二、許嫁
千代、大志を抱く。
千代は誾の右手を強く握りしめ、父たちの元から離れ走る。
「離して」
誾の声には怒りがこめられている。
「何故じゃ」
千代は話を聞こうともせず、走り続けている。
「嫌じゃと言うておる」
誾はその場にしゃがみ込んだ。
「・・・なんじゃ」
千代は走るを止めた。
「誾は立花家の当主じゃ」
「は?」
「城主であるぞ」
「は?めんこい、そなたがか・・・」
「そうじゃ」
誾は胸を張る。
「はあ」
「誾は7つの時、父様から家督を譲り受けたのじゃ。城持ちじゃぞ」
「それは難儀な・・・」
「難儀などではないっ!」
誾は頬を膨らませる。
「おおう、どっからみても、そなたはめんこいのう。やっぱりアタシは姉じゃ嫌だ。実にめんこい」
「馬鹿にするな」
「馬鹿になどしてない。私はそなたが気に入ったのじゃ」
「は、誾は立花の殿様じゃぞ」
「それがどうした」
2人はしばし睨み合った。
「はははははっ!」
千代が突然笑いだす。
「なんじゃ」
「いや、ごめん、ごめん、私はやはりそなたが好きじゃ」
千代は真剣に眼差しで、少女を見た。
「私は、千代殿は好きではありません」
誾はぷいっとそっぽを向ける。
「好きじゃ!」
千代はお構いなしに、言った。
「なっ!」
「好きになったもんは、好きなんじゃ!」
誾は真っ赤に頬を染めた。
道雪は深く頭を垂れ紹運に願い出る。
「すまぬ。紹運殿。千代を我が立花家にくれまいか?」
「千代を・・・ですか」
「悪いようにはせぬ」
「・・・はあ。もし道雪様の後妻にと考えならば、あのようなあばずれは・・・」
紹運の言葉に道雪は顔を真っ赤にして首を振った。
「滅相もない。誾の婿として、迎え入れようと思っているのじゃ」
「はあ?」
突拍子もない道雪の提案に、紹運は素っ頓狂な声をあげた。
「ワシは見抜いたあれほどの剛の者は、男でもそうおらぬ。ワシの元で見事な武将に育てようぞ」
「道雪殿・・・それは千代に男として生きよということですか」
「そうじゃ」
「まさに茨の道」
「ワシの世継ぎは誾以外はおらぬ。それはワシの目に叶う婿になるような男がいないのだ・・・ワシは千代に惚れたのじゃ」
「はあ?」
「この通り頼む」
「はあ」
「ワシは本気じゃぞ」
紹運は道雪の本気に本気で返そうと思い、正直に言った。
「道雪殿・・・千代は私にとっても大事な娘・・・おなごの幸せを捨て修羅の道を進ませるなど私には出来ません」
「それは否!千代は小さな幸せを求めるような器ではない」
「・・・・・・愛娘の幸せを願ごうてはいけませぬか」
「・・・千代の器がどれほどのものか・・・それは紹運殿が一番知っているであろう」
「・・・・・・」
「千代ならばこの乱世を太平へと導く者となるやもしれん」
「・・・道雪殿・・・それほど千代のことを・・・しかし買いかぶり過ぎでは・・・」
「あやつの目・・・」
「!」
紹運は慄然とした。
千代の大きな眼に宿る青き焔は、見る者を魅了し畏怖させる大人物となる目。
「・・・どうか」
「分かり申した」
紹運は頷いた。
「おおっ、それでは!」
「はい。千代は誾様の婿として道雪様へ」
「かたじけない」
道雪は膝を叩いて喜び深々と頭をさげた。
「では、主家にこのことをお伝えして許しを仰がねば」
「おお、さもありなん」
「しかし・・・おなご同士の婚姻・・・大友の大殿が許されますでしょうか?」
「ふむ・・・その点に関しては、誾への家督譲りの時にも快く同意してくださった故、異存はないと思うが・・・そう、なにせ大殿は」
「そうでござったな」
紹運は道雪の言葉に納得し頷いた。
「では、道雪殿。私から一つ願いがあります」
「聞こう」
「千代と誾様の婚姻今しばらく待っていただけますか」
「なんと」
「これより、千代は高橋家の嫡男として育てまする。のち初陣を飾って一人前の者となったら立花家へ」
「うむ。紹運殿の言い分もっともだ。承知した」
「はっ。この紹運、千代を立花家の頭領とふさわしい者となるべく、鬼となり私のすべてを叩き込みます」
「・・・かたじけない」
道雪は涙を流しながら、頭を垂れた。
紹運は手を叩き、従者を呼んだ。
「千代をここへ」
「すまんが、誾も呼んできてくれぬか」
従者は平伏し、その場を離れた。
父ふたりを前に、千代と誾は正座をさせられた。
「なんじゃ父上」
千代は言った。
「喜べ千代」
「へっ?」
「結婚じゃ」
「千代はどこにも嫁がんぞ。高橋にいるのだ」
「嫁ではない」
「?」
「婿じゃ」
「言っている意味が分からんが」
「ふはははははははっ」
道雪の大きな笑い声が居間じゅうに響いた。
「なんじゃ?」
訝しがる千代。
「千代、お主は誾のこと好いとると言ったな」
「おお、食べてしまいたいぐらいだ」
「・・・・・・はう」
誾が顔を真っ赤に染める。
「誾をそなたにやる」
「へっ?」
「この道雪の子になってくれぬか」
道雪はじっと千代の大きな眼を見つめた。
「・・・・・・」
「・・・千代」
父、紹運が呟いた。
「千代に男になれと申されるのだな」
千代はすべてを悟った、これからの人生が一変することを。
「然り」
道雪は大きく頷いた。
「おもしろい」
千代は破顔し、道雪の顔も綻ぶ。
「父上!」
「ああ」
2人の父は頷いた。
「千代はこれより男になる。立花家、高橋家、そして我が大友家を日の本一に大きゅうするぞ」
嫁とり。