12 毒蛇事件
8日目の夜。僕は夢を見た。
シンハが岩塩のところまで連れていってくれる夢だった。
短剣で少し掘り出して、真っ白なところを舐めてみると、確かにしっかり塩だった。
「やった!これで何も心配なく当分暮らせるぞ!」
そう思ったところで目を醒ました。
もう朝方だった。
異世界9日目。
シンハはいない。
また狩りに行ったのだろう。
僕が彼の留守中に魔獣に襲われないように、彼が出て行く時には、僕がしかけた結界石を乱さないようにして出て行く。
結界石は日々進化していて、今では直径10メートルのものも作れるようになった。火、水、風、土、緑の5大元素の魔法も込めて作るから、ほぼ完璧。
どんな性質の奴でもはじくか、少なくとも僕に警告を与えてくれるから、寝入ったところを襲われるということはない。
シンハは結界石に登録しているので、自由に行き来できている。
さらに、空間魔法で洞窟の入り口をゆがめてあるので、シンハ以外が迷い込むこともない。
さて、そんなふうで、今朝は目覚めた時、シンハは居なかった。
僕はごそごそ起き出して、朝日でも見ようとまだ薄暗い外へ出る。
ふと、嫌な予感がした。
はっとして嫌な予感がする方をみると、とんでもなくでかい大蛇が、森の太い木の枝に身を絡め、こっちをうかがっていた。
メルティア広場のすぐ目と鼻の先だ。
まあ、結界石があるから、そうそう侵入はしてこれまいが。
僕を喰らおうとしているようだ。
チロチロと舌を出しながら、ゆっくりと木の上を移動している。
相当の魔獣だと、僕は思った。
こいつはワイバーン並みだ。
僕は入り口に立てかけてあった竹槍を手にとった。
最近使いまくってレベルがあがった『鑑定』を使ってみる。
マダラ蛇:魔獣レベル20
牙に毒があり、噛まれると人間なら即死するレベル。
噛むだけでなく、毒液を飛ばしてくる。
毒液に触れると、皮膚は焼けただれ、穴があき、やがて死に至る。
ちょーやばいじゃんこれ!魔猪が18。それより上だ。
毒飛ばしてくるんだ。
と思ってたら、ピュッと飛ばしてきた。
だが、結界に阻まれて、ぼたりと落ちた。
良かったー。結界張っておいて。
などと、ヤバイ奴とにらめっこしていると、
カサッと下草が鳴った。
蛇がぴくりとそちらを向いた。
シンハが帰ってきたのだ。
「ウウウッ」
とシンハのうなり声が聞こえた。
「こっちだ!蛇野郎!」
僕がマダラの注意を自分に戻させる。
「シンハ。毒に注意だ。飛ばしてくるぞ。」
わざと静かに教えてあげたのに、シンハは
「バウ!」
と叫びながら広場を足場にして跳躍、マダラに飛び掛かった。
もちろん僕は広場の隅から降りずに木槍を突き出し、マダラを牽制。
シンハに当てないようにしつつマダラを狙う。
ピュッと毒が霧のように舞った。
「ギャウン!」
「シンハ!」
どうやら毒が、シンハの目に入ったらしい。
「この野郎!」
僕はシンハが離れた一瞬に
「真空切り!」
ザクッ!
という一陣の風と共に、木の枝もろとも蛇の胴体が深く切り刻まれる。
大蛇はズザザッと枝から落下。
その隙にシンハが飛びついて頭にかぶりつき、蛇の目を潰し、頭を砕いた。
蛇は「ギャイイイイン!」
と聞いたことのない声をあげて、次の瞬間には大人しくなった。
ハア、ハアというシンハの荒い息。
「シンハ!」
ばったりと倒れ、ピクピクと痙攣するシンハ。
僕はあわてて広場から降りると、すぐに水を魔法で出し、シンハの目を洗った。
目がすでに濁っている。
このまま失明させる訳にはいかない!
僕はありったけの魔力を、掌に集める。
毒消しなら「キュア」だが、なぜかそれでは駄目な気がした。
クリーンより強い「浄化」は、食材などに使っていたが、治癒魔法はあまり使っていなかった。
だけど、僕がやらないと。
毒を吸い出すイメージで、掌をあてる。
「浄化!」
「ギャウ!」
とシンハは痛がった。
「堪えて!今、毒を抜いてるからね。」
僕の掌が強く光って、光の粒がどんどんシンハの目から体内に入っていく。
かわりに黒い靄が、シンハからたちのぼっては蒸発するように消えていく。
どんどん、どんどん。
やがて、シンハの呼吸がおだやかになった。
体内に入った毒がかなり消えたのだろう。
だが、目はまだ白濁したままだ。
きっと、毒で一瞬で失明したのだろう。
白濁した目の奥まで『鑑定』すると、視神経も損傷したようだ。
だが、シンハは魔獣、いや神獣。
あとはシンハの神獣としての再生能力を信じるしかない。
僕は覚えたばかりの浮遊魔法を使ってシンハをベッドに運び、綺麗な綿布を裂いて包帯をつくり、目をもう一度自分が作り出した浄化できる水『聖水』で洗い、さらに『聖水』をしみこませた布を目にあて、包帯でしばった。
「視神経は僕が繋ぐ。目の白濁は、きっとお前が自分の魔力で治せるよ。だから、気をしっかりもって。今、よく眠れるお薬を作ってあげるからね。」
「ウウ…ウウ…。」
人間のように唸るシンハ。きっとまだ目の奥が痛いのだろう。
僕はまた包帯の上から魔力を送り、光の粒を送り、視神経を繋ぐ作業をした。
シナプスが成長して繋がるイメージを送り込む。
たぶん、これは成功したと思う。
それから、目には魔力だけでなく冷気も送って冷やしてあげた。
気持ちよかったのか、唸り声は聞こえなくなった。軽く眠ったらしい。
シンハが眠っている間に、凄惨な状態になっている洞窟広場前の土手下を掃除する。
とりあえず蛇は亜空間に収納。
あとで食ってやる。
蛇は鳥肉の味だと聞いたことがある。
鑑定によれば肉に毒はないようだし、極上肉らしいし。
シンハの血肉になってもらおう。
広場で万能薬草メルティアを採取。痛み止めのラス・ペイネ草と根が睡眠薬になるカノコ草も土手下で採取する。
すべての素材をすり鉢ですりつぶして、ねりねり。
布で越して絞って。聖水と混ぜて青汁のようなものを作る。
メルティアも濃いと苦みと辛みが出るので、少し桃の実の汁を混ぜて緩和させる。
シンハを起こして、作った薬を少しずつ飲ませる。
シンハは横になったまま、薄く目をあけ、僕に青汁を飲ませられるがままになっていた。どうやら苦さはさほどでもないようだ。
水と桃のジュースも飲ませてあげた。
僕は後悔した。
今まで、たいした怪我もしなかったから、治癒魔法の開発を怠っていた。
もっと魔法を訓練していれば、一発で治してあげられたかもしれないのに。
それに、シンハ自身にも結界を施せばよかった。
シンハは強いので、僕の弱っちい結界なんかいらないと勝手に思い込んでいたんだ。
僕が念のためと戦闘前にシンハにも結界を張っておけば、少なくとも目に毒が入るなんてこともなかったに違いないのに。
僕ははげしく後悔した。
僕なら、絶対、できたに違いないのに!
僕はまた掌に光の粒を集めた。
そして、シンハの目に、包帯の上からあてがった。
「大丈夫。絶対僕が、治してみせるから。」
祈るような気持ちで、シンハの目に光を送る。
強すぎてはいけない。
優しく、おだやかな光にして。
治れ、治れと強く念じて。
「ヒール。ヒール。」
僕は無意識に何度もそうつぶやいていたようだった。
ぺろり。
僕の手を、シンハが舐めるのを感じた。
僕はシンハの横で、いつのまにか眠ってしまっていたようだ。
もう夜だった。
月明かりが、明るい晩だ。
「ああ、もう夜か…。シンハ…。具合、どう?まだ目、痛い?」
僕はシンハの包帯を、そっととってみる。
すると、
金色の目が月光を受けて光っていた。
ちゃんと意志を持ち、僕を見つめていた。
「!治ってる!?」
シンハは、僕の顔をべろんと舐めた。
「本当に?見える?僕が見える?シンハ。」
「バウ!」
と低く一声啼いて、シンハは僕にほおずりするように甘えた。
「シンハ!シンハ!良かった。良かった。よくみせて。綺麗な金色の目!僕によく見せて!痛いとこ、ない?」
僕は何度も何度もシンハを診察して、ようやく安心した。
すっかり治っていた。
『鑑定』しても、「良好」と出た。
しかもなんだか不思議な言葉も出た。
「聖なる目」
なにそれ?
もともと?
まあいいや。
とにかく、良かった!
月光の下で、僕たちはお祝いのバーベキューをした。
もちろん肉はマダラ蛇。
すっごく美味かった!