二、姫は愛嬌、千代は度胸も
相撲じゃ。
千代は8歳となった。
身体はすらりとして肌は白い可憐な姫だが、背丈は異常に大きかった。
習い事はさっぱりだったが、武芸には磨きがかかり、年上の男をも打ち負かすほどになっていた。
青空に入道雲が広がり、蝉しぐれが耳をつんざく夏のある日の放生会、村に見世物がやって来た。
従者を連れて、こっそりと千代は高橋の屋敷を抜けだす。
姫は人混みをかき分け、最前列を陣取る。
真っ赤で豪華な桃山小袖を着た彼女は一目見て、高貴な人物と分かり見物客は驚くが、その背格好から高橋殿の娘だとすぐ分かった。
「噂に違わずの大女じゃ」
「左様、左様」
そんな周りの注目は、一向に介さず、千代は小屋で繰り広げられる軽業、からくりや刀を飲み込むびっくり人間に目を輝かせた。
最中、千代のすぐ後ろで小競り合いが起こる。
「てめえ!」
痩せた目つきの鋭い男は、体格の良い男の胸倉を掴んだ。
「なんだよ」
「俺が見てんのに、目の前にそのでかい図体で目隠しするとは、どういう了見だ」
「悪い。だけど、お前が小さいからだろ」
「てめえ、俺を誰だか知ってんのか」
痩せた男はいきがってみせた。
「知らねぇ、知らねぇよ」
「てめえ!」
そんな中に、割って入る一団。
「どうしたテツ」
「親分、こいつが俺を馬鹿にしたんです」
「ほう」
親分と呼ばれた男は、恰幅の良い男を見た。
「なんだよ」
「テツを馬鹿にしたのか」
「馬鹿になんかしてねえよ」
「いんや、お前は馬鹿にしたんだ」
「なっ」
「つーことは、俺のこと、組のことを馬鹿にしたのも同じ」
「・・・・・・」
「詫びろよ」
男は一団に囲まれた。
騒然とする場、多くの者がその場から立ち去って行った。
「姫」
従者が声をかける。
しかし、千代は夢中で見世物を見ている。
「姫!」
「なんじゃ!」
「いさかいが起きております。一旦、この場を離れましょう」
「嫌じゃ!」
姫は頑として聞かない。
「姫、危ないです!」
「・・・では、いさかいを止めれば良いのであろう」
「えっ、姫ちょっと」
千代は立ちあがると、囲みの中へと向かって行った。
「すまなかった」
多勢に無勢恰幅のいい男は、親分と呼ばれる男に謝罪した。
「もう遅せぇよ」
親分は小刀を取り出し、勢いよく振りあげた。
男は目を閉じる。
「・・・・・・」
「なっ!」
「やめないか」
千代が親分の刃物持つ右手首を左手一本で掴み、締めあげている。
「お前っ、高橋の!」
親分は姫の顔を見るなり叫ぶ。
「千代じゃ」
「大友様の重臣の姫だて、男の争いに首を突っ込むなら容赦しないぜ」
「そうか」
千代は左手に力を込める。
「いてっ!」
思わず小刀を地面へ落とし、しゃがみ込む親分。
「すもうじゃ」
「はあ?」
「千代とすもうで勝負じゃ」
「何、言ってやがる」
「千代が勝ったら、この件はしまいじゃ」
「そんなの知るかっ!」
「さぁ、やるぞ」
「人の話、聞いてんのか!」
と、呆気にとられる男達をよそに、千代は元結掛け垂髪を紐でよりぎゅっと結び、木の枝を掴むと円を描き始めた。
「さあ」
千代は四股を踏んだ。
彼女の足が地を蹴り、叩きつけると、周りが揺れた。
「・・・・・・おなごのくせに・・・ほえづらかくなよ!」
「千代の一番嫌いな言葉じゃ」
果たして四半刻(約30分)後、千代にのされ打ち負かされ男達の山があった。
彼女はパンパンと手を払うと、ゆったりと見世物小屋の最前列へと戻り、悠然と終わりまで楽しんだ。
次月の投稿やいかに。