四、熊本の日々
久しく訪れた平穏の日々。
加藤清正に食客として肥後熊本に招かれた宗茂一行は、なに不自由のない生活を送っていた。
時折、刺すような視線を受ける加藤家直臣たちの目を気にしなければである。
勝利した家臣と敗残の家臣。
立花の家臣たちは、主の涼しい態度とは裏腹らに心を痛めていた。
そんな家臣の気持ちを、おおらかな宗茂と誾千代は察することが出来てなかった。
それは、表向きには普段どおりの平静を装い、堪える立花の武士だったからである。
夫妻は、清正に食事や祝宴に招かれたり、食客の暮らしを満喫する。
時折、宗茂や立花四天王(由布惟信、十時連貞、安東家忠、小野鎮幸)と呼ばれる筆頭家臣
たちは、加藤家の軍事訓練や、若い武将に稽古をつけたりしていた。
ある日、誾千代が一人で散歩に歩いていると、立花の若い家臣が草むらで涙を流しているのに気づいた。
「弥助」
彼女は泣いている弥助の名を呼んだ
「!こっ、これは奥方様っ!」
右腕の袖でごしごしと涙を拭い、無理矢理笑顔をつくる。
「どうしました」
「なんでもありませぬ」
弥助は天を仰いだ・・・が、自然と涙がこぼれる。
「男子涙は見せぬものです」
「然り・・・あれ・・・あれ・・・どうしたのだろう」
弥助は、笑いながらひくひくと言い淀む。
「弥助」
「はい」
誾千代は笑顔を返す。
「言いなさい。時には泣くことも悪いことではない。心が洗われすっきりするもの。ね、立花男子が泣くのはよほどのこと、心の丈を吐き出すのです」
「は・・・」
弥助はその場に平伏すると、静かに言いはじめた。
「私は悔しいのです。我が殿は日本一の武士」
「そうですね」
彼女は頷いた。
「だけど日の本がふたつに別れて、我らは西軍に加担したことで、徳川に鞍替えした加藤家の方々に蔑まれおりまする。あの見下す目が、時折聴こえる陰口が、私を・・・私たちの胸を締め付けます」
「・・・そうでしたか」
誾千代は、ゆるりと弥助の頭を撫でた。
「辛い思いをさせましたね」
「・・・いえ、奥方様も殿の方が何倍も・・・」
弥助はそう言うと、唇をかみしめた。
「ふふふ」
誾千代は思わず声にして笑う。
「?」
弥助はそんな彼女に訝しがる。
「ああ、ごめんなさい。私も殿は全然そんなことないのよ。今を楽しんでいるから・・・ほら、ね、ずっと戦ばっかりだったでしょう。やっと、おだやかで安らかな時間が出来たって満喫しているのよ・・・そっか・・そうですよね」
誾千代は急に真顔になると、胸のあたりに右拳を置いた。
「そうね、このままじゃいけないわね」
「奥方様?」
弥助の見あげた誾千代は、寂しそうな顔をして遠くを見ていた。
だけど。