10 サバイバル生活 6日目
6日目。
そろそろ自分で「狩り」をしないといけないな、と漠然と考える。昨日もシンハが狩ってきてくれた魔兎を食べた。でも自分で魔兎を仕留めるようにならないといけない時期だ。
だが前世、日本で肉は切り身でしか見たことがない僕にとっては、なかなか覚悟ができない。
「ウインドカッター!」
洞窟の前の広場で、風の刃で草刈りがてら練習する。
洞窟前の広場には、回復薬の材料になるメルティア草が大量に生えている。
薬の材料と思わずに、いい匂いなので寝床にクッション代わりにちょこちょこ刈り取っては敷いていたのだが、なぜか生育が早く、毎日刈り取っても丸坊主にならない。かといって刈らずともボウボウにもならず、一定量を保っている不思議な草だ。
(いや、実はこの数日後、野菜を育て始めてもっと驚くことになるのだが。)
そんな訳で、今日はメルティア草の草刈りを、覚え立てのウインドカッターで刈り取っている。
刈り取った草は、地面につく前に亜空間収納に納めている。
この亜空間収納も不思議なもので、「メルティア草」というフォルダ内に入れておいたが、それ以外の草も刈ってしまうので、「その他の雑草」というフォルダに分類しておいてある。
ふと思いついて、「メルティア草」フォルダを「完全品」と「葉っぱや茎のちぎれたもの」に分類してみた。分類、と言っても、そう念じるだけだ。するときっちり分類されてそれぞれのフォルダに収まった。
それならばと試しに魔兎の骨付きモモ肉を、骨と肉に分割できるか、念じてみたところ、きれいにわかれて別のフォルダができていた。
取りだしてみると、見事に切り離されている。
「なるほどね。じゃあこれは?」
僕は気をよくして、解体して肉を取り除いたけれど、まだあちこちに肉片が付いたままの魔兎の毛皮を、「きれいに剝いだ魔兎の毛皮」と念じてみた。
すると、きっちりフォルダができていた。
そして亜空間収納からその毛皮を取りだしてみる。
確認すると、ものの見事にきっちり剝いだ、美しい毛並みの毛皮になっていた!
そぎ落とした肉片は、「魔兎肉そぎ落とし」フォルダに入れた。ついでに「ゴミ箱」フォルダも作っておいた。
「やった!これは使えるぞ!」
ヘタに解体せずに、亜空間収納内で魔法で処理すれば、きれいにお肉と毛皮、骨、内臓なんかに分けられそうだ。
さすがになめした完成品ではないが、冒険者が売り買いするぶんにはこれで十分だろう。たぶん。
「よし!これなら僕でも魔兎狩りに行けるかも!」
僕はちょっと高揚した気分で、シンハと出かけることにした。
魔兎と遭遇したら、どうやって狩ろう。竹槍…はちょっとまだコントロールがおぼつかない。じゃあ、短剣で?うーん。魔兎はすばしっこいからなあ。まだ弓も覚えていないし、作ってもいない…。飛び道具はウインドカッターかな。
などと思いながら、木の実採取をしていた時だった。
シンハがピクッと顔を上げた。
何かを見つけたみたい。
僕は慌てて索敵の精度をあげる。
まだ何かに夢中になると、索敵がおろそかになる。いけないクセだ。はやく直さないと、命取りだ。
索敵にあった反応は、魔兎だった。
100メートルくらい先で草を食んでいる。
こちらにはまだ気づいていない。
が、ピクッとして顔を上げた。僕と目が合った。
逃げるかと思ったら、敵意をむき出しにしてグルルとうなり、なんと突進してきた!
シンハは気配を完全に絶っていたから、気づかなかったのだろう。僕一人なら、魔兎にとって「獲物」なのかもしれない。ちっ、なめられたもんだ。
シンハが飛び出す前に、僕は
「ウインドカッター!」
と唱え、魔法を放った。
魔兎はウサギと同じく、まっすぐだけでなく、左右に飛び跳ねながら走る。なので広範囲にカッターを展開した。
魔兎は慌てて回避しようと、右左に大きくジャンプしながら突き進んでくる。
ザシュ!ザシュ!ピィィ!
悲鳴を上げて魔兎が草むらに沈んだ。
やった!仕留めた!
そう思って駆け寄ると、魔兎は痙攣していた。すぐには死にそうにない。
僕は仕方なく短剣を抜いて、回り込みながら背中側から首に刃をザクっと突き刺し、抜いた。
ぴっと返り血が僕の頬に飛んだ。魔兎は絶命した。生温かい鉄のにおいに、僕は顔をしかめた。
初めて自分で狩りをした。命を奪った。(魚は別として。)
ウインドカッターは最低5つは命中していたから、はっきり言って毛皮はズタズタだ。売り物にならない。冒険者としては三流だろう。
僕はしかめっ面をしたまま魔兎の首にもう一度刃を入れ、傷口を大きくすると、地面に短剣で穴を掘り、血抜きをした。しばしボタボタと血を穴に落とすと、適当なところで魔兎を収納した。
穴は埋め戻し、短剣も、血だらけの手も、水魔法で洗い流し、頬も拭ってからクリーンをかけた。返り血のあとすら残っていなかったが、僕はずっとしかめっ面だった。
狩りの喜び、達成感は、無かった。
「もっとうまく狩らないとね。シンハは喉元を一噛みで仕留めていたもんね。」
と言い訳する。
命を自分で刈り取ることに、まだ抵抗がある。だが、生きていかないと。
「あと数匹、狩ろう。早く慣れないとね。」
とシンハにというより自分に言い聞かせて、さらに索敵した。
その日、僕は合計5羽の魔兎を狩った。
2羽目からはウインドカッターは使わず、短剣で仕留める練習をした。
魔兎は大抵獰猛で僕を見つけると向かってきた。
素早い動きに自信があるのだろう。
僕は無駄に動かず、直前で方向転換して襲ってくる魔兎に、タイミングを合わせてダッシュし、首を狙った。
かみつかれる寸前に、短剣を振るう。同時に無意識に結界を展開していたから、仮にうち漏らしても魔兎の牙が僕を傷つけることは無かった。
それより驚いたのは、自分の身体能力だ。まるで素早い魔兎が、最後襲ってくる瞬間は、特にスローモーションで動いているように見えるのだ。
だから僕は身体能力を上げて、加速し横からすれ違いざまに首に刃を当てるだけで、魔兎を仕留めることができた。
4羽目は僕を見て逃げようとしたが、魔兎と追いかけっこをして、追いつき(驚異的!)、併走しながら短剣で仕留めた。
仕留めた魔兎は、どれも血抜きもせずにすぐに収納した。試しに
「解体」
と念ずると、案の定、望んだとおりに骨や肉、毛皮にわかれた。不要な血液は狩りの最後に穴を掘って収納からビューッと出した。少しは取っておく。鑑定さんによると魔物の血液も薬の原料になるそうだ。
「たまには自分でやらないといけないな。」
とつぶやく。そうしないと、解体がヘタのままになるからだ。
「うん?」
そろそろ帰ろうと思っていたところ、鑑定さんのお友達「索敵」くんが何かをとらえた。
四つ足の魔物だ。大きさはシンハくらいだから魔狼だろうか。
索敵くんに魔狼?と問いかけるときらりと光る。どうやら正解らしい。索敵魔法は種別を言い当てるときらりと反応してさらに形状を詳しく伝えてくる。
鑑定では
「魔狼…狼の魔物。強さレベル10。群れの場合レベル13。足が速い。集団での狩りを得意とする。肉はあまり美味しくないが、毛皮は良質。」
と出た。
なるほど。食用には向かないが、防寒用の毛皮にはいいか。
周囲を索敵したが、1頭だけだ。どうやら群れから外れた文字通りの一匹狼のようだ。
シンハも気づいたようで、ぴくりと狼のいる方角を見ている。
「シンハ。魔狼みたいだ。狩るよ。」
と小声で伝えると、何も言わず静かに移動を始めた。
僕もなるべく気配を殺して近づく。
相手もどうやら僕たちの存在に気づいたようで、まだ迷いながらも近づいてくる。
シンハがシンハであると気づけば、実力が違いすぎるため逃げていくのが普通だが、シンハは狩りの名人なので、気配を消して獲物に近づき、仕留めることができる。
たぶん存在感ダダ漏れなのは僕だろう。そして僕はまだ弱いから、絶好の餌だ。
案の定、相手は僕を察知して自信満々に殺気を出して走ってきた。
今回は短槍を使う。
僕はわざと立ち止まり、相手が近づくのを待った。そして奴が射程距離に入ると、咄嗟に亜空間収納から短槍を取りだし、一瞬で魔力を付与。そして投げつけた。コントロールは魔力まかせ。回転もだ。
一瞬で短槍が飛んできたので、魔狼はさすがにぎょっとして飛び退こうとした。さすがに反射神経がいい。だが眉間を狙った槍はそのまま角度を変えて魔狼の右目に吸い込まれた。
GYA!!
という断末魔を残し、魔狼は即死。竹槍は頭蓋を貫通していた。
ばたりと倒れた体躯はピクピクッと痙攣して果てた。ふわわ…と一瞬光の粒々が立ち上ったように見えた。
あれ?今までそんなのは見えなかったが。どうやら魔兎狩りで僕のレベルが上がり、死んだ魂が立ち上っていくのが見えるようになったようだ。
シンハは魔狼の体の周りをぐるぐる回り、死んでいるか確認しているようだ。
そして僕が傍に行くと
バウ!
と吠えた。よくやった、と言ってくれたように思えた。
「ありがとう。君の教えがいいからね。マグレかもしれないけど一発で仕留められた。」
そう言って僕はわしゃわしゃとシンハを撫でた。
魔狼は確かに即死だった。僕はまだあたたかいその亡骸に触れ、亜空間に収納した。肉は美味くはないらしいが、非常食にしよう。あとで亜空間内で解体だ。
その日は魔狼の肉を味見した。
魔兎よりたしかに堅いし野性味があるものの、それほど不味いとは思わなかった。塩とニンニクがあれば結構いける。
魔兎肉も口直し用に焼いてみたが、僕は野菜も食べたので少ししか入らない。シンハはどちらもぺろりと平らげていた。
犬じゃないからニンニクもタマネギも大丈夫みたいだ。でも少し薄味にしてあげた。匂いに敏感なシンハが、味オンチとは思えないからね。
不思議なのは、何をどれだけ食べても、僕が知る限りシンハはまったく排泄をしない。尿も糞もだ。
おそらく効率よくすべてを魔素に変えて体内に吸収してしまうのだろう。それで寝床の洞窟もきれいだし獣臭くないのだな。
毛も抜けたら一瞬で霧散してしまう。
本当に神獣さまなのだとしみじみ思った。