104 初クエスト
さて、教会で無事(?)洗礼を受けた僕達は、冒険者ギルドへ向かっている。
「遅くなっちゃったね。」
『ああ。仕方ないだろう。洗礼をしてもらえて、良かったな。』
僕達は町なかを急ぎ足でギルドへと向かいながら、念話でおしゃべりをする。
「うん!世界樹様の声、また聞いちゃった!今度ははっきりだった!」
『!また聞いたのか!それは…凄いな。』
「え?洗礼って、やっぱりみんなが声を聞くわけじゃないんだ。」
『声が聞けたとは、よく聖者の物語には書いてあるが。』
「僕、聖者じゃないのにね。あ、きっと聖獣のシンハと契約しているからだね!」
『…まあ、そういうことにしておくか。』
シンハがため息交じりに言った。なんでだよ。
「あ、ところでさ、どうしてシンハは僕に「ユグディリア」ってつけたの?」
『…なんとなくだ。』
「なんとなくぅ?納得いかない答え。」
『あのな。本当に大切なことというのは、結構なんとなく決まるものなんだ。お前の言ういんすぴなんとかというやつだ。』
「インスピレーション?」
『そう、そうだ。ぱっと思いついたのがユグディリアだった。』
「天啓、というやつか。…じゃあ、枢機卿がその姓が貴重だ大切だと言った訳は、シンハにはわからないんだね。」
『ああ。意味を聞かれてもわからん。ただ、お前は空から降ってきた。特別な生まれかたをしたし、世界樹の気配もする奴だから、世界樹・ユグディアルと似た名前がいいと思ったのだ。それだけだ。』
「なるほどー。結構それが、物事の本質なのかもしれないな…。とにかく、ユグディリアとつけてくれて、ありがとね!」
『お、おう。』
くす。シンハ、照れてる。
ようやく、冒険者ギルドに到着した。
もう10時をとっくに回っている。
扉をあけると、張り紙のある掲示板をみる。ランクごとに貼る場所は区別されている。
Fランクのところだけでなく、他のところも、すでにかなり剥がされているようだ。
そりゃそうだよねえ。
でも、案の定、採取系はたっぷり残っている。
「えーと。ペイネ草、ロンギ草、ミンクの枝、サーモス茸取りに緑スライムの体液採取か…。まあ、Fならこのあたりだろうな。」
何故判るかというと、それら植物はほとんど薬草系で、スライムを含め魔素が少ないところでも採れるものばかりだったからだ。
薬草系はもともと詳しいので、ペイネ草、ロンギ草、ミンク枝は薬草の定番だとアカシックレコードに聞かずとも知っている。
サーモス茸はちょっと特殊な薬の材料で、一番有名なのは媚薬の原料だ。
うーんあんまり僕、そういうのはねえ…。
だって、誰が誰に使うのさ、と思うと、犯罪のにおいがするじゃん。まあ、夫婦円満のためもあるかもしれないけど。僕が採取しなくとも、誰かがとるだろうから、パス。
それより定番のペイネ草、ロンギ草、ミンク枝だ。
これらは痛み止めとか傷薬とか、基本的な薬の材料なので、常時募集のものだが、新人でないと、面倒くさがって、なかなか上位陣は受けてくれないのだろう。
しかもおそらく初心者は雑な採取をするのではないだろうか。どれも丁寧に採らないと、薬効が激減するんだ。カークさんが初心者に厳しく言っているというのも頷ける。
まずはこれらだな。
常時受付の採取ものなどは、木札になっていて、1種だけ書いてあるもののほかに、2種書いてあるもの、3種書いてあるもの、4種書いてあるもの、というように纏めて書かれている札さえある。それらが何枚か、同じものが重ねてぶら下がっているシステムだった。
採取系の他には、ゴブリン討伐とかスライム討伐とかが木札になっている。
ゴブリンは女性の敵だし、スライムは化粧水などの材料になるので必需品である。
昨日の説明によると、常時依頼のものはクエストとして受けないでたまたま行った先で採取などをしてきても、ちゃんとクエストとして手続きしてくれるそうだ。一応木札にしているのは、何が常時依頼なのかを知らしめる意味もあるらしい。
そして急募のものは、その木札に「急募」と書かれ、追加報酬も記される。
でも万能薬草のメルティアの依頼がFランクには見当たらない。
木札どころか、紙でも貼っていない。もう剝がされたのかな?
「メルティア、依頼ないね。ちょっと不思議かも。」
『忘れたのか?あれは「あの洞窟」付近だから雑草扱いだが、ここらあたりではなかなか採れない貴重な薬草なのだ。そして森の少し奥まで行かないと採れない。Fランクでは無理だろう。』
「あ、そか。」
シンハに言われて思い出した。あれは妖精たちがいるような森の奥でないと採れないのだった。ベッドの材料にしてたから、雑草と勘違いしてたけど。
亜空間収納には生きのいいのがサイロ一つ分くらいある。お金に困ったら、これを売ってもなんとかなるな。
僕は常時受付用のペイネ草、ロンギ草、ミンク枝の3種が書いてある木札をはずし、カークさんを探した。
「おはようございます。」
「おはよう。サキ君。」
「昨夜はどうも。ごちそうさまでした。」
「いえいえ。来るの、遅かったですね。教会ですか?」
「はい!教会に寄って、さっそく洗礼を受けてきました。運良く枢機卿様がお帰りになられたので。」
顛末のアレコレは言わないでおいた。
「おぉ。枢機卿様ですか。それは良かった。おめでとうございます。」
なんか心からほっとしている?
あ、たぶん、枢機卿はいいひとだけど、なんとかいう司教に問題アリと知っていたのかも。飲み会の時も、僕が枢機卿に会えば、スムースだけどと思ったのかもしれない。
それならそうと、言ってくれたっていいのにな。ああ、僕がどう切り抜けるか、見たかったんだなきっと。試されたわけだ。大人達に。
なので、ちょっとイラッとしたので、わざとバクダン発言をしてみた。
「ありがとうございます!世界樹様のお声も聞けました!」
「え!?」
冷静なカークさんが目の前で目を丸くして驚いている。くくく。
「あ。…やっぱり、それって、あまりないことなんですか?」
「…こほん。そ、そうですね。おそらく…1万人…いや、10万人にひとりくらいの割合ではないでしょうか。」
ついっと眼鏡をあげながら、冷静に解説してくれた。
「あーそうなんですね。…うん!幸運でした!」
「そ、そうですね。おめでとう。」
「ありがとうございます!」
ふふふ。ちょっとカークさんを驚かせちゃった。成功成功。
…あ、もしかして、単に子供に教会のドロドロを知らせたくなかっただけなのかな?
まあどっちでもいいや。
「こほん…ところで、今日はいよいよ冒険者として活動開始ですね。」
「はい!」
「で、初仕事はどれにしたんですか?」
「これです。」
僕は常時受付の木札になっている、3種の薬草採取が書かれた札を提示した。
「ほう。堅実ですね。いいことです。薬草の採取の仕方は判っていますね?」
「はい。ペイネ草とロンギ草は根っこごとですよね。」
どちらもたくましくて、根ごと採ってもすぐ生えてくる。生命力が強い草だ。
「そうです。もし、薬草の種類に不安があれば、奥の図書コーナーに図鑑がありますから、確認するようにしてくださいね。10本ずつ束にして提出です。スコップや袋は無料で貸し出せますよ。」
「スコップ、ちょっとみせていただけますか?袋は借りたいです。」
カークさんはカウンターの下から小さいスコップ(シャベル)と小ぶりの麻袋を数枚取り出した。
このカウンターってなんでも下に入ってるんだな。
ああ、もしかして亜空間収納あるのかも。
取り出されたスコップは根が深く掘れるような形をしていた。スコップは持っているが、普通の形なので、今回は借りていくことにしよう。
「場所は判りますか?」
とカークさん。
「門を出た草原とか、森の入り口付近と思ってましたが。」
「そうですね。それがいいでしょう。ミンクの枝は森の入り口付近に多くみられます。なので森の奥の方には絶対に行かないように。危ないですから。まあ、シンハ君が一緒だから大丈夫かもしれませんが。油断大敵です。」
「はい。なるべく森には入らないようにします。」
「ええ。では気をつけていってらっしゃい。」
「いってきます。シンハ、行こ!」
僕たちは受付を離れ、ギルドを出た。
「…で、ルーキーは、初仕事は何を選んだ?」
カークの後ろからギルド長が声をかけた。
「薬草採取ですよ。ごく普通に。」
「ほう。偉いな。あれだけのステイタスなら、さっそくダンジョンかと思ったが。」
「意外に堅実なんですよ。彼は。」
「ふふん。まあ薬草採取も、慣れないとせっかく採取しても薬にならんからな。お手並み拝見といこう。」
「ところで。さっき話した彼の洗礼の件ですが…。「無事に」受けられたそうです。」
「ほう。」
「枢機卿様がたまたまお戻りになったようで。」
「それは良かった。教会の現状、昨日言わなくて正解だったんじゃないか?」
「いえ。いじられました。こちらがわざと言わなかったと、感づいていますね。」
「うん?」
「神の声を聞いたそうで。」
「なぬ!?」
「にこにこ言ってましたが。私を驚かそうという意図が見え見えでしたね。」
「うーむ。」
「おそらく今朝教会で、一騒動あったんだと思います。サキ君は詳しくは言いませんでしたが「「運良く」枢機卿様がお戻りになったので」と言ったので、司教と揉めたのは確かですね。これから枢機卿様がすみやかに動くのではないでしょうか。」
「なるほどなあ。教会の浄化ができれば、それに越したことはない。来て早々、サキ君、なかなかやるな。」
「ええ。意外に侮れません。」
「しかし…そうなると、サキの身辺は大丈夫か?あの腐れ司教、サキにちょっかいを出したりしないだろうな。」
「…。いざとなったら、昨夜彼に言わなかった責任をとって私が動きます。
でも、あまり心配していません。
枢機卿様は、あれでやる時は手早い方だ。サキ君本人はあのステイタスですし。
それに…なによりサキ君の傍にはシンハがいますからね。」
「うん?」
「…」
カークがちろりとギルド長を見る。
「…まあ、そうだな。俺も同意見だ。」
そんなことを大人たちが話しているとは知らず、僕とシンハはまっすぐ昨日入ってきた北門へ向かっていた。
結局、腐れ司教はサキに手を出す前に、この日のうちに枢機卿によって拘禁されたのでした。
というか、自分が捕まった原因が、サキという名前の冒険者だったということさえ知らぬうちに、デスネ。めでたしめでたし。