四、うねり
時代のうねり。
柳川に帰りついた立花軍は身も心もボロボロだった。
確かな成果もなく、徒労感だけが重くのしかかる。
夜半に城内へと入る高門に着いた。
周りには煌々と松明が照らされ、町民や農民が総出で立花の軍勢を迎える。
歓声にあたたかい言葉、ただただ、宗茂は心に沁みた。
「開門っ!」
門が開くと、着物姿の誾千代が立っていた。
「おかえりないませ」
彼女は恭しく深々と一礼をする。
「誾千代」
宗茂は最愛の人を抱きしめた。
「無事よくぞ帰って来てくれました」
「ああ」
「あなた様、柳川城守りましたよ」
「ああ」
「つきましては、私、宮永(城から少し離れた場所)の館に住まわせていただきます」
彼の耳に囁く。
「ああ・・・えっ!」
思考が錯乱する宗茂をよそに、その日、誾千代は数人の侍女を連れて柳川城を後にした。
これより数年、激動の情勢となる。
秀吉亡き後の後事を頼まれた五大老の筆頭である徳川家康が、豊臣家の威光を顧みず、次々と各地の有力大名と姻戚関係を結びはじめる。
それは、合議によって執り行うという決め事を完全に無視したものであった。
こうした政権運営に「専横」と異議を唱えたのが大老前田利家、五奉行石田三成であった。
利家の説得もあり、一時は矛をおさめた家康であった。が、肝心の前田利家が病没すると、再び情勢は不穏のものとなる。
内府徳川家康は老獪に動き出す。
そんな最中、三成の政治を快く思わない、武断派の福島正則、加藤清正らが大阪屋敷の三成邸を襲撃する。
なんとか逃げ延びた三成だったが、これにより、所領である佐和山の城に蟄居することとなった。
政敵が去ると家康は大坂に入り、政務を執ることになる。
ある日、宗茂の元に家康の家臣、徳川四天王、東の無双と呼ばれる本田忠勝が訪れた。
柳川城の広間に通された忠勝は開口一番に言った。
「徳川へ来い」
忠勝は真っすぐに宗茂の目を見やる。
「なにを藪から棒に」
「来い」
「・・・・・・」
「内府様(家康)もワシもお主の事を認めておる。亡き太閤も言われておった東国無双のワシに西国無双のお主・・・腕っぷしも強く戦上手で、民からも信頼が厚い」
「・・・・・・」
「逗留の間、柳川の民の誰一人お主の悪口を言うものはおらぬ」
忠勝はそう言うと目を細めた。
「・・・忠勝殿」
宗茂はすっと頭を下げた。
「・・・ところで鬼姫は?」
「別居中でござる」
宗茂は渋い顔をみせる。
「はん!甲斐性なしめ」
忠勝は即言った。
「なんですと」
「すまん!して、お前の奥方はなんと言っておる」
「・・・・・・」
宗茂は押し黙った。
「ははあん。徳川につけだな・・・さもありなん。天下の趨勢は内府様に大きく傾いておる・・・お主も・・・」
「私は・・・勝ち負けなぞ問題ではござらん。大名たる者、一度、恩を得たのなら終生忠義を尽くすが道理・・・太閤様には数々の恩義があります。もし大戦があれば、それで死んでも一切の悔いはござらん」
「はははは!殊勝な心がけだな。だがこれは立花宗茂、ケツの青き言い分だ・・・もしや、お主、先の戦で徳川をはじめとした東国大名が渡海せんだのを、今だ憎々し気に思うておるのか」
忠勝はポロリと本音を吐いてしまった。
「なんと!」
宗茂は激昂した。
「・・・すまぬ・・・だが、考えてみろ。お主のつまらぬ道理で、無双の立花軍、そしてお主を慕う柳川の民が苦しむ
ことになることは容易につくであろう」
「・・・だが、私は己の道を貫く」
揺るぎない眼差しで、ここまでと宗茂は忠勝に平伏した。
ふうと忠勝は大きな溜息をつく。
「相分かった!では、いずれ戦場にて相まみれようぞ」
「お心遣い、かたじけない」
宗茂は深々と平伏する。
「では」
忠勝は踵を返すと、その場を離れた。
「・・・・・・」
宗茂はしばらく押し黙って、静まり返る天井をじっと眺めた。
宗茂は・・・。
次月もよろしくお願いします。