕は仰ぎ見もせず、上に向かって雷を発した。もちろん敵の位置は把握済。
GYA!と断末魔と共に、木から落下するゴブリン。メイジだった。
危ない危ない。
『油断するなよ。もっと強いのが此処から奥にいるぞ。』
「判った。」
遠くで、GUGYAA!と声がする。
いよいよ戦闘が激化したようだ。
ふと右後方で、集団をキャッチ。
ゴブリンの一群だ。
これは単独で突っ込んでいたら、普通の冒険者ならつらかろう。
「シンハ!右後ろにバックだ。とってかえす。」
『承知!』
シンハも冒険者たちの危機を感じたらしく、取って返す。
と、別の鳴き声も聞こえた。
これは。
「ミケーネ!」
GYAON!
ミケーネが必死に戦っていた。
翼をやられたようで、右の翼がうまくたためていない。
それでも必死に前足をあげて、敵に向かっていた。
僕はゴブリンの後頭部に電撃を喰らわす。
「電撃!」
GYA!
という悲鳴のあとで、一瞬動かなくなったゴブリンに、ミケーネががぶりとかみつき、絶命させた。
「サキ君!すまない。ありがとう。」
フル装備の鎧は森では重いだろうに。それを感じさせない軽い動きで、マッケレンさんがまた2匹同時に昇天させていた。
やはり生粋の騎士なのだな。剣さばきが、シンハが言っていた騎士流の型だった。
『サキ。すまんがミケーネの傷を治してやってくれ。俺のヒールでは荷が重い。』
とシンハの声。僕は急ぎミケーネの傷をみる。
確かに骨まで折れている。痛そうだ。
キュンキュゥン…。
「ミケーネ。よしよし。よくやった。痛かったね。今治してあげるよ。」
そう言って、僕は治癒院でやったように、骨の折れ具合をスキャンで確認し、それからまず麻酔にあたるカームをかける。そして骨を元の位置に戻しながら、メガヒールをかけた。
キャイキャイ。
痛くせずに元通りに治したので、ミケーネが何度も頭を下げて僕にすり寄ってお礼を言ってきた。
可愛いなあ。
「ありがとう。君はヒールもできるんだな。」
「ええ。まあ。骨折程度なら治せます。…さて。少し休憩したら、僕は奥へ行きます。」
「私も行こう。」
「お願いします。Bランク以上の方、あまりいないようなので。心配だったんですよ。」
「新人の君にばかり負担をかけられないからね。」
「ふふ。頼りにしてますよ。先輩。」
「ああ。」
シンハに水を飲ませたりハチミツをかけたリンゴを食べさせる。
ミケーネにもあげるように、マッケレンさんにもわけてあげた。
「ありがとう。これは…まさか魔蜂の!?」
「よく判りましたね。そうですよ。」
「香りがぜんぜん違うな。…美味い!」
「ふふ。ミケーネもおいしそうだ。」
キャウキャウ。
ちなみにこういった会話は、ゴブリンの死体の近くで行なっているのだ。冒険者なら、まあ普通だろうけどね。
「さてと。ミケーネも大丈夫そうだし。そろそろ行きますか。」
「シンハ君…大きいな。」
「あー、はい。僕を乗せて走る時は、大きくなってくれるんですよ。」
「大きさを変えられるのか。」
「そうらしいです。もっと大きくもなれますけどね。よっこいしょ。…てことで、僕は先行しますね。」
「気をつけて。おっつけ行くから、無理するなよ。」
「はい。キングがいたら、仕留めないで待ってますよ。」
と笑顔で言って、僕たちは出発した。
「まったく。本当に仕留めずに、余裕で時間稼ぎして待っていそうだ。恐ろしい新人だな。」
キャイ!
ミケーネが早く行こう、とマッケレンをせき立てた。




