118 サキ、骨折を治癒する
「ほう。君はそれをどこで習った?」
「え、自己流…こほん。いえ、旅の途中で出会った治癒術師さんから聞きました。ちょっとだけ。」
「そうか!ちなみにこの患者は両腕を骨折している。右は単純骨折だったから今くっつけたが、左肘の損傷が複雑だ。君ならどうする?」
「え…と。」
突然実習かよ。と思いながらも、人間の骨の透視はなかなかチャンスがないので、この際学ばせてもらおう。
「失礼します。」
と言って、半泣きの若い冒険者の左肘をスキャンした。
たしかに、肘と腕の骨が複数箇所、かけたりヒビが入ったりしている。神経もやられている。外傷からすると、魔獣に踏まれたのかな。
「左手は、指は動きますか?」
「小指と薬指が感覚がねえ。これじゃ剣が握れねえよ。」
「左利きですか?」
「ああ。」
「神経は上級ポーションで大丈夫だ。泣くな。」
とサリエル先生。
「うう。」
先生に言われて、また涙をこぼす。
たしかに上級ポーションで神経や血管は「ある程度は」大丈夫だろう。だが、これほど複雑な骨折なら、地球では大手術を複数回しないといけない重傷だ。たとえつながっても剣が握れるかは疑わしい。
普通なら、冒険者生命は正直なところ、ここでおしまいだろう。泣きたくもなる。
だが此処では魔法が使える。僕ならカームをかけてからメガヒールだ。
しかしメガヒールは魔力をかなり使う。おそらくできる人は限られるだろう。
そうなると、普通はハイヒールを何度も重ねがけすることになる。けれどその度に骨をなるべく正しい位置にしながらなので、変なくっつき方をする確率が上がり、危険である。だからこそ一発大魔法のメガヒールのほうがいいのだ。
ちなみにメガヒールは、ヒールのすごーく強いやつ。名前のとおりだけど。
僕の場合は、骨も腱も血管も、「あるべき場所に戻れ」と強く念じながらかければ、無事にくっついて元通りにしてしまう万能ヒールだ。
メガヒールの効果については、仕留めた魔鶏の骨とかでたくさん実験して知った。もちろん、死骸にも有効だった。
「所見は?」
「えと。…左肘が複雑骨折。肘の関節だけでなく、腕の骨が肘近くのこのあたりと…このあたりで、複数箇所損傷。血管など各組織も損傷です。」
骨などの名称は良く知らないので、そう言ってみた。
患者のお兄さんになるべく絶望感を与えないように、淡々と言うように気をつけた。
「魔物に潰されたんですか?」
「あ、ああ。魔熊に踏まれたんだ。」
と冒険者のお兄さんが半泣きで言った。
「ふむ。所見はその通りだ。で、治せそうか?」
「…たぶん。」
「どうやって?」
「まず、カームして痛みをとります。それから、なるべく骨や組織を元の場所に戻すよう念じつつメガヒールします。」
「なるほど。カームにメガヒールか。しかし、魔力をかなり使うと思うが。もつのか?」
「僕は魔力量が多いほうなので、できます。」
「やってみてくれるか?」
「はい。」
「ええ!ボクちゃんがやるの!?大丈夫かよ。」
ボクちゃんって…。
「いい。責任は俺がとる。やってくれ。」
「はい。」
「せ、センセイ!まじかよ!」
「ダメならエリクサーでもなんでも使ってやる。おとなしく俺の実験に付き合え。」
「実験って!?ひえええ!」
「大丈夫ですよー。痛くしませんから。あ、でも暴れると変な付き方しちゃうかもしれないから、暴れないでくださいねー。」
と極上の笑顔でそう言ってみた。
「ひいいい。」
なんでますます怖がるのさ。ちょっと傷つくなあ。
「じゃあ、いきます。カーム。」
ほわんと柔らかい光が肘まわりを包む。
「ね。痛くないでしょ。」
「あ、ああ。」
「おおー。」
「続いて…(イ・ハロヌ・セクエトー…各組織よ、在るべき場所に戻れ!)メガヒール!」
さらに少し強い光がぺかーっと光った。ただちに鑑定もして…。うん、おけ!
「はい、おしまい。指、動かしてみてください。」
「…!動く!痛くねえ!」
「肘もゆっくり動かしてみて。…違和感ないですか?」
「ない!ぜんっぜん平気!前より良い感じなくらい!」
「良かった。うまくいったみたいで。あ、でも、数日はおとなしくしていてくださいね。くっついたばかりですから。」
「わ、わかった。」
「君、すごいな!サキ君と言ったか。明日から来なさい!合格だ!」
「え?え?」
「センセイ!どうも!またダンジョン行けます!ありがとです!君、ありがと!ありがとね!サキ君っていうのか?冒険者?オレはジャンニ。ジャンニ・シュレーダー。今後ともよろしく!じゃ、俺はこれで!」
冒険者のジャンニお兄さんは、るんるんで部屋を出て行った。
診察室の戸口では、サーシャさんがあっけにとられて僕たちを見ている。
施術のすべてを見ていたらしい。
「すごい…無詠唱で…。メガヒールまで…。」
とぶつぶつつぶやいている。いや、声に出さなかっただけで、無詠唱じゃないからね。それほど今回のクランケは重傷でしたから。杖は出さずに済んだけどさ。
「ああ、サーシャ君か。いい子を連れてきてくれてありがとう。
治癒術師のハルンが急に王都に行ってしまって、困っていたんだ。良かった。すぐに治癒術師の補充できて。」
「え、いえ…あの。」
サーシャさんも困っている。ここはひとつ、助けてあげようかな。
「あの。サリエル先生、ですよね。」
「うん。そうだが。」
「改めて、はじめまして。僕はサキ・ユグディオ。冒険者で生産者ギルドにも登録したばっかりの新人です。今日は僕の作ったポーションの鑑定をしてもらいにきただけなんです。」
「なっ、そうなのか!?」
「はい。でも、治癒術師としてのご依頼でしたら、受けられると思います。
毎日はちょっと無理ですが、不定期でもよろしければ。冒険者ギルドに指名依頼していただければ、喜んでお受けいたしますが。いかがでしょう。あ、治癒術師の免許は、まだ僕は持っていませんよ。」
「そ、そうか。いや、免許などはどうでもいい。…俺はてっきり、表の張り紙を見てやってきた臨時雇いの治癒術師かと思ったんだ。すまなかったな。急に患者の治療をさせてしまって。
いやーそれにしても、凄いな、君。治癒術師一本で生きていけるぞ。なんなら医師免許も取らないか?俺の養子にでもなるか?あっはっは!」
全然めげてない。押しが強いな。このひと。
肝心の中級と上級ポーションは…しっかり鑑定してもらって、当然合格。
しかも、どちらも特上品とのお墨付きをいただいた。
市価の5倍でもいいという。
5倍!?それはちょっといくらなんでもな評価ではと思うが。でもうれしい。
ポーションは、結局本当に市価の5倍の価格で生産者ギルドが引き取ってくれたが、そのままサリエル先生に卸すという。
市場に流通させるには、あまりに特上だということらしい。
えー、でも、市場でも使ってくださいよう。でないと、大量に卸せないじゃんか。
10本でも100本でも、できただけ買い取ると、生産者ギルド長のエッレさんが鼻息を荒くして言った。
「冒険者ギルドよりうちのほうが絶対高いから。うちに卸しな!」
と命令口調。
「あーいや、あちらにも義理はあるので。まあ、考えておきます。」
と玉虫色の返事をしておいた。
結局、僕のポーションは、鑑定者はいつもサリエル先生。で、冒険者ギルドにもサリエル先生から言ってくれたらしく、同じ高値で引き取ってもらえることになった。
どちらのギルドにも、製作者については伏せてもらうようにお願いした。
シンハと相談して、鑑定されても製作者は「匿名。ただし、冒険者ギルドおよび生産者ギルド保証済み」と出るようにしてある。へへ。
こうしておけば、貴族に幽閉されてポーションを奴隷のように作らされるなんてことはないだろう。
一時期、「効果5倍の『特上』中級ポーション」「効果5倍の『特上』上級ポーション」が両ギルドで話題になったが、それもいつしかヴィルドでは当たり前に売っているようになっていった。
製作者については、いろいろと憶測が飛び交ったが、どこぞの教会で作っているらしいとの噂で落ち着いた。教会なら皆納得だからね。
どうやら両ギルドが裏でうまく動いてくれたようだった。
サリエル先生とはその後も良好な関係だ。
半日単位でお手伝いに行っている。
他の仕事がある時は行けないが。それでもいいと先生は言ってくれている。
「サキ君の治癒方法は、俺にも勉強になる。本当に医学を学んだことがないのか?信じられん。」
まあ、長く病院で患者やってましたから。いろいろな症例は知ってますよ。特に死に至る病はね。シンハが心配するから、あまり言えないけど。
時々、サーシャさんが先生に差し入れを持ってくる。
先生は結婚歴はあるが、奥様は10年以上前にお亡くなりになられた。
心臓病で、もともと体が弱かったらしい。そこに流行病にかかりあっけなく、ということらしい。
折悪しく、先生は隣町に往診中で…。エリクサーも間に合わないほど、あっという間だったらしい。
すでに成人した息子さんが一人いて、王都で医師になるため勉強中。
そういうわけで、先生は「独り身」だから、サーシャさんにもチャンスありそう。
だが、どうも先生はサーシャさんの気持ちには気づいていないみたいで。
悩ましい。僕でよければ、ピエロでもキューピッドでもなってあげるんだけどなあ。
「わあ!おいしそうなお弁当ですね!」
と僕がわざという。
本当に美味しそうなんだもの。
「サーシャからの差し入れだ。食うか?」
「とんでもございません!サーシャさんが、先生に食べて欲しくて、真心込めて作ったお弁当ですから。いただくなんてできません!」
と言ってみた。
これでわからないなら相当だろう。ところが
「…。サーシャはな。俺の亡くなった知人の娘なんだ。あいつが赤ん坊のころから知っている。俺にとっては、姪っ子みたいなもんなんだよ。だから、お前たちが期待するような恋愛感情は、ちょっと気が引けて、な。」
「…。」
うーん。どうやらサーシャさんの気持ちには気づいてはいるのか。複雑な男心だな。
「…。でも、サーシャさんは、もう大人の女性ですよ。」
と言ってみた。
「…。」
「外野の未成年が言っても、ぜんっぜん重みがないでしょうけれど…、冒険者をやっていると、もしかしたら、明日の今頃は、強い魔獣に食べられて、生きていないかもしれない。だからでしょうかね。今日を精一杯、楽しく過ごしたいと思ってしまうんです。」
「…」
「…明日も元気で、目が覚めるといいな、とか、明日も、シンハと一緒に冒険できて、あいつをもふもふできるといいなとか思っちゃうんですよね。」
「…」
「後ろを振り返るのも大切だけれど、一緒に前を向いて歩ける人が隣にいたら、すっごい素敵なことだと思うけどな。」
「…今日はやけに人生観を語るなあ。」
「へへ。たまには。…僕、昔はすごく体が弱くて。毎日ベッドの上ですごしてたから。今日は生きるか、明日は死ぬかって感じで。だからなおさら、今、超元気でいられることがうれしいんです。」
「そうだったのか。意外だな…。恋は?しないの?」
「僕ですか?あはは。逆襲?」
「ふふ。」
「まだですね。今はまだ、生きることで精一杯。シンハと冒険するのでめいっぱいというか、毎日楽しくて。恋愛どころじゃないって感じかな。
僕はたぶんエルフ系だから、寿命も長いみたいだし。まだ若いから!」
「ふふん。」
「先生は若くないんですから、ちゃんと考えなきゃだめですよ。」
「急にジジイ扱いか。酷いな。」
「ちゃんと考えて、はやく結論だしてくださいね。サーシャさんがかわいそうです。こんなに美味しいお弁当、作ってくれるのに。」
と言って、勝手に唐揚げをつまみ食いする。
「うわ!まじ美味しい!素敵な奥さんになるのになあ。」
「う、うるさい。もうやらん!」
僕の人生観が効いたらしい。
数日後、サーシャさんの指に、なんと婚約指輪が光っていた。
サリエル先生からプロポーズされたそうだ。
そして
「サキ君!先生にお説教してくれたそうね。ありがとう!」
と言われた。
あはは。
おめでとう!お幸せに!