二、碧蹄館の戦い~前編~
異国での戦闘は苛烈を極めた。
視界のとれない深い霧の中で戦闘はじまった。
「敵軍、我が隊と戦闘に入りました」
「よし!」
物見の兵の報告を受けて、宗茂は2000の立花軍に下知する。
「左側面から敵の横っ腹を叩く。続けっ!」
その声に真っ先に騎馬で飛びだしたのは誾千代であった。
「誾深追いするなよ」
「あなた様!配下の十時や森下が囮になってくれています。我等が早く動けばそれだけ囮の兵士たちは助かります!」
「じゃが!・・・(お主が死んではいかんだろうが)」
宗茂は言葉を飲み込み、馬を走らせる。
存分に敵をひきつけての奇襲に敵軍は大混乱をきたす。
「蹴散らせ!」
誾千代は薙刀を振り回し、男達を次々と蹴散らす。
ヒュッ!
矢が放たれる。
「危ないっ!」
宗茂は刹那、時が止まったかのようにみえた。
誾千代目掛けて真っすぐに飛ぶ矢。振り返る鬼姫。
一人の立花の兵士が彼女の前に飛んだ。
矢は兵士の頬を貫き、勢いをおとし誾千代の肩をかすめた。
兵士は毒矢にのたうち回り、即絶命した。
「誾千代、無事か」
「大丈夫でございます」
「これは・・・難儀じゃぞ」
次から襲い来る大軍に宗茂はつい弱音がでた。
「なにを弱気な!あなた様は、西国無双そして軍神道雪紹運の息子なのですぞ」
誾千代は破顔する。
「そうであったな。忘れておったわ。我は西国無双立花宗茂」
妻の言葉に己を奮いたたせる。
「然り」
誾千代は大きく頷いた。
「皆の者、続け!」
「おおおっ!」
宗茂は一騎先駆け、長槍を振るい、敵を蹴散らした。
ぴったりとその後ろに誾千代が長薙刀を振り回し、続く立花軍は死に物狂いで敵中
を進む。
立花軍は一気に敵の側面を抜けて、敵軍の撃退に成功した。
戦闘後、誾千代は肩の痛みに苦悶の表情を浮かべるが、夫や周りにバレてはなるまいと、すぐに表情を戻した。
「追いますか」
小野鎮幸が進言する。
宗茂は首を振った。
「かの地は知らぬ。利がない分、むやみに動けば死地となる。それに今は兵士たちの休息が先じゃ」
「はっ」
「・・・で、すまんが、鎮幸。我が軍の被害状況と、この地を斥候に命じて調べてくれないか」
鎮幸はニヤリと笑う。
「流石は殿、ぬかりありませんな。御意でござります」
宗茂は苦笑すると誾千代と顔を見合わせて目配せをした。
「立花軍はその小高い山に陣を構える。のち、援軍が到着するまで、戦支度のまま休め」
「はっ!」
夜が更け、宗茂と誾千代は小野鎮幸の報告に耳を傾けていた。
「そうか、伝右衛門(十時)が・・・」
宗茂は腹心の死を悼んだ。
「あなた様」
誾千代はそっと手を彼の右手に置く。
「ああ、死地を拓いた伝右衛門の死、決して無駄にはせぬ」
宗茂は大きく頷いた。
「殿」
鎮幸は話を続けようとする。
「なんじゃ」
「大谷殿それに小早川殿がおみえにございます」
「なんと」
誾千代は目を大きくする。
「報告が先と思いまして」
「・・・待たせておったのか、すぐお通しせよ。いや、ワシがお迎えする」
宗茂は慌てて床机を立ち、駆けだした。
「一度、漢城に退けと?」
「左様」
大谷吉継は宗茂の言葉に頷いた。
「それは」と宗茂。
「なりませぬ!」と誾千代。
「宗茂殿、奥方様、立花軍の消耗は著しく、一旦、退いたのち体制を整え、戦列へ復帰されるがよろしいかと」
大谷吉継は懇々と2人を説き伏せようとする。
「この好機」と誾千代。
「逃す手立てはない」と宗茂。
「ワシもそう思う。ここは一気呵成に日の本武士の力を見せるのじゃ」
小早川隆景は立花夫妻に同意した。
「御父貴」
※隆景は宗茂の義父となっている。
宗茂は助け舟に目を輝かせた。
「・・・しかし」
吉継はなお食い下がろうとしたが、
「立花軍の底力、大谷様とくとご覧あれ」
誾千代は、話は終わりとばかりに満面の笑みを見せた。
立花は行く。