三、宗麟面談
あはっ。
千代は、父紹運から男として武将として生きていく術を徹底的に学んだ。
刀、弓、槍、武器の扱い方に、将としての心得。
身体には生傷が絶えなかったが、その瞳はより輝きを増していた。
翌年、千代は主家大友家から登城の命を下された。
それが立花家との婚姻に関することであることは明白であった。
「供の者を連れず一人で登城せよ」
春のうららかな日、千代は単身、豊後の臼杵城へと向かった。
彼女にとっては、親元から離れるのが、はじめてとなる。
心配する父紹運と母をよそに千代はこれしたりとばかりに破顔する。
「父上、母上、ご案じ召さるな。お家の大事、この嫡男の千代が見事にやってのけてみせますぞ」
「心配じゃ」
父の心配をよそに、娘・・・嫡男千代は、ある程度の路銀と軽装で、散歩に出かけるような姿で、出立した。
千代は健脚で長い旅路を乗り越え、臼杵城へと辿り着いた。
そびえたつ威風堂々、豪華絢爛で堅牢たるお城が目の前にたたずんでいる。
「ほう。これが我が主、大友様の城か」
千代は胸がわくわくするのを覚えた。
石畳みの階段をのぼり、臼杵の城下町の店に立寄る。
「これ、主人」
彼女は、のれんをくぐると男に呼びかける。
「なんだい、嬢ちゃん」
男は千代を一瞥して無愛想に言った。
「やっぱり、おなごに見えるか」
千代は小袖姿の自分の姿を見た。
「・・・あんた男かい?どうりでガタイがでかく・・・」
「いや、おなごじゃ」
「なんだい」
「高橋の跡取りじゃ」
「訳分らん・・・って、あの重臣の高橋様か」
「さもありなん」
「へえ・・・てえと、あんたは千代若君・・・なるほどねぇ」
「千代を知っておるのか?」
「ああ、当然じゃ。男勝りの怪力千代姫ってな」
「ほう」
「なんだい、なんだいっ。指を鳴らして威嚇するのはやめてくれよ」
ポキリ、ポキリ。
ふと、千代は我に返った。
「ああ、そうじゃった。甲冑を売ってくれ」
「へっ?何故」
「正装じゃ」
「ん?」
「太宰府くんだりから、ここまで、そんな重い恰好では辛いだろう。だから、ここで着替えるのじゃ」
「へえ、最近の若いもんは頭が軽いねぇ。普通は主家に目通りするのに、いつ何時ってね」
「古いっ」
千代は即答した。
「ふむ。でも、なんで武装して、大友の大殿に会いに行くのかい?」
「千代の意気を示す為じゃ」
「ほぉ」
男は感心する。
「よし、千代様には、とびっきりのを用意させていただく」
「ありがとう」
千代は屈託なく笑った。
「それで・・・大殿に何用で」
「嫁とりじゃ」
豪華な脇立の兜をかぶり、見事な胴具足を身に纏った千代は、臼杵城の大手門に立つ。
即座に兵に呼び止められた。
「なんじゃ、お主」
鎧姿の千代に兵は咎めた口調で言う。
「なんじゃとは、なんじゃ?」
「なっ!」
「ワシは高橋の倅、千代じゃ、ほれ」
千代は書状を門番に手渡す。
「取次ぎを願いたい」
「・・・高橋様の・・・しかし・・」
「なんじゃ」
「まずその恰好を改めなされ。まるで戦場に赴くようではないですか」
「・・・さもありなん。だが、高橋が治める筑前は風雲急を告げておる戦の最前線、ならばこの甲冑姿こそが正装ではないか」
「屁理屈を・・・」
千代の言い分に、門番は舌打ちをした。
「おとりなしを」
「しかし・・・」
千代と門番の押し問答がはじまる。
「よい。千代を通せ」
頭上で声がした。
その姿は南蛮衣装に身を包んだ大友の主宗麟だった。
「はっ」
男はその場に平伏した。
「ようこそ千代」
甲高い声が響く。
「はっ」
「近こう寄れ。話をしようぞ」
書院へ通された千代は宗麟と2人きりで対峙している。
九州の半分をその手中に治める雄、大友宗麟は、その逸話に似合わず、華奢な身体をしていた。
「ま、茶を飲め」
「いただきます」
ぐびり、千代は一気に飲み干した。
「ほほほ」
「ははは」
「さすが、紹運の倅じゃ」
「恐れ入ります」
「ふむ」
宗麟は茶を優雅に啜ると、目を伏せた。
「お主は、どう思うのじゃ、こたびの立花と高橋の結びつきを」
「またとない好機かと」
「ほう」
「大友家の二大忠臣が手を結び、より強固な絆が生まれまする」
「それは、果たして・・・どっちじゃて」
ぎろり、宗麟の目が開いた。
「・・・宗麟様は、我が父たちに叛意あると見ておるのか!」
千代は即座に激昂し、正座を崩し、片膝をたてた。
「ほほほ。すまぬ冗談じゃ。いかに離れていようと、立花と高橋は我が家中随一の功臣にして忠義者・・・」
「でしたら・・・」
宗麟は愁いを帯びた表情をみせる。
「この乱世。いかような事が起きてもおかしくない・・・千代はそう思わんか」
「私は自分の信じる道を歩きまする」
「ふむ・・・由」
「宗麟様は苦悩なされておるのですね」
「・・・・・・よい。お主は父たちと共に死力を尽くせ・・・あと一つ聞こう」
「はっ」
「千代はこの婚儀、本当に望んでおるのか」
「はい。千代は誾のことが好きで好きでたまりませぬ」
「ほほほ、こいつ臆面もなく、それは祝着。安心したわ・・・だが、誾は今や立花家の当主・・・お主がその座を奪うとなれば、恨まれるぞ」
「もとより、承知!」
真顔で言う千代に、宗麟は思わず吹き出す。
「ふふふ、もうよい。あい分かった。こたびの婚儀、宗麟の太鼓判じゃ。千代・・・幸せになれよ」
「はっ」
千代は深々と平伏した。
「ふう」
宗麟は小さな息を吐くと、頭巾を外した。
ふあさっ。
金色の髪がなびく。
千代は見上げた。
宗麟は慈母のような顔を見せ微笑んだ。
「この戦国の世・・・すべてはデウスの御心のままに。励めよ、千代」
「はっ!」
ソウリンたま~。