気づいたら恋に堕ちることも――あるのだろうか?
何か気づいたら書き終わってたので、投稿しようと思います。
誤字脱字があるかも? お目汚し失礼!
「年の差なんて学校を卒業して社会に出たら、それほど気にするものでもないでしょ」
「はぁ!? でも、相手は女子高生だよ!? 考えられないってばっ」
なんとも本当にくだらない友人Aの相談内容――それが、若手で有能と言われている我が課の主任補佐を務めている朝日悠一さん(26歳)の話題だった。
この朝日さんは、どうやら年の離れた弟さんの同級生と付き合っているらしいという噂がでているのだが、それが納得できないという愚痴を友人Aがしているわけだ。
「普通に考えて、女子高生が社会人の、しかも有望な人と付き合うとか……身の程知らずって感じじゃん」
「どこの世界の話よ、それ」
「この世界の話だよ!」
「じゃあ、いつの時代の話よ、呆れるわね」
「淫行でしょーがっ!! そういうことも弁えてないから身の程知らずだって言ってんのよ!」
同僚とはいえ、なんでこんなのと一緒に飲みに来ちゃったのだろうか……といまさらながらに後悔しているのは、どうやら同行した友人、酒井海咲も思っているらしい。全面に面倒くさいという顔を隠そうともしていなかった。
「酒井さんは、何とも思わないわけ!?」
「なんとも~っていうか、そういうのは当人同士の話であって、他人がどうこう言うべきことじゃないと思いまぁ~す」
棒読み全開ですね、うん。あたしも同じ立場としてツッコミひとつできませんけれども。
「ちょっと酒井さんも久保田さんもおかしいよ!」
「「いやぁ~、おかしいのはアンタだと思う~」」
ああ、思いっきりハモったね――うん、同じ意見でありがたい。
なんで、こんな状況になっているかと言えば、今日は週末金曜日、仕事終わりに飲みに行くかーと海咲と話をしていたところに、この友人Aが顔を突っ込んできて勝手に付いてきちゃったっていう感じだったりする。
はっきり言って、こんな愚痴を聞きながら飲むとか楽しくないんですが、付いてきちゃって同じ席についたら仕方ないでしょ。とはいえ、そろそろお開きの時間だろうなとは思う。なにしろ愚痴を言ってる友人Aは、かなり酔いが回ってきているし、あたしたちの返事のせいで顔まで真っ赤にしながら怒り心頭という感じだから。
「最低っ! アンタたちみたいなのに相談したあたしが馬鹿だったわ!」
「いや、相談じゃなくって愚痴でしょ」
「これが相談なら、内容がなさすぎる」
つい返答しちゃったあたしたちだったけれど、それに反応した彼女はそのまま帰ろうと席を立った。まあ、それはそれでありがたいんだけどね。
「奢るとは言ってないので、割り勘よろ~」
「愚痴聞かされてタダ飲み逃げは許さないよ。払うものは払っていこうね、同僚なだけなんだから」
つい海咲の言葉に乗っかって正論を口にした途端、友人Aは『信じられないッ』とテーブルの上にあったグラスを投げつけてきた――が、そのままキャッチ。さすが運動神経の鬼、海咲さま。けれど、友人Aはお金も払わずタダ飲み逃亡して出ていってしまった。まったく信じられないマナー違反だな。
「呆れたね」
「本当に。一度出る?」
「うん、ここの会計、きっちりレシートをもらってコピーしたら月曜日に請求しよう」
「さすがの夏菜さん、そういうところ大好きよ」
「あら、貴方の返しも素敵でしたわ、海咲さん」
うふふと笑い合いながら店員さんを呼んでお会計を回してもらった。
「それにしても朝日さんが女子高生と付き合ってて何が不満なんだろうねぇ」
「狙ってたんじゃないの? それが女子高生ってことで、これはいけるかも! 誰かワタクシの背中を押して手伝って~んってとこだったんじゃないの?」
「ふぇ~、本当に面倒だ……バブル時代の女子か!」
「いやぁ、バブル時代なら余計に社会人と女子高生とかアリアリだったんじゃないの?」
「あぁ……」
お互いに呆れたようなため息を漏らしたけれど、実際にどうでも良いことである。本当に誰が誰と付き合おうと、それは当人同士の問題でしかないだろうに。まあ浮気や不倫っていうなら制裁ありありだけどさ。
「それで海咲はどう思う?」
「なにが?」
「女子高校生」
「いや、普通に恋愛してるなら、ありっ」
「ですよね~。アンタの彼氏を考えたら」
「あらやだ。うちの猛さんは、最高に素敵ですのよ?」
「知ってましてよ、海咲さん」
「アンタもそろそろ彼氏を作ったら?」
「二次元最高っ!!」
「……否定はしない」
いきつくところはそれである。ま、あたしは画面の向こうにいる素敵キャラたちで十分幸せを実感しておりますので。
その後あたしたちは、行きつけの店で二次会を始め、海咲が潰れるまで飲み続けた。もちろん彼氏のお向かいありきでの話であったが。
月曜日、出社して一番にしたのは友人Aへレシートのコビーを渡すことだった。一番飲んでたヤツが飲み逃げとかありえないので、しっかり徴収しようとしたところ、当然の流れで破り捨てられた。だからこそのコピーだったんだけどね。
「悪いけれど、時間を見れば正当なレシートだと分かると思うんだけど?」
「久保田さんってセコいです! あれだけ罵倒しておいて、私に払えって言うんですか?」
「貴方が勝手に付いてきて、勝手に飲んで、勝手に愚痴って、勝手に帰ったの。しかもあのときジョッキグラスを人に投げつけて。どう考えてもマナー違反でしょう? それにジョッキグラスが頭にでも当たっていたら傷害事件だったわよ?」
「はぁ? 傷害事件ってなに? そんなことになるわけないでしょう!?」
現在ロッカールーム前での口論である。そりゃ、大迷惑な上に人の目もあるわけで、そんな中彼女は自分の言い分のみを正当化しようと必死だった。とはいえ、聞いている人たちが彼女の味方をするかと言えば、答えはノーだ。だって言ってることは彼女が飲み逃げ(人が居なければ無銭飲食)して帰っちゃったってことなんだから。
「そこで、何をしてるんですか?」
ほんの数分程度の言い合いではあるけれど、それでも他の社員からしたら迷惑な話だっただろう。とうとう我が課の先輩が見咎めて声をかけてきた。
「おはようございます、沢田先輩」
「おはよう、久保田さん。いったい何事なの?」
「実は――」
そうして説明したところ、我が課の自慢な先輩(イケてる女性)は呆れたように友人Aを見た。
「貴方、これが一人だった場合は無銭飲食で即警察行きよ? ちゃんと自分の飲んだ分くらい払いなさい」
「……どうしてですか!?」
「どうしてって、当然の話でしょう? 身内の方とだって一緒に食事をしたら割り勘にするとかしませんか?」
「そんなセコいことをうちの家族はしません!」
「家族のお話ではありません。貴方が一緒に飲んだのは他人です。会社の同僚です。その程度の認識でお金の支払いをケチる貴方のほうがセコいでしょう」
うんうん、同感です。大きく頷きながら彼女を見やれば顔を真赤にしたかと思うと両手を顔に押し付けた。うん、泣き真似――ですな、お得意の。
「酷いです! ふたりして私を責めるなんて!!」
いいえ、責められて当然のことをしたのは貴方です。とは言わずに、先輩を見ればそちらも呆れたように大きくため息を漏らした。
「どちらにせよ、こういう問題が起きたのは一度や二度じゃないので、上に報告しますね」
「え……?」
「はぁ!? なんで上に報告するわけ? 社外の問題じゃん!」
「やっぱり泣いてない……」
ついポロリと本音が口から出てしまったのを聞き取ってしまったのだろう友人Aが、思いっきり醜い顔で睨みつけてきたけど怖くありませ~ん。それよりも一度や二度じゃないってことのほうに驚きだったわ。
「先輩、この人、前もやらかしてるんですか?」
「ええ、何度となく――周りの子たちが、この人とは会話にならないって私たちに相談きてたから」
「あら……そうだったんですね。気づいていませんでした」
「貴方と酒井さんは、ふたりで飲みに行くことが多いものね」
あら……バレてるのですな、とは思いつつも苦笑いで誤魔化しつつ流してもらった。
「とりあえず、そろそろ始業時間ですので、移動しましょう。久保田さん、今回のレシートは?」
「はい、これはコピーですが」
「何枚コピーしてんのよ!! 最低!」
「当たり前でしょう? この間のキレっぷりを見たら予防するのは」
にっこり友人Aに笑いかけて、あたしはその場を移動したのだった。
そして、問題が大きくなったのはその後だった。
『ちょっと、めちゃくちゃ面白いことになってるんですけれど久保田さん』
『あら、どうしまして酒井さん』
『あちらを御覧くださいませ!』
『え?』
このやり取りは就業中、チャットアプリでのものである。いけませんな、仕事中にこんなことをしては、と思いますが今は自称休憩時間です。トイレタイムともいいますけれど。
『それで、何が起こってるの?』
『どうやら金曜の夜の会話を他の社員が聞いてたらしくってさ、女子高生と不純正交友しるのかって上司が朝日さんを呼び出し~』
『は? それ、今回の件に関係ある?』
『ないで~っす!』
トイレから戻ってきた途中で入ったチャットで、あたしは慌てて現場に到着。けれど、呆れたことに声を大きく張り上げて意味不明なことを主張する友人Aと、困った顔をしたまま立ち尽くしている上司、そして朝日さんであった。
問題は飲み代のはずが、なんでこんなことにまで発展しているのかってことだ。
「ちょっといい?」
「あ、沢田先輩……」
「朝日主任補佐が、女子高生と付き合ってるって本当のことなの?」
「それは分かりません。あの子が勝手に愚痴ってただけですし――」
「まあ、たとえそうだとして、社内でこんな声高々に主張されると上司も問題を放棄するわけにもいかないだろうし……」
「でも、それは当人同士の問題でしょう? だいたい、誰がその話題を持ち出したんですか?」
「たまたま同じ場所で飲んでた子たちが、飲み代を踏み倒した上にあの子がジョッキグラスを投げてたことを証言したんだけど、ついでにって感じで――」
「だから、それは誰なんですか?」
「あそこの今井くんたちね――羨ましいって気持ちもあったみたいで、今は自分たちの発言が大事になったせいからか真っ青になっちゃってるわよ」
「はぁ……問題発言もいいところです。しかも、あの子、何でこんなに大きな声で――部署全体に聞こえるじゃないですか」
「まったくよ」
「だいたい女子高生と付き合うことの何が悪いんですか? 恋愛に制限はないはずです」
「そうはいうけど……」
「だいたい、あと2~3年もしたら、その子も成人ですよ、今の時代。社会人になれば年齢差なんか関係ないでしょうに。主任補佐だって、大人ですよ? 恋愛は自由です」
「それが社会人同士ならね」
「なら、中卒で社会人してる人なら問題なしってことですか?」
「――それは」
「まったく……意味不明です!」
そう答えながら、あたしは問題が起こっている場所へ抗議するために歩いていった。もちろん今後のことを考えたら賢明じゃないだろう。だけど、こういうやり方は好きになれない。
「待って夏菜。あたしも証言するわ」
「証言って……」
「どうせ、ぶちまけるんでしょ?」
ぶちまける……そのとおりだ、ぶちまけてやる。こうなったら、会社を退職する覚悟もしていこう。
「失礼します」
「え……」
「何かな? 久保田さんに酒井さん」
「課長も部長もお揃いで、わたしたちの問題に対処してくださいましたこと、ありがたく思います」
「ありがとうございます」
「ところで、話題がわたしたちの飲み代問題から外れているようですが、どういうことなんでしょうか?」
「――いや、その、朝日くんのことで問題があって」
「その問題になら、わたしが代わりに答えられますが、よろしいでしょうか?」
「――え?」
突然に飛び込んできたあたしたちに対して、課長も部長も驚いた顔をしていたけれど、部署内に聞こえるほどの大声を出していた友人Aは怒りからか、顔を真赤にして興奮中だった。
朝日さんは狼狽えたように顔を俯かせてはいるけれど、相当腹を立てているのだと気づけるほどに両手で握っている拳が震えている。
「まず、金曜日の飲み会は、わたしと酒井さんとふたりで行く予定でしたが、そこの女性社員が勝手に付いてきて、勝手に同じ席で飲み食いをし、そして言いたいことをぶちまけるだけぶちまけて、勝手に帰ろうとしたところで飲み代を請求しましたが拒否、その上ジョッキグラスを酒井さんに投げつけてきました。そして、そのまま逃走。連絡先は知りませんでしたので、本日の朝に徴収しようと声をかけたところ、請求に応じてくれず、そこに沢田先輩が声をかけてくれて上司に報告してくださいました」
「あ、ああ……そうなのだね……うん」
「さて、その証言をしてくれた同僚の方がいらしたとのこと。その際にプライベートなことまでお話されて、それに気を良くされた女性社員が便乗、今、ここですよね?」
「え……あ、ああ、そうだ」
「そこでお話があります。朝日さんのお付き合いしてる方が女子高生であって、何か問題でもありますか?」
「「「「「え?」」」」」
どうして、ここまで話を大きくしたのかは謎だけど、朝日さんが付き合ってる人の問題など、ここでは関係ないだろうに!
「だいたい、そこの女性社員に飲み代を請求する問題が、なんでこんな話にすり替わってるんでしょうか?」
「あ……あー、でもだね、普通に考えて」
「それに、です! 課長の奥様って現在22歳ですよね? お話を伺えばお付き合いして6年。ということは女子高生の間にお付き合いが始まったとか――それは問題にならないのですか?」
「え……あ」
「部長のお嬢さまは今現在は大学生ですけれど、高校生の頃から社会人である方とお付き合いしてますよね? 現在進行系で」
「あぁ……まあ」
「それで、朝日主任補佐がお付き合いしてるのが女子高生であったとして、問題があります? それよりも過去にもあったそうですが、同僚との食事会や飲み会で、一切お金を払わず勝手に帰っていく人のほうが問題じゃないのですか!? これは犯罪とは言わないまでも……」
「その前にっ!! オレは女子高生となんか付き合ってませんよ!!!」
あたしが必死に言い募っていたというのにも関わらず、朝日さんが遮って叫び声をあげ、その場の全員が固まることとなった。
え……っと、どういうことなんだろうか。
その後、事態は急速に収束したのだけれど、件の女性社員は今までの無銭飲食代を全員に支払うことを上司から言明された上に謹慎1週間と部署異動を言い渡されていた。
たぶんだけど、この程度のことでは解雇できないこともあり、謹慎期間を経て部署異動すれば噂が広がることもあるだろうと上司も考えてのことだろう。なぜなら部署外で噂が広がったとした場合、彼女は針の筵となることは否めないから。ちょっとやり方が汚いけど、このくらいされても仕方ない。
「それにしても、夏菜ったらあの子の名前も覚えてなかったの?」
「いやぁ……友人Aくらいにしか見てなかったもので……」
「本当に夏菜って……可愛い人とか綺麗な女性なんかは、すぐに名前覚えるくせに」
「仕方ないでしょー。可愛い綺麗は我が心の癒やしである!」
「誰がいい感じにまとめろって言ったのよ……」
「というか、結局、海咲は証言できなかったね」
「アンタが暴走しまくったせいでしょうが!!」
現在、あたしたちは仕事終わりに部署全体の食事会へと出席中。なにせ、あれだけ大事になったあとだ、上司たちも気を使ってくれたのだろう。ついでに朝日主任補佐の事実無根な噂を消すためでもあるようだ。
「それにしても久保田さんったら、いきなり飛び込んでいっちゃうからビックリしたわ」
「すみません、沢田先輩……でも先輩が課長たちに直訴してくれたお陰で、あの子から飲み代返してもらえました、ありがとうございます」
「いいのよ、それは。でも、貴方って割りと熱血タイプだったのね」
「違いますよ、沢田先輩! この子、今ハマってる話が女子高生と社会人のほんわかラブコメだからですって!」
「あら……そうなの?」
「はいっ。とっても素敵な可愛いお話なもので……だから、朝日主任補佐が女子高生を付き合ってるのなら応援しなくちゃ! て本気で思っていました」
拳を握りしめてキッパリ言い切ってしまえば、沢田先輩が呆れたように額へと手を持っていった。ついでに『そんな理由かよ』と呟いたのは無視することにする。
「夏菜の場合、三次元より二次元ですから許してやってください」
「……彼氏、できないわよ?」
「いいのです。オタ活して文句言われるより、自分の世界を大事にしたいっ」
彼氏なんかいたところで、心の癒やしになるどころかストレス満載になった記憶しかないもの。そんなことで毎日疲弊して生きていくより、仕事とオタ活で充実した毎日を送りたい。
「そういえば、酒井さんは彼氏、いるの?」
「はい、います」
「いますよねぇ~、ラブな彼氏。年齢差15歳」
「え……?」
「いやーん、もう夏菜ったら! そこまで暴露しないでよ~」
「殴るの禁止な? 結構、アンタの拳は危険だから。ってか、暴露されて嫌だったことあるの?」
「ないっ」
「キッパリだな!」
「当たり前です、沢田先輩! 言っておくけど世界を探し回っても、うちのダーリン以外素敵な男はいません!」
「結婚は?」
「今プロポーズ大作戦中!」
「まだ継続中かよ」
「だってイエスって言ってくれないんだもん!」
「だもんって……まあ、それで酒井さんが幸せなら文句はないけど、凄い年齢差ね。どこで知り合ったの?」
「「高校教師!」」
ハモッての返答に、とうとう沢田先輩がテーブルに突っ伏してしまった。
まあ、これも仕方ない話である。
「でも高校生のときには告白しませんでしたよ? 相手にも絶対に悟らせないようにしてましたし」
「凄い徹底してたもんね。ただし部活は顧問で選んでたけど」
「だって先生が一番ステキっ」
「はいはい……ステキデシタ」
「棒読み禁止」
「でも本気で言ったらジェラるじゃん」
「そりゃ当たり前だろうがっ」
ボコッて音がするほど、あたしのバッグに拳を叩きつけた海咲に、思わず顔がひきつる。避けるよりも絶対に早いと思ってバッグを取り出したけど正解だった……うん、殴りつけそうな顔してたからな。
「すごい音……」
「そりゃ空手の名手ですから、この人」
「そうだったんだ」
あれ? 今どこから質問が来たっけ? とカバンを退けてみれば、そこには朝日さんが立っていた。
「席替え、ここに来てもいいかな?」
「あー、はい……」
返事はしつつも移動はしないあたしたち。まあ、席が空いてるんだから誰が座っても問題はないんだろうけどさ。まさか朝日さんが来るとは思わなかった。
「昼間は……その、すまんせんっした!」
一応は謝っておくか……的な謝罪ではあるけれど、テーブルに額がつくほど頭を下げての謝罪だ。それも、あたしだけでなく沢田先輩や海咲も便乗しての謝罪だったせいで、朝日さんが慌てて頭を上げるように言ってくる。
「いやいや、ほんと、もういいんで」
「ですが……噂というより、あの子の妄言を信じてしまって……本当にすみませんでした」
「いや、いいよ。一方的な話しか聞いてないからそうなるわけだし。ただ――真相はどうでも、味方をしてくれたってことだけは嬉しかったので」
「それは、まぁ……うん」
「わたしとしては真実じゃなくて良かったと思うわ……いくら朝日さんが大人だからといって、女子高生って……まあ、わたしたちの時代もそうだったけど、猪突猛進なところがあるから」
「いやぁ、もしかしたら純情路線まっしぐらな女の子もいるかもしれませんよ!?」
「酒井さんったら……それは幻想よ? 女子高生って割りとグイグイ行くものだもん」
「えー……」
チラリと見るな、こっちを見るな! あたしは別物、乾き物! だいたい女子高生だからってグイグイいけちゃう女子ってのは可愛いと相場が決まっているのだ。あたしみたいに中学からオタ活してる人間は別なんだよ。
「あれ? 久保田さんは違ったの?」
「そりゃもう! 違う場所ではイケイケでしたけどねぇ、ね? 夏菜」
「そっちはグイグイ行かないと、欲しい物も手に入らん!」
「あー、そっち、ねぇ」
「え? そっちって??」
「朝日主任補佐は知らない世界ですね」
イケメンリア充には、決して分からぬ世界であろうともさ。
「この子、中学からオタ活してたので」
「こいつは中学から枯専でしたけど」
「貴方たち……腐れ縁なの?」
「生まれたときから幼なじみです」
「生まれた場所すら同じな腐れ縁です」
幼なじみとは言い方次第だな、と思う。海咲とは生まれた場所から同じで――育った場所は少し離れていたけれど同じ町内会だ。そして、あたしたちは赤ちゃん取り替え事件……なんてことはありません。よくお互いの家に泊まりあった仲でもある。赤子の頃から、だけど。
「へぇ……それで同じ会社に?」
「いやぁ……まさか同じ会社を面接してるとか思っていなくて」
「実のところ、新人研修のときに初めてお互い、知ったような感じでした」
「うわぁ、なんていう偶然」
「大学は違ったってこと?」
「はい。大学はお互いやりたいことが違いましたから」
「夏菜は文系オンリーだったもんね」
「海咲は運動系だったからね」
うふふと笑顔を見せ合うあたしたち。けどお互い目が笑ってねえわ。
「それより、今回は助けに入ってくれてありがとう、助かったよ」
「え?」
「いや、あれは助けに入ったというより――余計に噂の種を芽吹かせる危険性がありましたので――逆に申し訳なかったとしか」
「いや、弁明するチャンスができたから。まさか弟の彼女をオレの彼女と間違われるとは思いもしなかったから」
「あー、そういえば女子高生とのお出かけを目撃されたのが原因でしたっけ?」
「そう……しかも弟のプレゼントを買うのを手伝ってくれと言われただけです」
「あら、可愛いっ」
「うぅ、キュン萌え!」
「そこオタク用語禁止! でも本当に可愛らしい話ですね」
「ああ、本当に可愛い子なんだよねぇ。弟とお似合いだし」
「ありゃ、ブラコンですか?」
「いや……そういうのはない。でも、うちは三兄弟で男ばっかりなもんだから、妹ってこんな感じかなって思うとね」
「いやぁ、逆に妹だったら絶対に兄と買い物になんか行きませんって」
まったくだ――うちなんか兄貴と出かけるとかありえないもの。海咲のところも兄貴がいるけど、あんまり仲良くしてる様子は見たことがないもんなぁ。
「頷いてるけど、久保田さんも?」
「ええ……あんなのと出かけるとか……虫酸が走る」
「え……そこまで? 久保田さんのところもお兄さんがいるの?」
「いますよ……腐れ外道」
「そこまで言う? どんなお兄さんなのよ、久保田さんのお兄さんって」
「まあ、色々とあるんです……言及は避けさせてください」
本当に言いたくもない兄貴のことだけは。まあ、海咲も分かっているからか余計なことは言わないでくれているけど。とはいえ、海咲のところもちょっと難ありではあるからこそなんだけどね。
「うちは妹しかいないけど、割りと年が離れてるせいか仲がいいかもしれないわ」
「それは同性同士だからですよ」
「本当にそのとおりだと思います」
「逆に男同士は年が離れてると余計に話題がないから、仲良くしようもないけどなぁ」
「朝日主任補佐のところは、兄弟で出かけないんですか?」
「今はないな。すぐ下の弟は職場が地方になったせいで家を出たし、高校生の弟とは最近になって少し話をする程度。それでも彼女は紹介してくれるくらいだから、そんなに仲が悪いとかじゃないけどね」
「へぇ」
そんな身近な話題で盛り上がりつつ、朝日さんの誤解が解けたと理解した上司たちが、そろそろお開きを進言してきた。そりゃ明日もお仕事ですからね、あまり遅くなるのも良くないでしょう。
今回は会社が奢ってくれるとのことで、本当にありがたいお誘いであったと思う。
そして、いつもどおりの帰り道。海咲とあたしは一緒に歩いていたのだけれど――。
「なんで、朝日主任補佐まで?」
「同じ方向でしたっけ?」
「……君たち本当に知らなかったわけ? それともわざと?」
「「すみません」」
「いや、いいんだけどさ……まあ、上司とか同僚の家までは、情報を流したりしないものだからな」
「確かに」
「気にしたこともない」
「夏菜はもう少し気にしろ」
「海咲にだけは言われたくない」
「ですよねー」
こんな会話をしていると朝日さんが吹き出した。
「君たちは本当に姉妹みたいだね。言いたいことを言い合える仲って本当にいいな」
「そうでもないですよ?」
「ズケズケ言いたい放題言われるのも腹立たしいですし」
「夏菜の場合は言われても気にしたことがないじゃない」
「海咲は拳をどうにかしてくれ」
あははは、と笑い声まであげて笑う朝日さんに、あたしたちは少しだけ顔を見合わせながらも膨れてみせた。
そりゃ、イイ年した女2人が、こんな言い合いをしていれば笑えるのかもしれないけれど、駅までの道のりで笑いだすのはどうかと思う。しかも結構な笑い上戸っぽいし、朝日さん。
「それで朝日主任補佐は……」
「ああ、悪いけどさ……普通に名字を呼ぶだけでいいよ。外でまで役職呼びとか勘弁してください」
「あぁ……分かりましたけども、朝日さんはどちらまで?」
「オレは君たちの最寄り駅から2つ先」
「「え??」」
「ときどき見かけてたから――ふたりで乗ってきてるの」
「はぁ……」
「それなら声をかけてくれたら良かったのに」
「普通、上司に朝から声をかけられるのって嬉しいものじゃないでしょ」
「「確かにっ」」
本当によくハモるな――と朝日さんにまたもや笑われたけれど、こういうところは幼なじみのせいだろうか、よく似ているところでもある。ほかは似てないんだけどね、容姿にしろ好みにしろ。
その後、あたしたち三人は揃って電車に乗り込み、そのまま世間話をしながら別れて帰宅。あたしにしろ海咲にしろ、あまりのことで駅から家までは朝日さんの話題は尽きなかった。とはいえ、興味を持ったというよりも女子高生と付き合ってなかったことへのショックを話題にした程度だったけれど。
その週の金曜日は海咲は彼氏とのデート、あたしは翌日からのイベントのため早々に帰宅。仕事が思いの外捗ったおかげで残業もなし。あの子がいないと、これだけ仕事が捗るんだね――とは誰の言葉だったか。毎日、余計にサービス残業してたのは同僚の友人Aが問題を起こしてたからだったとは、居なくなってから気づいたこと。こういうことって、初めて気づくと驚くものだよね。
今夜からは大事なイベントだ。とはいうものの、同人誌を買うイベントではなく、自宅で楽しむイベントである。なぜならば、先日予約していたDVDが届く予定なのだ。
今回は大漁、初めて大人買いしてしまった代物で、明日と明後日は家から外出することなく過ごす予定。家族も揃っていないことだし、帰りに2日分の飲み物とオヤツを補充し、食料も少しは買っておこう。
そんなことを考えながらウキウキと電車に乗り込んだあたしに、後ろから声をかけてくる人がいた。振り向かずとも、その声の主が誰かなど分かる。最近、やたらと仕事を振ってくることが多くなった朝日さんだ。
「お疲れ様です」
「お疲れ。今日は直帰なんだ?」
「そう毎週毎週、海咲と出かけてませんよ?」
「そうなの? なんかいつも一緒のイメージだから」
「今日、彼女はダーリンとお家デートのはずです」
「ああ、そっか。酒井さんは彼氏がいたんだっけ」
「ええ。やっとダーリンの仕事が落ち着いたからと、そそくさお出かけされましたよ」
「楽しそうで何よりだね」
笑いながら言う朝日さんは、確かに楽しそうだ。でも、あたしにしてみたら彼氏とのデートで時間が潰されるのは嬉しくないし楽しくない――と海咲に言えば『本気じゃないからだよ』と説教されたっけ。
「久保田さんはデートしないの?」
「ええ、デートですよ。今夜から日曜日の昼くらいまでは」
「え……?」
「やっと荷物も届きましたし、このあと家に帰ってからずっと大好きな人たちを好きなだけ見届けられます」
「……え?」
「えっと……まあ、簡単に言えばDVD鑑賞するんです。オタ活ですよ」
「ああ……そうなんだ、ね」
「わたしは彼氏とか欲しくない人なんで――彼氏がいると余計にストレスだから」
「なにそれ――どういう意味?」
「え? いや、だって――って、あ、降りないと!」
「あ、ちょっと待って! 久保田さん?」
話の途中だったけれど、会社から家の最寄り駅までは数駅なのだ。だから、あんまり長い会話とかできないわけで――それなのに朝日さんは話が気になったのか、どうやら一緒に降りてきてしまってた。
「えっと……?」
「いや、勢いで降りちゃった……けど、話が途中で気になっちゃったからさ」
「はぁ……でも、自宅までついて来る気ですか?」
「え? あ、そこまで図々しくはないけど、答えくらい聞かせてからにしてよ」
「えー? まあ、別にいいですけど――その辺のカフェに入ります?」
「いや、コンビニとかでいいよ」
「あ、良かった! あんまり長い時間、拘束されたらキレてたかもだから」
えへへと笑いながら答えれば、どうやら意味を理解したらしい彼もまた苦笑しながらコンビニへと向かった。
「それで続きは?」
「あー、簡潔に言えば、自分の趣味時間を削ることになるし下手をしたら趣味を全否定されたりすることがあるからなんですよ」
「ああ、そういう意味だったの。それはストレスになるね」
「ええ。趣味は趣味ですが、あたしにとっては大事な癒やしの時間、憩いなのであります」
「趣味かぁ。ちなみに、どんなものなの?」
「はぁ……あたしの場合は漫画や小説、アニメってところですかね。それの見る専、読み専です」
「へぇ。それで二次創作とか?」
「しませんね。本当に見る専です」
「みるせんって……見るだけってこと?」
「そうです。読み専、見る専、専門ってことですね」
「ほうほう、そういう意味だったんだね。ようやく理解できたよ」
「ということで――理解してもらえたので、開放してもらっても良いでしょうか?」
「あ、うん。引き止めてごめん。なんか途中で話が遮られると気になっちゃう性分だからさ」
「いえいえ。それでは気をつけてお帰りください。お疲れ様でした」
「ああ、ありがとう。久保田さんも気をつけて帰って。お疲れさま」
こんなやり取りをしてもなお、爽やかに帰っていく朝日さんはまさに勇者なのかもしれない。
ただし、これがこのまま終われば――の話だったのだけど。
「久保田さん、結婚を前提に付き合って欲しい」
「は?????」
これは、朝日さんを勇者だと思って見送ってから数カ月後のことである。
ある週末、海咲と別行動の日、最近じゃよく電車が一緒になる朝日さんが食事でもどうかと誘ってきたので、遠慮した途端に言い出した言葉である。
そして、あたしはこの日、思いっきり呆れた顔をしながら『彼氏はいらぬ』と断ったわけですが、そのあとも事あるごとにアタックしてくる朝日さん。
彼曰く『彼氏がいらないという理由では納得できない』とのこと。
いや――実際に好きか嫌いかと聞かれたら、どっちでもないとしか言いようがないのだ。と答えてみれば、答えられるようになるまで時々でいいから食事をしようと言い出した。けれど、そうなると苦痛が増える。ストレスで死ぬ。そう言っても聞いてもらえず――。
一年後、あたしは根負けして彼と付き合い出し、一年半後には結婚が決まったのだった。
彼があたしを意識したのはあの日、友人Aが問題を起こしたときのことだったそうだ。
『朝日さんのお付き合いしてる方が女子高生であって、何か問題でもありますか?』
この発言で彼がどうしてあたしに興味を持ったのかまでは分からない。そして彼も『気になっただけ』で、このときはそれほど興味を持ったわけじゃなかったらしい。だけど、その日の夜の食事会で一緒に話をし、その後は仕事で話をするようになって興味をそそられていったとのこと。
だが、あたしは何をしても振り向いてくれそうにないからと、形振り構わずアタック作戦に突入。それには沢田先輩や海咲までもが口利きしていたらしいから、恐ろしい。
ただ、あたしが絶対拒絶をした場合には、皆で止める算段をしていたとのこと。
それなのに、まんまと罠にズブズブとハマってしまったあたしは――結婚することになったのだった。
『結婚してください』
『すでに既婚者(二次元の人たち)なので』
『結婚しようよ』
『あたしは貴方より他の人(二次元)と結婚したい!』
『もう、いっそその人たちも養うから結婚してよ!』
『マジか! よし、それなら許す! 祭壇作るの許可してよ!?』
朝日さんの結婚は、きっと思い描いているそれとは違うものになるだろう。それなのに、彼はそれでいいと笑う。
本当に、結婚相手があたしみたいなので後悔しないんだろうか――この人は。
「後悔? するわけないでしょ。君、どんだけオレを笑わせてくれていると思うの。それこそが幸せってことなんだから」
「さいですか――意味不ですが、よろしく」
「そこに意味不明って言葉が入る意味がよく分からないけどね。オレが幸せなんだから、君を幸せにするさ。君の大事な恋人たちもね」
結婚式の日、こんなことを言いながら朗らかに笑う彼に、あたしは完敗したのだった。
こういう恋の仕方もあるのかね――うん。
おわり。