三、大坂夏の陣
宗茂百戦錬磨の将なり。
年が明け、春が訪れる。
一旦、講和を結び、徳川家と豊臣家は表向きの停戦状態となっていたが、その火種はずっとくすぶったままだった。
講和の条件として大坂城は、掘割を埋められ裸城同然となっていて、唯一の方策である籠城戦は見込めず豊臣の勝利は万に一つもないとされていた。
だが、西軍の豊臣方には、お家再興を期する元大名や一旗を挙げようとする浪人が集まり、のるかそるかの大勝負に士気は高かった。
とはいえ、東軍徳川方155000人、西軍豊臣方7800人という圧倒的な兵力差があり、誰の目から見ても徳川の天下を揺るがないそう思われていた。
だが、戦ははじまってみないと分からない。
宗茂は油断なく、秀忠の補佐に徹する。
初戦は豊臣方が勝利したものの、力に勝る徳川軍は質量で度重なる戦いを制し、大坂城へと迫っていた。
そんなある日。
宗茂は腕を組み、陣立ての図面を見て呟いた。
「危ういですな」
訝し気に秀忠は返す。
「なにがじゃ?」
宗茂は右手に持つ扇子を左の手の平でぽんぽんと叩きながら、秀忠の本陣を指し示した。
「出張り過ぎでござる」
秀忠は一笑する。
「宗茂、臆したか、もはや豊臣は風前の灯、何を恐れることがあろうか」
宗茂は目を閉じたまま言い放つ。
「窮鼠猫を噛む・・・後の無い豊臣は、おそらく大攻勢を仕掛けてくるでしょう。本陣位置は敵との距離が近すぎます」
「陣を下げよ・・・と」
「御意」
宗茂は深々と頭を下げた。
「ならぬ」
秀忠はきっぱりと言った。
「見栄ですか」
「見栄などではない。戦もしないまま陣を引いたとあっては、将軍の名折れ、味方の士気にもかかわろう」
「左様ですか」
「そうだ」
秀忠は忠臣の諫言に耳を貸さなかった。
「では、私は敵襲に備えることとしましょう」
宗茂は平伏すると陣をでた。
果たして、攻勢に転じた豊臣方の猛攻を受け、秀忠の軍勢は劣勢に追い込まれてしまうが、百戦錬磨の宗茂は精鋭を率い、秀忠をよく守り敵を蹴散らした。
これに懲り戦々恐々とした秀忠は言った。
「流石、宗茂、お主の言った通りじゃ。これよりお主の申す通り陣を引こうと思う」
それに対し、宗茂は怒りを表し、
「何を言われるか!敵は必死の攻勢で、余力はござらん。陣をあげ、ここを攻めないで勝機はござりません」
憮然と言い放った。
「さ、左様か」
「左様でございます」
「わかった。そうする」
慇懃に頭を下げる宗茂に、秀忠はただただ恐縮するばかりだった。
決戦の行方は。