二、初夜決闘
夜が来る。
宗茂は寝所の前で、自らを落ち着かせる為に、真剣で素振りをしていた。
今日は大事な日だから控えてくださいという侍女の言葉に、
「高ぶっておるのだ!」
と一言発し、一心不乱に刀を振るっている。
侍女はオロオロとその様子を見ている他ない。
およそ一刻(2時間)、一心不乱に振るう。
「ふん、ふん、ふん、ふん、ふん、ふん、ふん、ふん、ふん、ふんっ、よしっ!」
刀を鞘に入れ、侍女に預ける。
侍女は、泣きそうな顔から、ようやくほっとした表情を見せた。
「誾・・・いや、誾千代入るぞ」
宗茂は素振りの勢いのまま寝所へと飛び込んだ。
「宗茂っ!」
誾千代は夫の名を呼ぶと、右手でいきなり平手を食らわせる。
いきなりのことで呆然とする宗茂。
唖然とする侍女。
「さがれ!」
誾千代は物凄い剣幕で侍女に言った。
「はいっ!」
侍女はそそくさと退出した。
「なんじゃ、いきなり!」
「この泥棒!」
「泥棒とはなんだ、藪から棒に」
「私の国をとったではないか!私の城を奪ったではないか!」
「・・・それは・・・すまぬことをしたと思うが、止む無しではないか・・・ふむ」
宗茂は思わず、ぺこりと頭を下げる。
「ふん!」
誾千代は腕を組み、そっぽを向く。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
重苦しい沈黙がしばらく続く。
「・・・やれやれ」
宗茂はどっかりと胡坐をかき、頭を掻いた。
以前は長い黒髪も、今やすっきり短髪である。
「はぁ」
宗茂は溜息をつき、一気に喋りはじめる。
「のう誾千代、お主は、動乱の世の中、立花家を守れると思うておるのか」
「なっ!」
誾千代の顔にまた怒気がはらむ。
「その細腕で」
「誾は武芸の才もあり・・・」
「それは、おなごの中であろう」
「なっ!」
誾千代は二度絶句した。
「あなたもおなごではないか!」
絶叫し言い返す花嫁に、花婿は首を振った。
「なっ!」
三度目の絶句。
「試してみるか」
「やらいでか!」
誾千代は肩をいからせ、庭へと飛び出る。
宗茂は静かに立ち上がり後を追う。
夜、満月の月明かりがふたりを照らす。
互いに棍棒を持ち身構えた。
裸足の2人は、地をゆっくりと踏みしめ間合いをとる。
「まったく、誾千代、ワシはお前に惚れて来たんじゃぞ」
「笑止!女のくせに」
「・・・女が女を愛してなにが悪い・・・じゃが、ワシはこうすると決めてから女は捨てておる」
「だったら」
「なんじゃ?」
「力で示せ!」
誾千代は右足を地に蹴り上げ、一気に宗茂の懐に入り込み、強烈な突きを放つ。
「ふん」
宗茂はこん棒を右手一本で一閃し、花嫁の快心の攻撃を払いのけた。
「なあ誾千代」
「なんじゃ!」
「ともに立花家を盛り立てて行こう」
そう言いながら、激しい鍔迫り合いを繰りひろげる。
「嫌じゃ」
「何故?」
「立花家は私の物じゃ!」
誾千代は棍棒を両手に持ち、大上段から宗茂の頭めがけ振りおろした。
「うつけめっ!父上の気持ちも分からんか!ふんっ!」
宗茂は誾千代渾身の一撃を額で受け止めた。
瞬間、棍棒は真っ二つに折れ、花婿の頭からは鮮血が流れる。
「・・・宗茂様」
唖然とする誾千代に宗茂は言い放つ。
「こらっ!誾千代!」
宗茂の大音声に、誾千代の動きは固まる。
「父上が何故こうしたか、娘のそなたならよく分かっているであろう!」
宗茂の大喝に、誾千代はびくりと身体がすくむ。
「・・・・・・・くっ、くそ・・・」
誾千代の瞳から大粒の涙がこぼれだす。
「ワシは誾千代が好きじゃ・・・絶対、立花家もお前も守る・・・だから・・・」
宗茂はそっと彼女を抱きしめた。
誾千代は宗茂の胸の中で泣きじゃくった。
ずっとずっと・・・。
一方。
(やれる!)
宗茂は頭から血を流しながら、誾千代の愛らしさと、心の底から湧きあがる高まりを感じていた。
初の夫婦喧嘩なり。