01 プロローグ 空から 1
初投稿。よろしくです。
天気のよい日だった。
蒼い湖面を持つ湖のほとり。
白い毛並みの大きな獣は、お気に入りの岩の上で、日向ぼっこを楽しみつつ、午後のまどろみに身を沈めていた。
頭には小鳥が時々とまったりするが、気にするふうでもない。
小鳥がつんつんといたずらすると、さすがにちょっとは耳を動かしてたしなめはするけれど。
此処は「はじまりの森」と言われる森。
ローエン大陸の中央に位置した広大な樹海である。
森の中央部へいくほど魔素が多いため、強い魔獣も多く、森の先に見える山には龍も住むという。
畢竟、人族にとっては恐ろしい魔の森であった。
森のはずれにはダンジョンがあり、そこで生み出される稀少な宝物を求めて、多くの冒険者が立ち入ってくるが、さすがに蒼い湖のある奥地まで行こうという猛者はいなかった。
それでも白い魔獣にとっては、住み心地のよい場所。
この世界では総じて強い魔獣ほど美味。それゆえこの森の最奥のエリアは美味い魔獣が多く生息し、餌は豊富。よりどりみどりである。
人族にとっては恐ろしい森でも、白い魔獣にとってはよい餌場のある棲家である。
彼はフェンリル。
伝説の魔獣。神獣とも霊獣とも言われる種族。
特に彼は「はじまりの森の白き王」と呼ばれていた。
その彼の縄張りはこの広大な森全体ではあるが、特に蒼い湖を中心に半径数十キロが彼のお気に入りの場所だった。
白いフェンリルは近くを飛ぶ羽虫の音や、のどかな魔鳥の声を聞きながら、午後のお昼寝を楽しんでいた。
と。
ふと、不思議な予感がして、彼は目をあけた。
急に空気が変わったのだ。
悪い予感ではなかった。
ただぴくっと耳を動かして立ち上がると、大きくひとつあくびをして体全体を軽くのばし、雰囲気が変わった原因を探した。
どうやら右でも左でもない。上空らしい。
だから彼は天をじっとみつめた。ほとんど自分の真上。
すると。
高い高い青空の上から、強い光に包まれた何かが、ゆっくりと落下してくるのが見えた。
なのにまったく危険な感じはしない。
むしろ次第にわくわく感が湧き上がってくる。
その光る物体は次第に大きくはっきりと見えるようになっていく。
光る物体の正体は、人のようだった。
落下速度は桜の花びらよりもずっとゆっくりだ。
まっすぐに、静かに降りてくる。
まるで見えない手に乗ってゆっくりと降ろされてくるかのようだ。
しかも、最初は赤ん坊だったように見えたけれど、ゆっくりと降りてくるうちに、次第に成長していく。
最初は裸だったようだが、やがて白い丈の長いワンピースのような服を着ていた。
それと同時にその天から降りてくる人を包んでいる光は、強いものから次第に柔らかな光へと変貌していった。
フェンリルは小首をかしげつつその降りくる人をながめた。
危険な予感は相変わらずない。
むしろ善なる存在と感じた。
なにか、フェンリルの運命を変えてくれるような期待感さえ感じた。
空から降りてきた人が、大岩の近くの芝生の上にゆっくりと到着した時には、12、3才くらいの少年に成長していた。
しかも芝生の上に着いた時には、魔術師風のゆったりしたローブ姿になっていた。
ブーツを履いて、腰には短剣も帯びている。
旅の魔術師(初心者)といった出で立ちだ。
髪はさらさらの金髪だが、光線の加減で白くも見えるプラチナブロンドだ。
目鼻だちは可愛らしくなかなかのというか、かなりの美少年だ。
だが魔獣のフェンリルに人の美醜が判るかどうかは不明である。
それでも、フェンリルには好ましい存在に思えた。
少なくとも、餌だとは思わない。
むしろ何故か庇護してあげたくなる存在だった。
髪がプラチナブロンドで、白いフェンリルの毛に似ていたからかもしれない。
あるいは、その子供が最初は強く、次第に柔らかに変化した光に包まれていたからかもしれない。
フェンリルは遠い昔に話を聞いたことがある。
このように空から人が落ちてくることがあることを。
その人は、別世界から神の意志によりこの世界に連れてこられたのだと。
それゆえ神のご加護は強く、何かしらのたぐい稀なる才能を持っているものだと。
フェンリルは大岩の上からしばらく覗き込んでいたが、やがて我慢しきれず、ぱっと大岩から飛び下りた。
かなりの高さがあるはずだが、フェンリルにはたいしたこともない。
すとっと大岩から下の草地へ降りると、その子供に近づき、フンフンと匂いをかいだ。
知らないはずなのに、どこか懐かしい草木の匂いがする。好ましい匂い。
獲物として「美味い」という匂いではなく、存在としての「好ましい」匂い。
傍に居たくなるような。
しかも自然に膝をつき頭を垂れたくなるような…畏敬の念が沸いてくる。
世界樹の匂いだ、と、フェンリルは直感した。
世界樹なんて見たことはない。だがエルフから得た枯れ枝の、かすかな匂いは知っている。今は亡き母が幼い自分に語ってくれた世界樹の話も。
世界の真ん中にあって、この世界を支えているとか見守っているとか言われる、神様のような大樹。それが世界樹。「真ん中」にあるのに、世界の中心と言われる此処「はじまりの森」ではないのは、亜空間のダンジョン内にあるからだと、たしか母は言っていたような。
その世界樹の匂いだと、フェンリルにはわかった。
でも危険な人間の魔術師の匂いもちょっとする。
なのに、なんだか少しも危険そうじゃない奴だ。
腰には短剣も帯びているのに。
くーかーと眠ってしまっている。
まったく。此処は一応とても人間には危険な場所なのだぞと、フェンリルは呆れた。
と、唐突にゆっくりと、その少年は目をあけた。
少年の目は菫色だった。