四、論功行賞にて
宗茂ついに。
晴れ晴れとした気持ちで、宗茂はこの日を迎えた。
天正15年6月7日、筑前の筥崎にて九州平定の論功行賞が行われた。
並み居る諸将は、秀吉の前にひれ伏している。
「続いて、立花家、数多の戦功あり。よって、筑後国柳川13万2000石を与える。これより立花家は大友家より独立、藤原家(秀吉)の直臣大名へと取り立てる」
元大友家の一家臣にすぎない宗茂の大出世にその場にどよめきがあがる。
「ははっ!」
宗茂は謹んで拝領する。
秀吉は満足気に微笑み、顎髭を撫でる。
「よきよき。皆の者、此度の宗茂の働き、その忠義も武勇も九州随一である。皆も励めよ」
「ははっ」
秀吉の言葉に一同は平伏した。
それから、散会後の出来事である。
宗茂夫妻に、杖をつきながらやって来る武将がいた。黒田官兵衛その人である。
「これは黒田様」
宗茂は会釈する。
「宗茂殿、此度の秀吉様の過分なおはからい、ゆめゆめ忘れてはなりませんぞ」
「はっ」
「奥方」
「はい」
「お頼み申す」
官兵衛は一気にまくしたてた。
「官兵衛様、それでは我々は腹に一物を持ってるような・・・」
誾千代は歯に衣着せぬ物言いで返した。
「これっ!」
宗茂が嫁を嗜める。
「ふははははっ!これは失敬。ちと用心が過ぎたかな。秀吉様は覇道を歩まれておる。故に敵も多い。盤石たる太平の世を築く為、新しき臣下には特に目を配らねばならない・・・」
官兵衛は胸襟を開き言った。
「ご安心ください。立花家に二心は無し。粉骨砕身でお仕え致します」
宗茂はきっぱり答えた。
「流石、西国無双じゃ」
官兵衛は、宗茂の右肩を2、3度強く叩くと踵を返し、秀吉の元へ戻った。
2人が退出しようすると、
「おい九州の立花っ!」
怒号が響いた。
「ワシは、福島正則。秀吉様の直臣じゃ!」
「立花宗茂でござる。以後。お見知りおきを」
「いけ好かんのう。ワシらを差し置いて、13万石の大名だと」
酒に酔った正則の目は据わり、足元は千鳥足で近づいて来る。
「・・・・・・でかいのう・・・でかい・・・おなごじゃ・・・おなごっ!」
同じ身の丈の偉丈夫である正則は、じっと宗茂を睨みつけ視線を離さない。
「ワシは、おなごを捨て申した」
「じゃが、乳はある。これをおなごとしてなんと言う」
「!」
夫を見くびられ誾千代は思わず、小刀の柄に手をかける。
そっと、宗茂はそれを制す。
一瞬で凍りつく場に、叫び声が響く。
「やめろ!正則、馬鹿者!」
「清正っ!・・・」
加藤清正は、正則の顔を思いっ切り平手打ちした。
「この痴れ者がっ!酒で身を滅ぼす気かっ!宗茂殿は大殿の覚え目出度い方、その御仁をないがしろにするとは!お前っ!即腹を切って詫びよ!」
辺りに大音声が響き渡る。
「な!」
正則の酔いも一気に引いた。
パンパン。
柏手が響く。
仁王立ちの秀吉だった。
厳しい顔から一転の破顔。
「もう、よい。よい、よよいのよいっ!よいやさっ!」
彼がおどけて見せると、その場がどっと沸いた。
「すまぬ。飲み過ぎた」
頭を垂れる正則に、宗茂は静かに首を振ると笑って返した。
大名となる。