第七十一話 決着
かつて自分に果たせぬ事を
為した後代嬉しく思い
我は再び礎たらん
(要約:感謝である)
風が吹き、光が散る。
自分を貫く叛逆の剣から光が消えていき、ただの短剣へと戻っていく。
体に痛みは感じない、聖剣も砕かれ、己を現世に留める楔が無くなった事で、この意識もやがて理想郷へと還る事だろう。
――負けた、か。
不思議と心地の良い気分だ。
それは自分の手で大切な物を砕かずに済んだからか、それとも自分を超えた今代の騎士達への称賛か。
短剣を引き抜こうとするモードレッドの動きを止める。軽く首を傾げられたが、なに、少々足に力が入らなくてな、弟子の様に倒れ込む無様は晒せん。
「名は何と言う、叛逆の騎士よ。」
「はい?」
そう怪訝な顔をするな、別にぼけた訳ではないさ。
「襲名者としてのモードレッドでは無い、モルガンは貴様に何という名を付けた?」
「――――アイリス。それが母様から頂いた名です。」
その言葉に、自分はつい苦笑する。
「アイツめ、露骨に私の名前にあやかったな? ――だがまあ、うん。いい名前だ、アイリス。」
アイリスの花は水場の周りに良く映える、ならば湖の精であるモルガンの娘にはよく似合う。
「ありがとうございます、アリス様。」
軽く頷きながら視線をアイリスの背後へ向ければ、此方へ向かってくる姿が目に映る。
まともに動けない弟子を担いだアグラヴェインに、走って来る金髪の騎士は手甲から察するにパーシヴァルか。上空には神格二人と希の子孫を抱えたギラファも見えるが、モルガンとマーリンは何故首根っこ掴まれた猫みたいな姿勢で運ばれてるのだろうか。
と言うか初々しい感じで手を握ってるが――
「なんだ、遂にくっ付いたのか、あの神格二人?」
呟いた言葉に、胸の中のアイリスが視線を上げた。
「アリス様、遂にと言うのは?」
「ああ、今から五百、いや、私が襲名した頃だから九百年前か。その頃からモルガンはマーリンに気が有ってな、ちょくちょくその話を聞いていた物さ。――いくら言っても告白しようとはしなかったがな。」
あのヘタレめ、どう考えても両想いだからさっさと告白しろと言うに、まあ最早過去の事か、うん。
「だから貴様がモルガンの娘と言った時、最初は二人の子供かと思ったが――ああ、いい、大体は察しているから言わなくて良いぞ。」
まあ、なんだ
「アイリス、貴様はどう思っている? あの二人を。」
答えは即座に、それも満面の笑みで返された。
「はい! 大好きです!」
「いい返事だ、二人を頼む。」
そう告げる自分の体は、次第に光の粒子へと解け始めている。
言葉を交わせるのもあと少しだ、故に視線を前へ、集まって来た者達へと向ける。
「やあ、久しぶりだねアリス。――どうだい、今を生きる騎士達は?」
「ああ、いい仕上がりだ。これからを任せるに不満は無いとも。――尻に敷かれる未来が見えるな、マーリン?」
「会話の繋がり無視してぶっこむなよ! あ――、まあ否定はしないし、それも良いかと思ってるよ、僕は。」
ヘタレた発言に苦笑を零し、視線はその横へ立つモルガンへ。
「漸くくっついたか、まったくお前は九百年前から引っ張りすぎだぞモルガン。というか夫より先に子供作るとか何考えてんだお前、ん?」
モルガンが派手にズッコケた。
顔を真っ赤にしたモルガンは、隣で「九百年前?」と呟いたマーリンを引っ叩きつつ体を起こし自分を睨む。
「ちょっとアリス!? ここ感動的な場面でしょう、なんで昔から貴女はそうなんですか!!」
「いや、一々全員相手にしみったれた挨拶するのもめんどくさいだろう。おめでとう、わが友よ。」
「――――」
「まったく、ええ、ありがとうアリス。あなたの友であれた事、誇りに思いますとも。」
一つ頷いて次、ギラファと希の子孫と今代のパーシヴァルか。
「無い乳同士仲良くしような、パーシヴァル!」
「消え去る寸前に何言ってますのよこの先代は―――――!!?」
冗談だ冗談、私の方が多少あるしな。
「――今馬鹿にされた気がしますわ。」
野生動物並みの感の鋭さだなこいつ、だが今言うべきはそれではない。
「何、事実を思っただけだ。――それよりパーシヴァル、飲み込まれるなよ?」
「…………。ええ、承知しておりますわ。」
ならばいい、次はお前か、ええと、
「名は何と言う?」
「あー、蜜希っす。さっきは名乗ってられなかったっすからね。」
「そうだな、ギラファの相手は大変だろうがまあ頑張れ、アージェと希によろしくな」
「はい、伝えておきます、アリスさん。」
さん付で呼ばれるのは久しぶりだな、次、ギラファか。
「……尺押してるからカットで良いか?」
「本当自由だなアンタ!?」
いやお前に言う事特にないしなー、あ、やばい本格的に透けて来た、次次!
「アグラヴェイン、馬鹿弟子を頼むぞ?」
「かしこまりましたとも、先代。――出来ればもう少し加減してほしかったですがね。」
「すまん、基本的に手加減できん状態だったからな。なに、お前なら受けても死なんと信じていたさ。」
「やれやれ……まあ、悪くありませんな。」
ならばよし。そして最後、既に実体を保てていない体で弟子へと視線を向ける。
「…………」
「なんだその顔はお前、別れは五百年前に済ませてるんだ、いまさら気にするな。」
まあ無理か、内心私も辛いしな。おのれ災厄! どうせならこのまま現世に居させろと言うに!
「……結局、俺はアンタを越えられなかったか。」
「それは違うぞ、アーサー。」
まったく、そんな事を気にしてたのかお前は、
「あの頃の私は、自分だけが前に出る事しか選べなかった。――それが一番効率がいいと言うのも在ったが、純粋にお前や臣下が危険に晒される事が怖かったんだ。」
そう、結局の所、自分は仲間を信じられなかった。自分が一番強いのだから、自分が戦うのが最も効率的だと誤魔化して、仲間に頼る事から目を背けていた。そして臣下たちもまた、知らず私の強さに頼ってしまっていた。
だから自分は死んだのだ、聖剣の力を過剰に引き出して、友の忠告も無視して前線に立ち続けた。
けれど、お前は違う。
「倒れたお前を即座に助けに来れる。それをお前は不甲斐ないと思うかもしれないが、そうじゃない。それは皆がお前に頼るのではなく、お前に並び立とうとしているからだ。」
視線を巡らせれば、騎士達が皆一様に頷きを返す。
「誇れアーサー。お前は既に私が出来なかった、辿り着けなかった場所にいる。」
「……師匠、いや、ありがとう、アリス。」
弟子の言葉に、自分は苦笑。そして気が付けば、既に手の先は無く、足も半分以上消えかかっている。
消えゆく身体を支える手をアイリスから離す。
刺し貫かれたまま、しかし足は無くとも踏ん張る感覚はあるようで、崩れそうな体を気合で支えて前を見る。
「聞け! この世界に生きる遍く生命よ!!」
叫ぶ。それによって崩壊は更に早まるが、構いはしない。
「災厄は再びその兆しを見せている! 嘗てと同じか、それを超える災禍がいずれこの世界に降り注ぐだろう!」
そう、これは実際に災厄に浸食され、一時とは言え同一化した自分だからこそ分かる事だ。
「備えろ! これから起きるであろう全ての戦いに! そして越えろ! 我等が過去の後悔を!」
大気を震わせ、咆哮は地脈に乗って言葉を世界に響かせる。
「切り開け!! 今を生きる貴様等の未来を!!」
最後の叫びを終えれば、自分の体は最早上半身が残るのみ。
だから最後に、王としてではなく、一人の人間として言葉を作ることにした。
「お前は私の誇りだ。――愛しているぞ、アーサー!」
「――俺もだ、アリス。」
その言葉を聞いた瞬間、自分の体は風に散る。
ああ、この世界を創りし原初の女神よ。
願わくば、彼らに加護を、――どうかその道行きに、祝福を。




