第七十六話 神仏習合
離れに入り、出されたお茶をすすりつつ遅れて入って来たミナカと御刻に自己紹介を済ませると、御刻は他の巫女達に退出を促しこちらに向かい合う。
「――さて、改めまして、まずはうちの最高神がご迷惑をお掛け致しましたこと、深くお詫び申し上げます。」
そう言って深々と頭を下げる御刻に、思わず自分は言葉を返す。
「いやいやいや、そんな気にしてないですって、空の旅も楽しかったですから!」
「ほらほら御刻、大丈夫だってさ!」
「原因が何言ってるんですかミナカ!」
「――と、失礼しました、蜜希様。皆様方に置かれましても、寛大な御心ありがとうございます。」
なんだろうか、ミナカに対してとこちらに対しての温度差がすごい気がするが、これはこちらが客人であり、出会って間もない事も理由の一つではあるのだろう。
「それで、何故我々をこの神州に招いたのか、聞かせて貰って構わないかね?」
ギラファの言葉はもっともなのだが、個人的にその前に先程から疑問に思っていた事を聞いてみる事にする。
「あー、すみません、その前に質問なんすけど、神州って日本神話の対応国家なんすよね? でもさっき『神仏習合国家』って言ってた気がするんすけど……。」
これが地球での日本なら何も問題はない。家に仏壇と神棚があるのは普通の事であり、クリスマスもハロウィンも行うアバウト宗教国家なのだから。
だがこの世界に置いては話が変わる。国ごとに女神の神話以外の地球側の神話を持ち、その神格達によって国の個性を確立しているこの世界で、神仏習合と言うのはいささか無理があるのでは無いだろうか?
「なるほど、蜜希様は異境の民でしたね。でしたら疑問に思うのも当然ですか。確かにこの神州は地球での日本神話に対応しています。ですが、それと同時に、地球側における日本の大乗仏教も、特殊な形態で同時に対応しているのです。」
「はい?」
困惑する自分に対し、説明を引き継いだのは意外にも此方に居るフィーネだった。
「地球側における日本の神道ですが、これは古くから仏教と共に信仰されて来た歴史があります。時代の流れで別れ、また戻りと紆余曲折はありますが、現代においてこの二つが普通に共存しているのは蜜希様もご存知ですね?」
「それはまあ……家も仏壇と神棚あったっすからね。」
「ええ、ですが現代においては別々に、しかし同時に信仰されている神道と仏教ですが、明治時代以前はより密接に関わっていたのです。」
そこから先を引き継いだのは、神道側の最高神だった。
「それが『神仏習合』、厳密に完全に合一するわけじゃないけど、神道側の神と仏教の存在を同一視して、如来や菩薩を神社で祀ったりしていた事もあるの。例えば私は仏教側の妙見菩薩と同一視される様になったりね? ああでも、私自身の信仰が深まったのは神仏分離が進んで神社で仏教側の存在を祀れなくなった時、今まで妙見菩薩を祀っていた神社が祭神を私に移行したからなんだけどねー。」
「その名残として、今でも神社の境内に仏閣が残って居たりしますね、これは神宮寺と呼ばれています。逆に寺院側に守護神を鎮座することもあり、此方は鎮守社と呼ばれます。」
「あー、神仏習合って、ただ各家庭にどっちもある的な意味じゃなかったんすね。」
「そうですね、現在においては明治時代の神仏分離をへて、しかしどちらも広く信仰される様になっていますから、地球側の日本の現状を指すとすれば神仏共存と言った所でしょうか?」
「ただこの神仏習合、明治時代に神仏離別がされるまで結構二転三転しててさー、最初は各地で土着としての神道があった所に、大陸から仏教が渡ってきた訳だけど、お偉いさん方は仏教を使って国を思想的に纏めようとしたわけ。でも土着の神道はやっぱり根強いし、国の最高権力者だった天皇は瓊瓊杵尊の血筋を引く純粋な神道系譜だから、完全に神道を消すわけにもいかなくて、結果として最初は仏教主体で共存してる物だったわけ。」
「さっきフィーネちんが言ってた神宮寺も、律令制の導入で重税を課された神社側が、仏教側にはそれが無いってことで『神様も仏に帰依したがっている』見たいな託宣受けたっつって建てたものでさー、でもこの当時は仏と神は別の存在とされてたの。それが鎌倉時代辺りになると、『神は仏の仮の姿である』って考えの本地垂迹って思想が生まれて、本格的に習合が進んで行ったんだよね。」
「それは台頭して来た武士たちの間に置いて、神道より仏道が重視されたことも理由の一つですね。これが南北朝時代になりますと、逆に『神が真であり、仏はその仮の姿である』とする神本仏迹説という物が表れ、江戸時代になるとそれらを両立した物が出てきます。――こうした神仏習合は先程言った明治時代の神仏分離が為されるまで続きました。」
「そんな訳で、私達神道側の神格を語る上で仏教は切っても切れない関係なんだよ。私なんか下手したら妙見菩薩としての信仰の方がメインな勢いだからねー。」
「だから、私は天之御中主であると同時に、日本における妙見菩薩も兼ねているの。この国はあくまで神道側が主だけど、仏教側の文化も深く結びついているから、『神仏習合国家』って名乗ってるってこと。――これは、私達地球側の神格がこっちに顕現した一万年前が、地球側で言うと五百年くらい前だったからなんだよね。」
ミナカの最後の説明に、違和感を感じて疑問する。
「? 地球とこっちの時間の進みの誤差って十倍程度だったはずじゃあ……」
五百に十を掛けても五千にしかならない、それでは一万年と倍の差があるのだが……
「ああ、実は女神が倒れた当時は、もっと時空の乱れと言いますか、二つの世界での差が大きかったのです。それが次第に安定化し、今の十倍まで落ち着いたわけですね。」
「なるほど?」
「さて、これでこの国が神仏習合って名乗ってる理由は分かったかな? それじゃあ御刻、つぎはここに呼んだ理由を――ってどしたの御刻? なんか味わい深い顔してこっち見てるけど。」
ミナカの視線が向く先、話を振られた御刻がじっとミナカを見つめていた。
「いえ……今の話、あちら側での神仏習合の出来上がっていく過程などは私も初めて聞いたものですから。」
「あー、まあ私仮にも最高神だからね、他の神格達より地球の情報仕入れるルートがあるんだよん。」
「それより御刻、説明説明! ほら、ククルンとかちょっと飽きて来ちゃってるし。」
「それアタシか!? あー、でもすまん、正直アタシには関係ない話だと思って上の空だった。」
「ダメですわよククルゥ、こういう場ではキチンと聞いていませんと。」
「くっそ、会食でポールダンスする奴に言われるとなんか釈然としねぇけど言い返せねぇ!!」
「……ポールダンス?」
「言い返せないからってこっちの評価下げようとするんじゃないですのよ――!!」
呆気にとられる御刻に対し、フィーネが困った笑みで言葉をおくる。
「あー、御刻様。こちらの方はお構いなく、どうぞ説明を続けてください。」
フィーネの促しに、やや釈然としない表情を浮かべながらも御刻が居住まいを正した。
「――はい、それでは皆様を此方に招いた理由ですが。ええ、余り回りくどいのもよくありませんので、単刀直入に説明させていただきます。」
一息をいれ、御刻が真っ直ぐにこちらを見据える。
「災厄の残滓、その調査と対応をお願いいたしたいのです。」
「引き受けていただけますか?」
「え、嫌っす。」
「……………」
「ええええええええええええ!?!?」
滅茶苦茶驚かれてるっすけど、逆に何ですんなり引き受けると思ってたんすかねこの人。




