父の死を乗り越えて編 一、道雪逝く
戦いの中・・・。
ある秋の日のこと、狩場へと立花親子は出かけた。
親子の狩りの腕は凄まじく、家来たちは宗茂、誾千代、道雪の弓の腕に驚愕した。
とくに道雪は輿の上からの胡坐をかいて、弓の照射にもかかわらず百発百中の腕前に、若夫婦は、いまだ衰えぬ父の健在ぶりに顔を見合わせ喜んだ。
その帰り道、
「栗じゃ」
栗の木の下に落ちている栗の実を見つけた宗茂は馬から降りた。
「父上、館で食べますか」
宗茂は輿の父を見る。道雪は婿に頷くと、それから近侍の由布惟信に目配せした。
「では」
右手を延ばし、栗をとろうとする宗茂の手を、惟信は思いっきり踏んだ。
美しい手の平に栗の毬が突き刺さる。
「ぐっ!由布何を!」
「若殿。御免っ!しかしながら、戦場では油断が命取りでござる」
惟信は顔をくしゃくしゃにして言う。
「由布っ!」
「あっ、誾千代待て」
父の制止を聞かず、白い駿馬から飛び降りた誾千代は、素手で毬栗を拾うと、惟信の尻に突き当てた。
「あひい!」
「血迷うたか!惟信、我が殿に!」
「姫様っ!平にご容赦を!」
土下座し平謝りをする惟信。
「やれやれ」
と、父道雪は溜息をついた。
これより立花親子の活躍は続く。
同年11月原鶴の戦い。翌年、天正10年(1582)岩戸の戦い。天正11年(1583)吉原口攻城戦など、宗茂道雪親子は戦場を駆け巡る。
ついで、天正12年の8月、立場道雪と高橋紹運の両軍は、大友家旧領筑後を奪還すべく軍を進める。
父たちは獅子奮迅の活躍で、多くの筑後領の奪還に成功する。
一方、立花山城の留守を預かったのが、宗茂夫婦である。
1000ほどの兵力で、秋月軍8000の兵が城に攻め寄せたが、これを撃退し、他の砦も落としてみせた。
明けて天正13年、立花の若夫妻に父道雪の使者より火急の知らせがあった。
由布惟信の書状には、
「大殿倒れる」
との知らせがあった。
宗茂と誾千代は重臣に城を託し、その夜、立花山城を出て、馬にて早駆けする。
無我夢中で着いた久留米高良山の陣中で道雪を見舞う。その傍らには宗茂の実父高橋紹運もいた。
血色悪く、床に臥していた道雪は、2人を見るなり、かっと目を見開き上半身を起こし、
「たわけっ!」
と、大喝した。
「父上!」
宗茂と誾千代は同時に叫ぶ。
「戦の最中に城を抜けだす大将などおるかっ!」
「重臣たちには、城を固く守るように伝えております」
宗茂は平伏する。
「父上の具合がよくないと・・・」
誾千代はじっと自分の膝を見つめた。
「今すぐ帰れっ!」
道雪は胡坐をかき、震える手で愛刀雷切丸を掴もうとする。
「道雪殿」
紹運は道雪を諫める。
「紹運殿!ワシらの子どもたちは、とんだ大うつけじゃ!情に流され大局も見えぬ大馬鹿者じゃ・・・はぁ・・・はぁ」
道雪は息も絶え絶えに言う。
「・・・父上の大事を聞き、我等夫妻はやってきました」
宗茂は声を絞り出すように言った。
「はぁ・・・はぁ・・・それが・・・ならんのじゃ!宗茂、お前は立花家の何じゃ?」
びくり、身体が震える。
「お主は立花の柱、立花じゃ・・・その情に流されたつまらぬ判断が、命取りとなる・・・・・・うぅぅ」
「道雪殿、お身体に障ります」
紹運は道雪を抱え、ゆっくりと寝かせた。
「2人は御身を案じております」
「・・・馬鹿な、馬鹿じゃ、とんだ・・・馬鹿」
道雪は紹運の言葉も聞かずに罵り呟く。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
宗茂と誾千代は唇を噛みしめ平伏している。
「宗茂、誾千代、戻るのだ」
紹運は毅然と2人に言い放った。
「・・・父上」
「この地の霊験あらたかな高良大社にて、道雪公の病平癒の祈祷もおこなっておる・・・きっと、すべてうまくいく・・・お主たちは、自分達の本分を全うせよ」
「帰れっ!」
道雪は叫んだ。
2人は断腸の思いで立ち上がる。
誰が見ても道雪の病は重く見え、その先はきっと短い。
誾千代は涙を流し、宗茂はそっと抱きしめ、陣を去って行った。
道雪は2人がいったあとで、ひとしきり慟哭する。
「さらばじゃ、誾、千代」
嗚咽混じりに言葉を絞り出す。
「・・・・・」
紹運は静かに目を伏せた。
同年9月11日、立花道雪はこの世を去った。
道雪死す。