117 サリエル先生
生産者ギルドでCランクをもらった日のうちに、僕は宿の自室で、生産者ギルドで手に入れたポーション瓶に、中級と上級のポーションを詰めた。
そして翌日には生産者ギルドに買い取りをお願いした。ひとまず中級10本。上級5本。
初めてなので、まずはお抱え医師の鑑定を受けてから、代金をもらうことになった。
この世界で医師というのは、魔法も使うけれど、主に薬や外科手術などで患者の怪我や病気を治す人のこと。
医師免許が必要で、医学院というところで勉強し、正式に免許を取った人だ。
魔力をそれなりに必要とする治癒魔法で患者を治すより、むしろ鑑定や火魔法、水魔法など、ほかの魔法を使用する場合が多いらしい。極端な話、生活魔法であるクリーンが使えれば、あとは学問と経験で勝負ということだろうか。
なお、鑑定が使える人は、この世界では治癒魔法を使える人より少ないらしい。だが医師はそれなりに経験を積むと鑑定が生えてくることが多いそうだ。何事もその道を究めればご褒美があるということだろう。
医師はこの世界でも尊敬されている。優秀な医師は王族や貴族のお抱えが普通である。なのでどうしても町医者は下にみられる。だが、中には崇高な信念の元に、庶民のために医院を開いている医師もいる。
また、治癒魔法を使えて、それで生計を立てている人を治癒術師という。教会に属している人が多く、呪いの解呪なども含む聖魔法を得意とする。聖魔法を使う人は少ないので、はっきりいうと引っ張りだこだ。
治癒術師の正式な免許は教会が発行するが、免許がなくとも治癒魔法が使えれば、治癒術師と名乗っても差し支えない。信用されるかは別だが。
冒険者で魔法が得意な魔術師のうち、聖魔法が使える人は、ほぼ全員が治癒術師だ。アンデッド退治に重宝がられるだけでなく、ヒールができるし、支援魔法を使えることも多いので、パーティーには必ず一人欲しい人材だそうだ。
もちろん、魔力量や魔力の扱い方で実力はピンからキリまであるらしいが。
さて、話を戻して、此処は生産者ギルドの受付。
「お抱えのお医者様って、なんという方ですか?」
「ポーションやお薬の鑑定をしてくださる先生は何名かおられますが、初めてのお持ち込みですので、最も信頼度の高いサリエル・ベルトン先生を予定しております。」
生産者ギルドの受付嬢サーシャさんがいうには、サリエル・ベルトン先生(皆から慕われていて、「サリエル先生」と名前呼びされている)は、ヴィルドでは一番の腕利きの医者らしい。鑑定眼も優れており、生産者ギルドだけでなく、冒険者ギルドや商人ギルドからの薬の鑑定依頼も受けているという。
王都の中央医学院を主席で卒業した秀才であるにも関わらず、かつては冒険者としてダンジョンにも潜っていたことがあるという特異な経歴の持ち主だそうだ。
そのため、冒険者にも理解があるし、魔獣から受けた怪我にも詳しいとか。
王都に居た時、貧しい人からはお金は取らないか安くしてあげた(今でもそうらしい)ため、逆に一部の貴族や医師から疎まれ、追われるようにしてこちらに移り住んだらしい。
サーシャさん、やけに詳しいな。
「もとは侯爵家の三男様なのですが、率先してスラムの方や孤児を診察してあげていたそうで、それがもとでご実家から勘当されたらしいんです。」
「なるほど。貴族らしからぬ方、ということですか…。それにしても、サーシャさん、お詳しいですね。」
「えっ!あら!私ったら余計なことまで話してしまって…すみません。聞かなかったことにしてください。」
「はい。でも、尊敬してらっしゃるのですね。」
「は、はい。そうなんです!ロマンスグレーで、とっても素敵な方なんですよ。」
あーこれ、らぶだわ。
「こほん。えーと。それで…先生のおられる病院は?」
「ビョウイン?」
あれ、病院とは言わない?
「えと、お仕事をしている場所は?」
「ああ、治癒院のことですね。ご自宅と兼用しておられるんですが、北門から歩いて最初の路地を入ってほどなくです。」
おや。じゃあここから近いところじゃないか。
「冒険者ギルドに詰めておられる日もあるのですけど、今日は水の日ですので、おそらく治癒院のほうかと。」
やっぱり詳しいな。
「あの、サキ様、私、午後から非番なのですが、サキ様のポーションやほかの鑑定していただくお薬を持って、治癒院に寄ることになっております。もしよろしければ、ご一緒にいかがですか?」
「え、いいですか?あ、でもお邪魔では…。」
「ナ、ナ、ナニをおっしゃっておられるのかしら嫌だわ、おほほ、ほほ。」
と言いながら、頬を染めつつ僕の肩や腕をぐいぐい押してくる。お願いだから、どつかないで。結界の上からでも結構痛いっす。
「いて。」
「あ、あら、ご、ごめんなさい。ほほ。」
シンハがぐるぐる笑っている。面白がらないの。
というわけで、なぜか生産者ギルドの受付嬢のサーシャさんと一緒に、サリエル先生のところに行くことになりました。
無言で歩くのもどうかと思ったので、さりげなく
「サリエル先生は、治癒魔法はお使いになるのですか?」
と聞いてみた。
「はい、もちろんです!優秀なお医者様は治癒魔法もお使いになります。
でも、当然ですが、あくまで補助的ですね。自分以外に作用する魔法は、魔力を多く使いますので。」
つまり、ヒールやクリーンでも、自分に使う時より、他人に使う時のほうが魔力を使う、ということ。知識では知っていたが、やはりそうなのか。僕にはあまり実感がないけど。
「それに、一日に大勢の患者さんを診る訳ですから、魔力をそんなに使っていられません。
先生の凄いところは、まず鑑定眼。どこが悪いのか、たちどころに鑑定します。そして外科手術も含め、的確な治療を行なうことです。」
「なるほど。凄い名医なのですね。」
と言いつつ、ちらと別のことを思ったが、すぐにサーシャさんの言葉で思考はかき乱された。
「はい!でも気さくで、貴賤を問わず患者さんに真摯に向き合うので、評判は高いのです。なのに、ご実家から勘当だなんて。酷すぎます。」
「たしかに。…あの、先生はご結婚しておられるのですか?」
「え、ええ。お子様も昨年成人されて、今は王都で勉強を。…でも奥様は、お子様が小さいうちにお亡くなりに。」
「そうだったんですか。」
「どうしてあんないい方が、悲しいめに会わなきゃ行けないんでしょう。世の中は不公平ですわ。」
「そうですね。」
この世界、いくら名医でも、治せない病気は多いのだろう。
魔法はあっても、西洋の中世くらいの感じだし。
それにしても、これは。
「ふふ。サーシャさん。本当に先生がお好きなんですね。」
「し、知りません!もう!大人をからかわないでください。」
とまたばしんと背中を叩かれた。
「いってっ!」
ちょっと。結界にヒビが。なに生産者ギルドの受付嬢って、魔獣なみなの!?そうなの!?
驚きながらヒールする僕にシンハが
『余計なことを言うからだ。恋する女性は敵に回すと恐いぞ。』
「(うぐ。キ、キモに命じます。)」
『それより。隠微はしっかりかけておけよ。おそらくその医者、鑑定眼のレベルは高いぞ。』
「(あ、そか。そうだった。)」
さっきちらと通り過ぎた思考はそれだったと思い出した。
体内の病や怪我の度合いを鑑定できるのだから、きっと鑑定レベルもかなり高いはずだ。
隠微とついでに魔法プロテクトもかけておく。
気を取り直して歩いて行くと、ほどなく「サリエル・ベルトン治癒院」に到着した。
もと貴族とのことだが、勘当されたからだろう。貴族の尊称である「ド」とか「フォン」とかが名字についていない。
そういえば、マッケレンさんは「フォン」だったな。
貴族なんだ。
なにがつくかは、国によってだけでなく、時代によっても違うようで、いろいろ混じっているが、とにかく名前と名字の間になにかがつく。
この世界は平民でも名字はある。無い場合でも村の名前が名字になる。
エルフや獣人族は「集落名」だったり、職業固有の名字だったりするらしい。
で、話は戻るが、サリエル先生の治癒院前である。
『俺は外にいる。消毒のにおいが。ちょっとな。』
とシンハは中に入るのを遠慮した。
「(わかった。)ちょっと待っててね。」
とシンハにはおやつの干し肉をあげて、玄関脇にいてもらうことに。
治癒院だから、遠慮してくれたのだろう。
ふと顔をあげると、扉に張り紙がしてある。
『急募!臨時雇いの治癒術師1名。待遇:応相談』
ふうん。治癒術師不足なのかな?不定期なら受けてもいいけど…。
などと思いながら、あらためて中に入っていく。
小さな待合室には、今は患者はいなかった。
サーシャさんが受付で挨拶していると、診察室だろうか。奥から男の悲鳴が聞こえてきた。
「イテテテテテ!先生、もっと優しく。」
「我慢しろ!冒険者だろ。」
「ぎゃー!」
「あはは。うるさくてごめんなさいね。今、骨折の患者さんなのよ。」
と受付の女性事務員さん。いや、看護師兼務かな?
「あーなるほど。」
と僕がつぶやいた。
「骨折は治す時痛いですものね。」
とサーシャさん。
「…。でも、カームかけると痛くないはずなんだけどな。」
とついつぶやくと、受付の看護師さん?が
「ん?ん?君、今なんて言った?」
と急に興味を持ったように僕に聞き返してきた。
「え。骨折を治す時、先にカームかけると痛くなくなる…はずなんです…けど…。」
と言うと、
「…。先生!すごい魔術師さん、来てます!!」
といきなり言い出し、診察室に吹っ飛んで行った。
「え?え?」
どうやら中で、僕のことを言っているようだ。
ちなみにカームという魔法は、麻痺の魔法として知られている。
普通は攻撃魔法に属するが、優しくかけてやると麻酔・鎮痛の効果がある。
1分もたたないうちに、今度はばたん!と音を立てて診察室の扉が開き、白髪交じりの白衣の男性が出てきて、僕の前にやってきた。
「君か?今カームがどうのと言ったというのは。」
「あ、はい。」
この人がサリエル先生か。たしかにロマンスグレーのナイスガイだ。だが。なにこの圧力。
「ちょっとこっちへ。」
と僕の腕をひっつかみ、診察室に連れ込まれる。
「君、名前は?」
「えと…サキです。サキ・ユグディオ。」
「冒険者か?」
「はい。」
「そうか。…で、カームをかけると、なんだって?」
「えーと。骨を所定の位置に戻すときが痛いので、その時にカームをかけてやると、痛みが消える…ハズです。」
カームが必要と判ったのは、森で暮らしていた時、たまたま骨が折れた小鳥が居て、治してあげようとしたらすっごく痛がったので判ったことだ。すぐにカームをかけてから治したら、今度は全然痛がらなかった。