新しき世はじまる~老いてもますます宗茂編~ 一、天下泰平の世来る。立花の宿願叶い旧領柳川へ復帰す
ついに宿願成る。
豊臣家滅亡により、徳川家による太平の世、江戸時代となった。
天下掌中に収め見届けた家康は没し、新しき世を盤石とする為、宗茂は奔走した。
そんなある日、将軍秀忠が宗茂に言った。
「のう宗茂。そなたに加増を考えておるのだが・・・50万石でどうじゃ」
将軍は満面の笑みを浮かべる。
「あり難き幸せ・・・しかしながら・・・」
宗茂は俯いた。
「どうした?不足か・・・ふふふ、よいぞ。お主あってこその太平の世じゃ。欲しいだけ言うてみよ」
宗茂は首を大きく振って言った。
「我が立花の願いはただひとつ。柳川への復帰でございます」
「ふむ・・・柳川か。たしか忠政(田中)には世継ぎがなく、今年この世を去り改易となっておったな、今は空白の地・・・しかし」
秀忠は思案する。
「何卒」
宗茂は深々と頭を下げる。
「うーむ、お主、まだ忠政が亡くなってから日が浅い、柳川に入れば、旧領欲しさにとあらぬ噂がたてられるやもしれん」
「構いませぬ」
「・・・うむ、お主は、そういう武人だったの。わかった。だが、かの地以外は埋まっておる(他の大名で)石高は、そなたの功績よりはるかに少ないぞ」
「畏れ多きお言葉でございます。これにて我が願い叶い申した。あり難き幸せ」
宗茂は深々と頭を下げた。
元和6年(1620)、立花宗茂は将軍秀忠より旧領柳川11万石への転封を命じられる。
ついに宿願が叶った瞬間だった。
気づけば関ヶ原からおよそ20年の歳月が経っていた。
宗茂の長く美しかった髪は白髪に変わり、自身も日々衰えを感じるようになっていた。
だが、命ある限り徳川の世を支えるという気概は常に変わらぬものがあった。
今、宗茂は柳川城にいる。
天守閣から眼下に見下ろすと、掘割の水がキラキラとたゆたゆと流れている。
「誾千代戻って来たぞ」
宗茂は滂沱と流れる涙を拭おうともせず、そう呟いた。
ふと、愛する妻の声が聞こえたような気がした。
(遅い)
「ふふ、そうじゃな」
(ふふ、よう帰ってきましたな)
「ああ、帰ってきた」
(ありがとうございまする)
「ありがとう。お前のおかげでここまで来れた」
(まだまだですよ)
「ああ、まだまだじゃ。いくぞ」
宗茂は袖で涙を拭って、微笑むと前を向き歩きだした。
宗茂の心に去来したものは。