108 調味料とヴィオール
「ふんふんふー♪~」
僕はスキップしそうなご機嫌な状態で町を歩いていた。
『浮かれてるな。』
シンハが冷やかに指摘する。
「そりゃあ、Cだもん。自慢もしたくなるよ。」
『俺はもっと上までいくと思ったがな。』
「えー。それはさすがにカークさんだって困るでしょ。というか、僕の全力を見せたら、Bくらいはもらえたかもしれないけどさ。カークさんが言ったように、まだまだ僕は新人だから、さすがにもっといろいろ冒険者の常識を得てからでないとまずいっしょ。」
『ふん。確かにそうだ。そこまで分析できているなら、まあいい。』
「どうも。」
『ところで、何処へ行くのだ?』
「調味料だよ。カークさんに聞いたら、この辺が食料品や雑貨を売ってる店が多いからって。…でもさすがにスーパーはないんだろうな。」
『スーパー?』
「うん。なんでも売っているところだよ。食品とか雑貨とか、場合によっては衣類とか、そこにいけば一度に買い物が済んでしまうというところ。」
『なるほど。よろず屋か。』
「そそ。でもって、普通の小売り店より少し安いの。」
『何故だ。』
「大量に仕入れるから、単価が安く仕入れられるんだよ。あるだろ?たくさん買うから、まけてよっていう交渉。」
『ああ。昨日お前もやっていたな。』
「そう。それそれ。…お、雑貨屋だ。食品も売ってるっぽい。入ってみよう。…ごめんください。」
リンロンというドアベル…この世界、牛の首輪みたいなリンロンが定番なのかな…。を鳴らしながら、僕たちは店に入った。
中は広そうだから、シンハも大丈夫かな?
「いらっしゃい。あー、犬はちょっと。」
「あ、すみません。シンハ。外で待ってて。」
仕方ない。食料品も扱っているからね。
『判った。』
シンハは自分から外に戻り、店の脇に座った。僕はガムがわりにワイバーンの骨をあげる。
ほんと、シンハはいい子だ。
ついでに僕自身にもクリーンをささっとかけてから店に入る。まあだれも気づかないだろうけどさ。
「ありがとね。…で、何にします?」
「調味料ありますか?」
「ありますよ。」
小太りの店主が、見本の調味料というか、香辛料が一括入った、枡目になった箱を持ってくる。
ほうほう。これは結構いい品揃えだ。胡椒をはじめ、一通りのものが揃っている。
森にあったのは、胡椒や丁子、ローズマリー、バジル、タイム、ミント、山椒、ショウガ、ニンニク、シナモンなど。一部は畑でも作ったりしていた。トウガラシも手に入れたっけ。
この世界の植物は、気候だけでなく、魔素が多いかどうかでも植生が変わるらしい。
森になかったのが黄色いターメリック(ウコン)とカレーらしい匂いのもとクミン。これらがないとカレーらしくならないんだ。森で食べられなかったのが、カレーらしいカレー!
おお、あるじゃん!黄色いターメリック!それにクミン!コリアンダー!中華に使う八角まである!うほほい!
あとは醤油とか味噌がないかな。
「醤油、ありますか?」
「?なんですか?それ。」
「えーと。しょっぱくて、茶色い液体。」
「魚醤ならありますよ。」
「あ、じゃあそれで。」
違うけど、まあいいや。
「コウジはあります?」
「なんですか?それ。」
「えーと。味噌を作る時に使う粉。」
「味噌?」
「茶色くて豆とか米とかで作るしょっぱいもの。」
「うーん。よく判らないな。コメ?」
「ああ、やっぱりないか。米は…麦みたいな植物で、水を加えて蒸すと柔らかく炊けるものです。」
「もしかしたら、東の島国でとれるパンの代わりになるものですかね。つぶつぶの。」
「あ、たぶんそう!パンみたいに主食になるものです!」
「あー。メッシだなそれ。此処にはないけど、王都ならたまに入るみたいですよ。東の島国から輸入するようだから。」
「そうなんですか!?ありがとうございます!…あとは…コンブ。海草でダシがとれるやつ。ありますかね。」
「コブノリですかね。…これですが。」
「あ、これですこれです!わあ。あった!」
「お客さん、珍しいもの欲しがるね。」
「そうですか?」
「東の人から買ったんだけど、どう使えばいいか判らなくてね。もてあましてたんだ。普通に海草として売ってたんだけど。」
「もちろん、そのまま食材として煮ても美味いですよ。でも、味付けにも使えるんですよ。…じゃあ、その東の人、こんな形のかったーいもの、売ってませんでした?」
「ブシダシだね。あるよ。」
「え。あるんだ!すごい。」
「これも、こんな堅いのでどうするのかと思ってたんだけど。」
「削るんですよ。こんなふうに。あ、いいですか?ちょっと削っても。」
「いいよ。」
僕は短剣を出して、シャカシャカとブシダシ(鰹節)を削った。そして許可をもらって削りカスを食べる。
「美味い!食べてみて。」
「…ほうほう。なかなか。塩味があれば、もっといいかな?」
「そうなんですよ。塩とこれで、ずいぶんおいしいスープができます。コブノリでしたっけ?あれも入れると、もう最強。」
「ふうん。」
「今度、作って持ってきてみましょうか。」
「え、いいの?」
「はい!収納バックあるから、あったかいの、食べられるし。」
「じゃあ、お願いするよ。悪いね。お客さんに教えてもらったりして。今日は何買うの?勉強させてもらうよ。」
「ありがとうございます!じゃあ…もちろんブシダシとコブノリと…この葉っぱと、これと…それからこっちの粉末と…。」
僕はたっぷり森にはなかったものを中心に大量に購入した。
全部で5,000ルビにもなったが、4,500ルビにまけてくれた。
調味料は高いが、仕方がない。
この雑貨屋はそれなりに店が大きくて、いろいろなものが売っている。家具まで置いているようだ。
「せっかくだから、ちょっと店内、みせてくださいね。」
「どうぞどうぞ。」
他に買う物はないだろうかと、店全体を眺める。と、ふっと店の隅の戸棚が気になった。
骨董品っぽいものが入れられているガラスの戸棚。
この世界でガラスも珍しいというのに。
宝石入りの古い短剣や、古書、女神像のようなものなど、種々雑多なものが並んでいる。
「!」
僕が目が釘付けになったのは、戸棚の奥に立てかけられた楽器だった。
「(…ヴァイオリン?いや、ちょっと違うか?)」
懐かしいな。
生前、僕の隣の病室にいた子…(呼び名だけは覚えている。しんちゃんと言った。)が、ヴァイオリンを弾く子だった。
子供コンクールで優勝するほどの腕前だったそうだ。
でも、その子は大切な右腕を切らねばならない病に冒されていた。
腕を切る前に、僕達に最後の生演奏を聴かせてくれた。
病のせいで、たぶん腕ももうよく上がらなかっただろう。それでも、一生懸命に弾いてくれた。
事情を知る人は、みんな、泣いていた。しんちゃんも、泣いていたっけ…。
彼が弾いてくれた途切れがちな「G線上のアリア」を思い出して、ちょっとツンとなった。
僕はもちろんヴァイオリンは弾けない。
でも、憧れだった。
こんな難しい楽器を弾きこなせたら、どんなに素敵だろうと。
でも、病気のせいで大好きな楽器を弾けなくなるなんて、どんなに悲しくつらいことだろうと…。
演奏するしんちゃんは、本当にとてもかっこよかった…。
「その棚は、ダンジョンから出たものや骨董品を飾っているんですよ。」
と店主。
「…あの楽器も、ダンジョン産ですか?」
「ああ、奥のやつ?違うよ。でも古いものではあるね。」
「なんという楽器です?」
「ヴィオール。顎で軽く支えて、弓で弾くんだ。今も演劇の伴奏とかに使われる楽器だよ。」
「へえ…。」
名前も、奏法もそっくりだ。たしかヴァイオリンのフランス名はヴィオールだったような…。
もしかしたら、昔の転生者が広めた楽器かもしれない。
店主は戸棚の鍵を開けて、僕に持たせてくれた。
形はヴァイオリンに良く似ているが、肩のカーブがなだらかだったり、S形のはずの穴が胴に沿った三日月型だったりと、細部に違いがある。
「旅の楽師が生活費に困って売っていったそうだ。俺の祖父の代だから…100年近く前だね。俺の息子も一時期使っていた。」
「息子さんが?」
「ああ。音楽好きが嵩じて、王都で宮廷楽師なんてものになっちまって。店を継いでくれりゃいいものを。」
と言いながらも、なんだかちょっとうれしそう。
「でも…ほら、ここが割れちゃっていてね。」
と胴の貼り合わせのところが少し割れていた。ニスも減って表面はかさついている。
「修理すれば使えるだろうけど、息子は新しいのを買ったから。またここに飾ってるってわけさ。」
「…。」
「買うなら、まけてあげるよ。壊れてるし。」
「!売り物なんですか?でも息子さんの思い出の品では?」
「確かに、息子が小さい時にそれをいたずらしてはいたけどね。その時にはもうそこが割れていたから、すぐに新しいのを買ったんだ。だから、思い出というほどはないよ。」
「そうなんですか。」
「買っても修理費がかかるだろうから。弓もつけるよ。500ルビでどう?」
「え、いくらなんでも安すぎませんか?」
「調味料、たくさん買ってもらったからね。正直なところ、ちっとも売れないから、もう廃棄も考えていたくらいだ。500ルビでも売れればありがたい。」
「わあ。ありがとうございます!買います!…あ、でも…僕、弾けないんでした。」
「あはは。そうだろうと思った。短期間でよければ、来週には息子が里帰りするから、基本だけでも教えてもらうといい。言っておくよ。」
「本当ですか!是非に!あ、もちろんお月謝…教授料はお支払いします。」
「ふふ。じゃあ、相場を聞いておく。それも安くしろといっておいてやるよ。」
「ありがとうございます!!」
というわけで、思いもかけず、ひょんなところでヴァイオリン…いや、ヴィオールを手に入れた。
弓や、古いケースも、全部譲ってもらった。
新しい弦と松ヤニならぬトレントヤニはお店で売っていたので、それは購入。
自分で楽器を修理するのも楽しみだ。
まずはお掃除して、鑑定で素材や接着剤、ニスも分析して…。
なんだかわくわくする!
「来週、息子と話しがついたら、宿に連絡するよ。『海猫亭』だったね。」
「はい!ヨロシクお願いします!ありがとうございました!」
「まいどー。」
リンロンとドアベルを鳴らして店を出る。
「お待たせ!シンハ!」
『だいぶ時間がかかったな。なんだ?それは。』
「これ?楽器だよ!ヴィオールっていうんだって!」
『ふむ。お前、それ弾けるのか?』
「弾けないよ?」
『…。弾けないのに買ったのか?』
「これから弾けるようになる予定!」
『まったく。脳天気なやつだ。防音はしっかり張れよ。宿を追い出されるぞ。』
「はーい!」
僕はすっかりるんるん気分。
しんちゃんの話には後日談がある。
しんちゃんは根性のある子だった。
腕を切って退院して1年後、僕の見舞いに来てくれた。
表情がとても明るい。
不思議に思っていると、今、大学と共同研究で、ヴァイオリンが弾ける右手の義手を開発中だという。左手は使えるから、まだラッキーだった、と笑顔で言った。
すごいな。
頑張り屋のしんちゃんのことだから、たとえ両腕を失っても、作曲家になるとか音楽の研究者になるとか、なにかしら音楽に関わって生きていったに違いない。
その後のことを転生した僕は知らないが、きっと今頃、開発した義手で名演奏をばんばん行なっているのだろうな…。
おっと、まだ買い物があった。野菜を仕入れないとな。