第七十話 叛逆の騎士
アグラヴェインを吹き飛ばした先代は、空中で光槍を払いつつモードレッドからも視線を逸らさない。
聖剣は光剣のみを展開した解放形態だ。流石に超越明けで手足と背部の展開は無理があったが、身体強化だけでも十メートル越えの刃を振り回す位は余裕でこなせる。
とはいえ正直早まったかと思わないでもない、何故ならこの形態は密着した近接戦は分が悪いからだ。通常ならその距離に届く前に光剣で迎撃可能だが、
――あの転移が厄介だな!
何せ予備動作も無ければ発動もほぼ一瞬だ。モルガンの娘と言う事は、かつて彼女が用いていた転移と同様なのだろうが、近距離ならばこれ程の高速戦でも使用が可能な物だったとは。
あいつ性格さえそっち向きなら普通に戦闘神になれたんじゃないかと思わなくも無いが、まあそれは適材適所だろう。
そして如何に予備動作が無いとはいえ、これだけ見れば予兆は感じ取れる。
……あの転移は発動時に水流を生む、幻影で誤魔化してはいるようだが、ここまで見れば気が付くとも!
着地、二十メートル程離れた位置から此方へ踏み込むモードレッドの足元に水流が散らす飛沫が見える。
「おおおおお!!」
「――――!」
転移と見切りつつも己は身を飛ばし、肩の高さで前へ突き出した光剣を踏み込みによって相手の身へ突き付ける。
狙い通りと言うべきか、貫いた筈のモードレッドの姿は飛沫と消えた。
本来であれば自ら隙を晒した様な物だが、この姿勢からは即座に斬撃へと繋げる事が可能。
故に己は降り注ぐ光槍へも意識を向けつつ、モードレッドの転移先を見極める為に視線を巡らせ、
「後ろか!!」
悪くない判断だ。突き込んだ聖剣を迎撃に用いる際、どの向きで振るったとしても最も攻撃が届くのが遅い位置、それもこの巨大な光剣ならこちらの斬撃が届くより先にモードレッドの攻撃が届くだろう。
だが、
「装甲が展開していないからこそできる事もある!」
光剣化を解除、本来であれば解放形態のパワーアームで用いるには小さすぎる聖剣も、出力不足で素手状態の今なら自在に操れる上、身体強化は解放形態仕様の今ならば通常時とは比較にならない、それこそアグラヴェインに匹敵する速度が出せる。
では最初から攻撃の時だけ光剣化させればいいかと言えば、それでは相手が慣れてしまって効果が薄れる。
「切り札とは最適な運用をしてこそ活きるモノだ!!」
高速で身を回し、最早数歩と言う位置にまで肉薄したモードレッドへと大上段から聖剣を光剣へと展開した瞬間、己は気づいた。
「――――――」
それは攻撃に移るにしては異常に無表情なモードレッドの顔であり、踏み出した姿勢で空中に制止する足先であり、そしてその身体に舞う水飛沫の欠片。
――ここで転移を重ねるか!!
光剣を展開し、攻撃の動作を停止できない状態からの差し込み転移、それを為す技量は驚愕に値するが、此方とて対応できずして何が聖剣の担い手か。
今から再度光剣を解除することは出来ない。だからこそ自分は最後の踏み込みの為に浮かせた左足に足場を展開、
「おおおおおおおおおおおお!!!」
蹴りつけて強引に身を捩る。全身の筋肉が過剰な負荷に悲鳴を上げ、光剣を支える腕に肉と血管が弾け飛んだような激痛が走った。
だが、それだけの負荷を喰らって光剣は確かに軌道を変えた。
狙う先など考えるまでも無い、先程貫いた位置へ再転移したモードレッドへと捩じり切るような軌道で光剣が薙ぎ払われる。
「――――――!?」
驚愕に目を見開くモードレッドに光剣が直撃し、
水飛沫と共にその姿が散った。
「―――――は?」
待て、おかしい。
今の一瞬でさらに転移を重ねる事はいくら何でも不可能だ。だが現実に自分の斬った姿は幻影として飛沫と消えた。
であるならば――
「幻影を、転移させたのか!?」
瞬間、背後から足音が響く。
振り向かずともわかる。それは先程自分が幻影と認識した姿が制止していた踏み込みを確固とした証左に他ならない!
「おおおおおおおおおおお―――――!!」
叫びと共に己は動く。光剣を解除し、血を撒き散らす腕に力を籠めて、振り向く視線が見据えるのは直剣を振りかぶる叛逆の騎士。
間に合うかは分からない、それでも動けと聖剣を走らせ己は叫ぶ。
「――来るがいい! 叛逆の騎士よ!!」
●
モードレッドは意識を研ぎ澄ます。
自分は今まで幻影を用いる際、ある縛りをしていた。それは幻影を『動かさない』こと、実際には姿勢や表情を変える程度は遠隔でも可能なのだが、それを敢えて『最初の姿勢で固定』した。
全てはこの一撃の為の布石、最後の一手を届かせるために他ならない。
「――――ッ!!」
それでも、まだ足りない。このままでは自分の一撃が先代に届くと同時、振り抜かれる一閃がこちらに届く。
それではダメだ、自分が死んでは勝利にならない。かつての自分なら相打ちを良しとしたかもしれないが、今の自分は、違う。
思い出すのは、王城で聞いた一つの言葉。
――自分も含めた、全員が笑って居られるために!!
聖剣の魔力に意識が途切れ、それでもなおこの身に届いた彼女の言葉。
だから自分も足掻くと決めた。自分と、母と、そしてついさっき出来たばかりの父と、皆でこの国を護ると決めたのだ。
「――叛逆の剣、国に仇名す災禍の剣よ、我が元にてその使命へと叛逆せよ!!」
叛逆の剣から溢れた光が全身を包む。
未だ一度も制御出来ていない解放形態だが、今の自分に迷いはない。
そうだ、信じろ、自分の力を信じられない未熟者に、意志ある武具が答える筈が無いのだから。
モードレッドは叛逆の騎士だ。自らの野心の為に王に反旗を翻し、国を崩壊へ導いた悪逆の騎士。
されどそれは彼方の世界、ここでは無い別の世界での出来事ならば、今ここに立つ自分は先代の過ちを正す為にこそ刃を振るう。
「―――――!!」
光が全身をドレスの様に飾り、それに呼応するように、踏みしめた足裏が今だ経験したことの無い反力を持ってこの身に応える。
臆するな、踏み抜け、そして己を加速しろ。
虚空を蹴って身を回し、振り抜かれる先代の聖剣を上へと弾き飛ばす。
聖剣を失い、両手を天に掲げて開いた懐にその身を飛び込ませながら、見上げぶつかる視線が音を立てた錯覚と共に、先代の言葉が届いた。
「――――よくぞ超えた!!」
「―――――――ァッ!!」
言葉にならない叫びが喉を出る。全力、大地を揺らす踏み込みと共に放った叛逆の剣が、その名の元に先代の体を刺し貫く。
背から突き出した光の刃が空へと突き抜け、その威力が天へと弾いた聖剣を喰らって塵と化す。
後に残るは静寂のみ。
沈み、夜へと向かう落日の陽が、二人の姿をただ紅く、何処か称える様に染め上げていた。




