119 その頃、妖精たちは PART2
サキがヴィルドに着いて3週間になろうとしていた。
森を出発してから約2ヶ月である。
そのころ、森の奥では…
「ふあーあ。つまんねー。」
「まったく。グリューネったら。朝はまず『おはよう』でしょ。開口一番『つまんねー』じゃあ、幸せも逃げて行くわよ。」
此処は妖精たちが集う湖のほとり。
朝からグリューネは火の妖精トゥーリに注意されている。
「だってよぉ。マジつまんねーんだもん。」
「サキがいないから、でしょ?ふふ。そんな貴方に、ちょっとしたニュースよ。」
「うん?」
「昨夜、サラマンダ様と、ようやく念話がつながったのよ。サキと森の王様の様子が、少しわかったわ。」
「本当か!?サキとシンハ様はどうしてる!?」
「無事に人間の街ヴィルドに着いたって。」
「おぉ!…で、今なにしてるんだ?魔物退治?ダンジョン?それとも鍛冶屋か薬屋でも開いたか!?あ、菓子屋か食堂か!?」
「あー、うん。そこまでは…聞けなかったわ。」
「えー、なんでだよ。」
「あのね。サラマンダ様は、基本的に言葉じゃなくて雰囲気で念話するタイプなのよ。近ければ映像を送ってくれる場合もあるけど、これだけ遠いと、それは無理。第一、念話に答えてくださること自体、まず期待しない方がいいくらいなのよ。」
「えー。雰囲気?期待しない方がいい??なんだよそれ。」
「えーと…ここだけの話よ。サラマンダ様ってかなり気まぐれなのよ。機嫌が良い時しか念話しないし、伝えてくるのも「いい」とか「ダメ」とか簡単な言葉だけ。しかも、私はこれでも気に入られてるから、念話に答えてくださったけど、普通の火の精じゃ、無視なのよ。」
「へえ。」
「だから、あまりよくわからなかったわ。いただいた言葉は「着いた」「元気」「楽しそう」だけよ。」
「ああ?あー…。お前も結構ボスには苦労してんだな。」
「同情ありがと。こほん。という訳だから、サキとシンハ様は、どうにかヴィルドに到着して、元気にしているみたい。で、楽しそうにしてるってことね。
これでも、「あの」気まぐれなサラマンダ様にしては「楽しそう」って、他の人のことを伝えてくれるなんて、驚きなのよ。普通なら、自分が「楽しい」って送ってくるだけなんだから。」
「なるほどな。ふうん。なるほどな!」
しきりに感心するグリューネ。
「じゃあ、とにかくサキたちは、無事に到着して、楽しくやってるってことだな。シンハ様、結局サキにくっついて行くことにしたんだな。そっかぁ。」
「まあ、サキはなんでもできちゃうけど、森の外ははじめてだからね。」
「確かに。」
「たぶん、自分の魔法の種類も威力も、人外だってことも知らないで、今頃、街でいろいろ戸惑っているか、周りの人をびっくりさせてるんじゃないかと思うわ。」
「くくく。俺もそう思う。あれで結構、剣の腕前もそれなりだしな。くく。」
「そうね。ふふ。」
「で、次はいつ念話するんだ?」
脳天気にわくわくしながら訊ねるグリューネ。
しかしそれがトゥーリの癇癪のツボを刺激してしまった。
「はぁ!?あんた、本気で言ってるの!?そんなこと、すぐにできると思う!?昨夜やっっっと、つながったのよ?3つの言葉を聞き出すのに、何日かかったと思ってるの!?なのにまたすぐに念話しろって!?ボスに!?貴方がやれば!!人の気も知らないで。グリューネの馬鹿!!もう、知らない!!」
「わ、わかった。悪かったって。機嫌直せよぅ。」
トゥーリがサラマンダと交信して、サキたちの情報を得たという話は、瞬く間に妖精たちの間に広まった。特にトゥーリたちが広めた訳ではないのに、である。
まあ、あれだけ派手に夫婦漫才をやっていれば、当然といえば当然だろう。
「サキと王様、ヴィルドに着いたって。」
「元気らしいよ。」
まではいい。だが
「魔獣ばんばん倒してるってさ。」
「街の壁、ぶっ壊したらしいよ。」
「街を燃やしたっていう噂だぜ。」
とあることないこと、尾ひれがつき、ついには
「サキとシンハ様が、街をぶっ壊して、支配下におさめたらしいよ!」
「サキが、魔王になったってさ!」
などと、とんでもないことになっていた。
「あらあ。なにそれ。ありえなーい。」
と笑っているのは湖の精。
「聖獣のシンハ様がついているのに、サキが魔王になる訳ないでしょ?」
「「たしかに。」」
「誰からの情報なの?」
「「トゥーリ。」」
「「グリューネ。」」
「俺は土の3番から聞いたぜ。」
「私は風の5番から聞いたわ。」
「コマドリも言ってた!」
わちゃわちゃと勝手にしゃべり始める。
「わかった。わかった。みんなちょっと静かに!」
湖の精は妖精たちにストップをかける。
「話の出所はトゥーリとグリューネみたいね。直接聞いてみるわ。」
そうして、湖の精はトゥーリとグリューネに会い、ようやくトゥーリが「着いた」「元気」「楽しそう」という報告を、サラマンダから聞いたという真実に到達できた。
「ふたりとも、元気でやってるのね。良かったわ。」
「湖の精は、行ってみないの?お水のあるところなら、どこにでも行けるんでしょう?」
とトゥーリ。
「あら、そんなことはないわ。特に私は、汚れた水と、魔素の薄いところは好きじゃないの。力も弱くなっちゃうし。街の中は、たとえサキに会えるとしても、なかなか行く気にはなれないわ。」
「ふうん。私は、湖の精も、サラマンダ様みたいに、サキたちにくっついて行っちゃうかもって思っていたんだけどな。」
「ふふ。トゥーリ、スルドイ。」
と湖の精が笑う。
「本当はそれも考えたわ。でも、私が一緒だと、きっとサキを甘やかしちゃう。あの子に危ないことはして欲しくないもの。サキは街へ人としての経験を積みに行くんだから、私みたいな過保護な妖精が一緒だと、きっとあの子のためにならないと思ったのよ。我慢したのよ。なのに。サラマンダったら、勝手にくっついて行っちゃって。ずるいわ。」
「あー。あはは。すみませーん。」
とボスの代わりに謝るトゥーリ。
「まあ、魔獣退治とかには火の精がいた方がいいでしょ。便利な用心棒と思えば、我慢できるわ。」
「はあ。」
「それにね、サキはきっとそう遠くない日に、此処に戻ってくると思うの。」
湖の精が空を見あげながら言った。
「本人もそう言っていたし。なにより洞窟をあのままにして行ったでしょ。ということは、近々帰ってくるつもりだってこと。」
「そっかぁ。」
「ああ、なるほど。そうだよな!」
とそれまでじっと二人の会話を聞いていたグリューネが目を輝かせた。
「サキは、この森でまだまだやり残したことがたくさんあると思うの。」
と湖の精。
「たとえば?」
「冒険よ。」
「冒険?」
「冒険か!」
「そう。『人の住む街にも行ってみたいけど、この森のあちこちにも行って見たい』って、言っていたことがあるわ。
それに森の王も、そのうち森を見回りに行きたくなるだろうし、ね。」
「なるほどな!」
「シンハ様と一緒なら、森の見回りにサキも行くよね。絶対。」
「そういうこと。」
「はやく戻ってこねえかなあ。サキのポムロルパイ、くいてぇ。」
「まったく。グリューネは、そればっかり!」
「お前だって、同じこと、思ってるくせに。」
「え、私は…ま、まあ、それは…否定はしないけど。」
「ふふ。相変わらず、仲良しね。」
「お、おれはそんなんじゃ。」
「わ、私はそんなんじゃ。」
同時にそう言って、顔を見合わせる二人。
「うふふ。やっぱり仲良しじゃない。ごちそうさま。」