101 教会に立ち寄る
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ピチチチ…。
小鳥の声で目が覚めたので、一瞬、此処が洞窟かと錯覚した。
同じベッドで隣にはいつものようにシンハがいる。
「おはよー。」
撫で撫で。
ベッドに上げるなと女将さんに言われたけど、あとでクリーンの魔法を使うから判らないもん。へへ。
『ねぼすけが。腹がすいたぞ。』
「えーもう?まったく燃費悪すぎ。」
『るさい。ワイバーンがいいな。焼いたやつ。』
「はいはい。ちょっと待って。」
僕はもそもそと起きて、シンハのために床にアラクネ布を敷き、金属製のお盆と磁器の大皿、トレント製のボウルを出す。それから、焼きたてをシンハ用に少しさまして収納しておいたワイバーン肉を数枚、大皿の上に出す。水もトレント製ボウルに僕の手から魔法で出した。あとはデザートのナッツとポムロル(リンゴ)を置いた。
「はいよ。」
『うむ。』
えらそーに。
僕はステイタスの時計を見る。7時ちょっと前だ。
まだそんなに寝坊してないじゃん。
僕はまだあくびをしながら、着替えてトイレを済ませ、顔を洗うために階下に降りた。
季節はもう初夏だけれど、まだ日中も涼しい。
「はじまりの森」が近いため、涼しい風が森から吹いてくるせいで、ヴィルドは夏でも比較的過ごしやすいらしい。
セミがあまり鳴いていないのは、街中に樹木が少ないせいもあるだろう。それでも広場とか大きな屋敷などにはそれなりに樹木はあるけれど。
でも、やはり森の奥よりは少し気温が高い気がする。
海猫亭は建物の裏手に井戸があるので、そこで口をすすいでクリーン。顔は井戸水で洗う。
すべてはテント内でもできるけど、やはり朝はなるべく外の空気を吸いながら支度したい。
外に出ると、ほら、妖精の子たちもうれしそうにふよふよ飛んできたりするしね。
「みんなおはよー。魔力あげるねー。」
妖精の粒々たちに小声で挨拶して、魔力をちょっとあげる。
ピョンピョン跳ねてうれしそう。
「まちなかで魔法使うときは、協力してねー。」
と言っておく。みんな承知してくれたようだ。ぴょこぴょこ跳ねてる。可愛いな。
あ、誰か来たみたい。
そよ風で妖精たちを遠ざける。集まりすぎると僕が光っちゃうかもしれないからね。
「おはよう。」
「あ、おはようございます。」
手ぬぐいで顔を拭いているフリをしていると、女将さんに声かけられた。
「わんちゃんは?部屋かい?」
「はい。食いしん坊はもう朝食とってますよ。」
「そうかい。あんたは食堂で食べるかい?」
「部屋に持っていってもいいですか?」
「いいよ。カウンターに出しておくから、持っておいきな。」
「ありがとうございます。」
ということで食堂に寄り、自分の食事をもらった。
おお。人さまに作ってもらった「朝食」は、久しぶりだー。
いや、そういう朝食はこの世界に来てはじめてか。夕食は昨日食ったけどさ。宴会で。
冒険者が多いからか、朝食はしっかりボリュームがある。
骨付き鶏肉の入ったシチューと焼きたてライ麦パン。パンはちょっと堅めで酸っぱい。
トマトやレタスのようなものが入った野菜サラダ。さらにソーセージ。パンにはバター。飲み物はミルクをもらった。この宿はアタリだ。水は自分で出すもののほうがおいしいからいらない。
トレイに乗った一式を持って、階段をあがる。
部屋に戻ると、もうシンハはデザートのポムロルをシャカシャカと食べていた。
「骨つき鶏肉だよ。魔鶏じゃないけど、食べる?」
『いい。お前ももっと肉をつけろ。骨だけもらおう。』
「ん。」
僕は肉を雑にそいで、少しつけた状態でシンハにあげる。
「骨、喉にひっかけないでね。鶏の骨ってあぶないから。」
『ああ。久しぶりだな。魔物ではない肉は。』
「そうだね。魔物肉になれると、ちょっと物足りないかな?」
『そうだな。あっさりしている。だがこれも美味だ。ダシがいいな。ふむ。』
などといいつつ、バキボリと骨をうまそうに食べていた。
僕は自分の収納から魔蜂のハチミツを取り出し、軽く火魔法であぶったパンに添え付けられたバターを塗り、ハチミツをつけて食べる。
うっま!!
この「軽くあぶる」というのは意外に難しいのだ。うまくやらないと真っ黒になるし、遠火だとなかなか焦げ目がつかなくて魔力を無駄に消費する。
何度か試して覚えたけどね。
サラダにはお手製チーズを加えた。ドレッシングはおいしかったので、そのままだ。あとで女将さんにレシピを聞こう。
『今日はどうするのだ?ダンジョンか?』
「ううん。まずは採取系を受けたいな。此処の周辺はどんな植物がとれるのかも知りたいし。」
『堅実だな。』
「うん。でもその前に…やっぱり教会、行こうかね。」
『そうだな。よく忘れなかったな。』
「ふふ。一応、世界樹様から加護もいただいているからね。」
『良い心がけだ。』
「教会に寄って、薬草採りに行って…。早めに帰ってきたら、調味料をいろいろ買いだめしたい。あーやることいっぱいだ。」
『ふふ。よくばりめ。』
「えー、食いしん坊の相棒を持つと、自然に料理に興味が行くようになるんですー。」
などと言いながら、僕は久しぶりの人間らしい朝食を食べた。
食器を下げに行き、朝食を絶賛し、ついでに昼用のサンドイッチを作ってもらう。
そして身支度を整えて、まずは教会に向かった。
洗礼は、きっとすぐには受けられないだろう。今日はアポだけだ。
教会は鐘楼がとても高いので、町のどこからでも見える。
道もわかりやすい。
いいお天気。
そういえば、魔素は町だからか薄めだ。
妖精は小さい粒々がそれなりに飛んでいるけれど、グリューネたちのような大きな妖精は、昨日から見かけていない。
というか、あの森がなにかと濃すぎたんだよね。
ということは、僕は魔法を使うのがしんどくなるのではないだろうか。
「ねえ、シンハ。どうなの?」
『さあな。』
「おい。」
『やってみれば判るさ。たぶん、お前ならすぐに慣れると思うがな。』
そんなもんだろうかね。
まあ、さっきの「あぶり」の時には違和感はなかったし、周囲の魔素を考えると、さほど気にしなくともいいかもしれない。
ためしにちょっと路地に入って、ぽっと小さな炎を手に出してみた。
そういえば、町に来てから何度も水を出したが、違和感は感じなかった。
そして今も。
うん。まあ、火の大きさは小さくはない。
多少自分の魔力を少し森よりも使う程度か。大丈夫そうだ。
地球はまったく魔素がなかったからなー。
それに比べたら。
って、比べる相手が違いすぎか。
そんなことをつらつら考えていたら、教会のある広場に出た。
「おお。でかい。」
教会は草原から見えていたが、予想通り、壮麗でかなり大きい。大聖堂だ。
昔、テレビで見た、ヨーロッパのどこかの大聖堂に似ていた。
尖塔があって、鐘楼があって。
厳密にアーチではないが、腕状に張りだした石材で支える作りで、ステンドグラスもある。
でもガラスが貴重なせいか、ステンドグラスは小さめ。しかも金網付きの窓だ。
全体的に堅牢そう。
おそらく空からのワイバーンの攻撃にも耐えられるように作られているのだろう。
正面は、柱廊が庇のように横に伸びているので、雨風が凌げる造りだ。その柱廊の少し奥まったところに中央扉がある。重厚な扉は、朝のお祈りのためだろうか。大きく開いている。
扉脇には、全体礼拝は光の日朝7時からと書いてある。
光の日とは日曜日にあたる。
ちらりと中を見ると、ぱらぱらとお祈りする人たちがいた。
光の日以外は、勝手に来てお祈りできるシステムらしい。
「あ、シンハ。シンハは教会、入れるのかな。」
『これくらい広いなら、大丈夫だろう。中のものを壊さなければ、構わないと思うぞ。』
「じゃあ、一応手綱を出すね。」
僕は虹色の首輪とおそろいの手綱を出して、シンハに繋ぐ。念のため、シンハの足にはクリーンをする。
「おじゃましまーす。」
シンハを連れて中に入る。
「わあ。」
中央祭壇には世界樹様だろうか、神様の白い像がある。
両側の窓は、縦長のステンドグラスが嵌まっていて、さまざまな場面が表されていた。
いくつかは、シンハから聞いて知っている説話だ。
「あ、白い獅子。シンハ。あれ、フェンリルじゃない?」
『そのようだな。天地創造で、世界樹を助けた4種の聖獣が表されているのだな。』
他のステンドグラスには、ホウオウやユニコーン、白龍がいた。
「んー。なんかちょっとシンハと違う…。シンハのほうがかっこいいよ。」
『ふっふ。俺サマはいつだってカッコイイのだ。』
「クス。はいはい。」
そんなふうにステンドグラスを眺めていると、シスターだろう。制服っぽい長い白黒の衣装を着た女性がやってきた。
「おはようございます。」
「おはようございます。」
なんか、優しそうな女性だ。まだ若いお姉さん。17、8くらいかな。
シンハを見て、にこっと笑う。犬好きみたい。
「この子、連れて入っても大丈夫でしたか?」
「ええ。構いません。でも、手綱は離さないでくださいね。」
「はい。」
「こちらの教会は、初めてですか?」
「はい。あの、実は、洗礼を受けたいのですが。」
「まあ!そうでしたか。主神様がお喜びになります。」
「これからでも、受けられますか?それとも日を改めましょうか。」
「そうですね…。司教様に聞いて参ります。」
「お願いします。」
シスターは急ぎ足で礼拝堂を出て行った。
続きは明日。
登場する宗教観や教会に関する事項はすべて、あくまでフィクションです。
教会の建物イメージや階位の呼び方などは、キリスト教世界を参考にさせていただいております。
(なにしろ剣と魔法の中世ヨーロッパのイメージなので。)
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