戦国の世、最後の徒花(あだばな)
真田信繁散る。
夜明け前、宗茂は両手を合わせ誾千代の眠る方へ静かに祈りを捧げる。
それから人がいないことを確認すると、するり上半身を脱いで、きつめに胸に巻く
さらしを巻きつける。
「この役立たずの胸は・・・」
と、宗茂は言いかけて苦笑した。
「いや、そんなことないな」
静寂の凛とした空気の中、宗茂は胴具足を身に着け月輪の脇立の兜をかぶり、脇差には宝刀国俊。右手には愛用の長槍を携え駿馬に跨った。
愛馬がいななく。
鳴き声を聞きつけた秀忠が慌てて宗茂へと駆け寄る。
「宗茂いずこへ」
「・・・上様」
もはや落城間寸前の大坂城を見やる宗茂を、秀忠は慮った。
「真田か」
こくりと頷く宗茂。
「ふむ。わかった行け。だが、そなたの居場所は徳川じゃ」
「御意」
宗茂は馬腹を蹴り、荒野を駆ける。
真田信繁の兵と対峙するのが伊達政宗率いる伊達軍だった。
「来たか」
政宗は陣に宗茂を迎招き入れ、どっかりと床机に座ると溜息をついた。
「恐らくこれが、信繁の最後」
「・・・・・・」
こくりと頷く宗茂。
「なあ」
政宗は夜明けの空を見あげ言う。
「はい」
「会いに行かないか」
「ええ」
粛々と宗茂と政宗、名だる武将が真田の陣へと向かう。
血気盛んな真田の若い武者が、やってしまえと喚き散らす。
「黙らっしゃい!」
大音声で一喝すると、赤い甲冑を纏った武者が単騎で2人の元へ駆け寄って来る。
「お久しゅう。政宗殿それに宗茂殿」
信繁は清々しい笑顔を見せる。
「信繁殿」
宗茂は慇懃に頭を下げる。
「なあ、信繁。今からでも遅くない。徳川につかないか?一時の我慢じゃ。ワシとお前、宗茂で天下をとろうではないか・・・なっ宗茂」
「・・・・・・」
こくり。戯言と知りつつ宗茂は頷いた。
「ふふふ、面白い御冗談を申される。天下は豊臣のものにござる。奸臣徳川がいたずらに事を起こし再び乱世を起こした。この信繁、私利私欲に負けて、徳川に寝返ったおふた方と一緒にされては困るな」
淀みなく信繁は言い捨てた。
「貴様っ!」
激昂する政宗を宗茂は制し、首を振った。
滂沱と信繁の両目から涙が流れている。
ひくりひくりと嗚咽が漏れる。
「政宗殿、宗茂殿、かたじけない。このご厚情、六文銭とともに黄泉の国まで持って行きまする」
くるりと馬を翻す信繁。
「信繁っ!」
叫ぶ政宗。
「では、戦場にて」
一切後ろを振り返らず、死を覚悟した武者は去って行った。
数刻後、命を賭した真田軍は特攻を試みる。
伊達軍の陣を一点突破で突き抜ける。
政宗は歯軋りをして呟いた。
「信繁・・・」
のち、越前・松平軍と井伊軍との混戦の最中、家康本陣へと迫る。
ついに信繁の目に徳川家康の本陣が見えた。
「家康の旗印じゃ!諸悪の権化を絶てば、豊臣の世がやってくる。命限り戦えっ!」
自ら先頭にたつ信繁は、少ない兵を鼓舞して獅子奮迅の働きをみせる。
「あと一歩じゃ!圧せ圧せっ!」
(いける)
慌てふためく本陣の様子を目の当りにして信繁は万に一つの勝利を手にした事を確信した。
しかし、そこへ猛然と迫る単騎。
宗茂だった。
一直線に信繁に迫り、刹那の動きで長槍を一閃する。
かろうじて避ける信繁に宗茂は二突き目を放ち、右肩をかすめる。
「ぐぬう!」
「信繁殿!ここまでじゃ退かれよ!」
大喝する宗茂。
「なんの!ここまできて諦めようか!」
信繁は自慢の朱槍を連続で振るう。
その攻撃悉くを、長槍片手一本で受け止める宗茂。
「そこをどけいっ!」
渾身の一撃を放つ信繁。
「まかりならぬ!」
宗茂は長槍を両手に持ちはじき返す。
そうこうしている内に、家康の本陣はじりじりと撤退をはじめる。
「くっ」
「信繁殿・・・」
「ふふふふふ、ははははははっ!」
突然、槍持つ手を緩め大笑いをはじめる信繁。
「流石は西国無双宗茂。この信繁最後にひと花咲かせることが出来ました。感謝いたす」
「・・・・・」
「あとの世はお頼み申す。おさらば」
信繁は馬腹を蹴り、混戦の中を抜けだす。
慶長20(1615)年死去。49歳であった。
夏の陣の結末は、大坂城は炎に包まれ、豊臣家は滅亡した。
これより徳川の世、江戸時代がはじまる。
宗茂よ。




