六、宗茂城に蟄居し誾千代活躍す
関ケ原、立花の。
宗茂は帰城し、誾千代とひとしきり語り合うと安心したのか、歴戦の疲れがたたり泥のように眠りこけてしまう。
「・・・・・・」
夫の寝顔を見つめ、すっと誾千代は立ちあがる。
「これ」
近習の者を呼ぶ。
「はっ!」
「殿を丸坊主にせよ」
「は」
絶句する。
「謹慎蟄居じゃ。只今より、宗茂は坊主となりて、猛省する」
「・・・・・・」
近習の顔がこわばる。
「怒られはせぬ!誾千代の命じゃ。殿も分かってくださる」
「はあ」
誾千代はそう言うと、女中に命じ、甲冑を身に纏う。
「動ける者はついてまいれ!」
誾千代は速足で歩く。
「はっ!」
付き従うは家老、小野鎮幸だった。
「鎮幸、今なお立花と戦おうとする不届き者は鍋島じゃ」
「御意」
「鍋島を抑えれば、万事おさまる」
「・・・奥方様それは・・・」
鎮幸は首を大きく振った。
「・・・ん?ははははは、もとより、立花はこれまで。ならば、ここから先は柳川の領民を戦火から守り、立花の信義を示すのみ」
「御意!」
鎮幸の顔が綻ぶ。
「行くぞっ!」
「はっ!」
鍋島軍と立花軍、江上・八院の戦いは多くの武将が戦死したが、小野鎮幸は本陣にかかる橋を死守した。
が、鍋島軍の包囲にあい、軍は崩壊、彼自身はおびただしい傷を負い、壊滅の危機を迎えていた。
誾千代はわずかな手勢300の兵で、黒田如水(官兵衛)の陣を訪れた。
老将はその報を静かに聞く。
「立花誾千代殿がお目通りを願いたいと申し出ております」
「ふむ、鬼姫が来たか。このあたりが落としどころよの・・・通せ」
「はっ!」
ほどなくして、女武者に守られ、誾千代は如水の前に現れた。
「久しぶりじゃな。鬼姫、息災であったか?」
「はい。唐入りのさい、矢傷を負い、槍働きは出来なくなりましたが・・・」
「ワシもそうじゃ・・・だが」
如水は悪くなった足の腿を叩きニヤリと笑う。
「頭がある」
誾千代は言った。
「うむ」
如水は大きく頷いた。
「ならば鬼姫。この落としどころ。如何とする?」
「はい。我が夫は、柳川城にて、剃髪し蟄居中でございます。それにこの戦は我が領民を守る為の戦い、天下の趨勢をおさめた内府殿に、立花はもはや沙汰を待つのみ」
「で、よいのか」
ギロリと如水は誾千代を見た。
「はい・・・しかし、願わくば、虫のよい話ですが、柳川の民、立花皆の安全と私達の命を・・・」
「ふむ」
「残り少ない余生を夫ともに過ごしとうございます」
誾千代は涙した。
「あい、わかった。この老将、お主との約束、違いはせぬ」
如水は目を閉じ、天を仰いだ。
黒田の陣を離れた誾千代たち300兵は、総崩れを起こした小野隊と合流する。
「てーっ!」
誾千代は馬上で指揮し、自らも早込で鉄砲を撃つ。
一斉射撃のあと、踵を返し、誾千代ら立花軍は柳川城へと帰還した。
つるり。
目が覚めた宗茂は、美しい長い黒髪が無い頭を撫でた。
「ふ」
と、一言そして笑った。
のち黒田如水、加藤清正が柳川城を訪れ、宗茂を説得するかたちで、降伏開城となった。
ちなみに、薩摩の島津義弘は、国許に変えるも宗茂への恩義に報いようと、兵をあげるが、援軍が到着したのは、柳川城が開城して3日後のことだった。
立花家は、西軍に加担した罪で、徳川より沙汰がおり領地没収改易となった。
これにより宗茂たちは浪人の身となってしまったのだった。
顛末。
次回もよろしくお願いします。