三、碧蹄館の戦い~後編~
乱戦相乱れる。
明朝。
ついに碧蹄館を前にし、敵の主力と小早川隆景、宇喜田秀家が率いる日本軍主力部隊との開戦がなされた。
宗茂は率いる立花軍は夜明けに小山を出立、霧の中音をたてずに進軍する。
広大な田畑が広がる湿地帯で激しい戦闘が行われた。
初動で敵の騎馬部隊がぬかるむ足場に苦戦する中、本軍は攻勢をしかける。
地形の事前情報を知り得ていた宗茂は騎馬隊を後へ配置し、歩兵で敵の側面へと迫る。
「誾千代、皆の者、まだ早まるでないぞ」
雑木林に身を隠した立花軍は、主宗茂の下知を、みんなは固唾を飲んで見守った。
11時、主力の小早川軍の先陣が敵軍に押され交代をはじめる。
「殿」
味方の窮地に思わず鎮幸が言葉を発する。
「まだじゃ」
「・・・あなた様」
「敵方はいまだ警戒を緩めていない、我等は致命の一撃を与える。時はまだだ!」
誾千代の不安気な声にも、宗茂は味方の戦況を見守る。
額に汗がにじむ。
じりっ、じりっ時が過ぎていく。
「明軍、小早川軍に追撃を開始しました」
「良し!」
物見の報告に宗茂が立ちあがり、大音声を発する。
「これより我が軍は、敵の側面を突く。どこまでも届く大きな鬨の声をあげよ。挟撃する軍に進撃の声を轟かせよ!」
「はっ!えいえいおー!!」
宗茂は皆のかけ声を背に駆けだした。
「よいか、極力湿地を避けつつ、敵がぬかるみを出てきたところで討て、迅速かつ最大力で」
「はっ!」
その頃、戦機を伺いつつ待機していた井上影貞隊が明軍の後背に攻撃をしかけた。
同時に左から立花の軍勢、右からは毛利の軍が側面を突く。
これにより、明軍は大混乱が生じた。
「行け、行けっ!押し込め!」
宗茂は敵を蹴散らし、機を伺う。
「はっ!」
誾千代は薙刀を振り回し、長い髪は乱れ、血飛沫が飛び交う。
敵味方乱れての混戦の中、宗茂は意中の者を見つけた。
「敵の御大将!」
長槍を自在に振り回し、敵の大将李如松へと迫る。
「むっ!」
李大将の持つ強弓から矢が放たれる。
宗茂は、長槍を捨て、愛刀で矢を叩き落とす。
二矢、三の矢。
二矢は誾千代の薙刀が、三の矢は宗茂自ら矢を掴み折った。
「毒矢か」
宗茂は苦々し気に呟いた。
「お覚悟っ!」
宙を舞い飛びだした誾千代は李如松に薙刀を一閃する。
寸前でかわした、馬上の李大将は、突然現れた女武将に驚く。
「誾っ!気をつけよ。すぐに囲まれるぞ」
明兵は御大将を守るべく、親衛隊が身を挺してかばおうとする。
「笑止!」
誾千代は叫んだ。
「大国の将がおなごに負けたとあっては、一生の恥となろうぞ!もし、勇気あらば、この誾千代と一騎打ちせよ!」
大将李如松は、彼女の言わんとしたことが分かったのか、すらりと腰の帯剣を引き抜くと、鬼姫と対峙した。
「きぇーっ!」
気合、気勢、李は馬上から、誾千代を切り伏せにかかる。
「ふん!」
彼女は薙刀を上から大きく振り降ろす。
その刃速は凄まじく、李の剣を一刀のもとに両断した。
驚きの表情とともに落馬する大将・・・しかし。
ブンっ!
風を切る唸り音、李は落下と同時に石礫を投げ、後ろに飛び退いた。
彼を守るように親衛隊が取り囲む。
「くそっ!」
ヒュン!
矢の雨が降る。
「誾千代下がれ!」
宗茂は必死に叫ぶ。
「!」
彼女の左肩に矢が突き刺ささり、その場に倒れる。
「誾っ!」
宗茂は飛びだし、矢の雨を刀で打ち払い、彼女を肩に担ぐと、戦線を離脱した。
宗茂は後方の安全な場所まで誾千代を運ぶと、今度は騎馬に乗り再び戦場へと向かう。
明軍は劣勢を変えようと、フランキ砲(国崩し)を使い防戦したが、いかせん日本軍の包囲網に苦戦、午後1時頃に軍は壊走した。
こうして戦いの大勢は決した。
宗茂の甲冑および騎馬は血まみれとなり、愛刀は戦闘でボロボロに変形し鞘に戻らなかったという。
誾千代は矢傷が元で、3日3晩生死の境を彷徨ったが、なんとか一命をとりとめた。
こうして碧蹄館の戦いは日本軍の勝利となった。
この戦いにより明軍は講和による話し合いへと舵をとり、文禄の役はようやく幕を閉じた。
慶長の役、碧蹄館の戦い。
来月もよろしくお願いします。