二、おんな戦
誾千代の覚悟。
夫宗茂が慶長の役で渡海中、肥前名護屋の秀吉から柳川にいる誾千代に参内の命がくだった。
彼女は嫌な予感がしたが、太閤の命であらばいかんともしがたく、不承不承ながら秀吉の元へと向かった。
誾千代はきらびやかな大広間に通された。
秀吉は上座に鎮座し、肘立てに頬をついて、ぎろりと鬼姫を見た。
「誾千代まいりました」
誾千代は腰を折り恭しく平伏する。
「おお、来たか、来たか。鬼姫、久しぶりだの」
秀吉は破顔し、立ち上がると駆けだして、彼女の両手をしっかと握りしめた。
「・・・・・・」
彼女は素早くその手を払いのけると、真っすぐ天下人を見た。
「此度の御用件は」
覚悟を決めた真っすぐな誾千代の瞳に、秀吉は吸い込まれそうな感覚を得た。
「ふむ・・・鬼姫よ」
「はっ」
「言わずがものがなじゃと思うが」
「さすれば、私めを手籠めにとおっしゃるのですな」
きっぱり彼女は答えた。
「流石は立花の鬼姫じゃ、話は早い」
耳元で囁く秀吉。
「ならば・・・」
誾千代は立ちあがると、狩衣を脱ぎ捨てる。
すると、甲冑に身に纏った女武者姿となり、間髪入れず小太刀を秀吉眼前の畳に突き刺した。
「な!」
腰を引き驚く秀吉に、彼女は完全と言い放った。
「我は立花宗茂の妻、誾千代である。このすべては夫に捧げておる!」
「ぐぬぬぬぬ、この秀吉・・・天下人に逆らうというのか」
ギロリと秀吉の目が光る。
「お手打ちは覚悟でござる。じゃが、人の道に外れた天下人は人にあらず」
「言うのう」
秀吉は余裕を見せカラカラと笑い、
「じゃが、お主の後ろには立花の臣下そして、13万石の柳川の民がおる・・・そして、お主の愛する宗茂、ワシに逆らったらどうなるかは、聡明な鬼姫なら分かるな」
そろりと天下人は人妻に近づく。
誾千代は畳を右足で踏みつけ、小太刀を畳から抜き去ると、彼女は自らの喉仏に突き立てる。
「笑止、お子が生まれて耄碌されたか!そなた様こそ、鬼姫を手籠めにしようとして自害されたと、笑い草になりましょうぞ」
「ワシは男を知らぬお主に男の素晴らしさを教えようとしておるだけじゃ。宗茂は所詮、おなごじゃ」
「流石は口八丁手八丁で天下を手に収めたお方・・・誾千代は宗茂しか心にござらん!」
「お主、死ぬ気か?」
「もとより」
「・・・・・・はぁ」
秀吉はどっかりと畳に腰をおろし、胡坐をかくと、しっしっと手を振った。
「もうよい。行け」
「はっ」
誾千代は再び平伏し、退出しようとする。
「待て」
秀吉は去り際の女武者を止めた。
「は?」
「この秀吉を耄碌というたな」
「はい」
「そう見えるか」
「はい」
「・・・あい分かった。すまなんだな」
信じられないことに天下人秀吉がぺこりと頭をさげた。
「どうかお元気で」
「そなたも息災であれ」
誾千代は颯爽と名護屋城を発った。
「この秀吉が、耄碌しておるじゃと、はっはっはっ!鬼姫言いおるわ」
大きな広間に天下人の自虐の笑いが響き渡る。
秀吉に暗い影がさしていた。
秀吉落日。