第五十七話 不可解
自ら戦力を無駄にする理由は何か
(要約:邪魔だから)
「なに? 陛下が戦線に出た?」
指揮を執りつつ死霊を掃討していたアグラヴェインは、突然の報告に眉間の皺を深くする。
『気づいたら蜜希を抱えてこっちに来てましたの。正直もうどうしようも無いので成り行きに任せますわ。』
パーシヴァルからの報告に、自分は嘆息。とはいえ戦場にでてしまった以上は言って聞く相手でもない、このまま好きにさせるしかないのが現実だ。
「業腹だがそれしか無かろう。ただし状況の変化があれば即座に知らせる様に。」
『了解ですわ。そちらもお気をつけて、アグラヴェイン卿。』
通信術式が消え、戦況を再確認する為に管制室――最上階の物はモルガンに破壊されたので別の場所にある第二管制室だ。そこから送られてくる情報に目を向け、気付いた。
「……死霊の数が、急激に減少している?」
その通りの減少が、術式陣と視界の中で発生している。
これが通常のワイルドハントであるならば、勝利が近いと言う事なのだが、今回に限ってそれは無い。
その証拠に見上げた視界、空を覆う暗雲は相変わらずだ。その上本来であれば既に出現していいはずの将たる存在も現れていない。
『アグラヴェイン卿、明らかに死霊の数が減ってますわ! それも新たに出現していないだけで無く、既に居る死霊が消滅していってますの!』
パーシヴァルの報告も同様と言う事は、アーサー王を狙って死霊が集中している訳でもない。
「考えられるとすれば――」
思考を深くしようとした瞬間、新たな術式陣が顔横に表示される。それは緊急の報告を表すものであり、
『ウェールズの騎士団より通信在り。たったいまワイルドハントの兆候在りとのこと、他の全領地からも同様の報告が上がっています!!』
「規模は!?」
咄嗟に考えたのは、敵がこちらを無視して各領地を主目的に変えた事だ。警戒は促していたが、先程までここに居た全戦力が向けば領地単体では防ぎようがない。
『それが、ほぼ全ての領地は極小規模。唯一ウェールズだけが大規模とのことですが――』
「ああ、あそこなら問題は無いか……。」
●
ウェールズ、パーシヴァルが城主をしている城の屋根に立つ一人の姿。
「あらあら、これはまた随分と面白いことになって来たわね。」
アージェだ。嵐の風に銀髪を靡かせ、じっと街の外に出現する死霊の軍を見据えている。
その顔横に展開した術式陣から、外周付近に展開した騎士達からの報告が入る。
『アージェ領主代理、城壁への布陣完了しました。』
ウェールズの城壁は、キャメロットのそれに比べれば簡素だ。切り出した石を積み上げ、術式で補強して地上からの進軍を防ぐための物。
とは言え地脈に直結した防護術式はキャメロットとそう大差ない。城壁が低いからと言って上空を簡単に突破することは不可能だ。
その上、常日頃から辺りの魔物や敵性存在へ狩りと称して戦闘を繰り返していることもあり、騎士隊以外の住民も殆どが臨時の兵として頼りになる実力を持っている。
総評としては全領地のなかで最も戦闘慣れしているのがここウェールズであり、そのせいか昨今では魔物や敵性存在すら若干襲撃を躊躇している節があるのだが、その分こちらから狩りに行く回数が増えただけな辺り蛮族臭い。
「ありがとう、貴方達はそのまま待機していて頂戴。私が撃ち漏らした時は各自で対応をお願いね?」
『了解!』
もっとも、自分が居る限り彼らの仕事は無いのだが。
「さてさて、久しぶりの戦闘ね。」
視線の先、次々と出現する死霊の軍は幅数キロを超え、文字通り地を覆い尽くさんばかりに広がっていく。
「さあ、始めましょうか。」
この城の天辺は、実は唯一上空の防護術式の範囲から突き出た形をしている。普段であればパーシヴァルがここから槍を放つのだが、自分は糸だ。
手を下げ、五指を広げて振り開けば、指先から伸びた銀線が靡く。空を翔けるその軌跡は途中で幾重にも枝分かれし、多重の波となって死霊へと到達し、
「――祓え、銀閃」
一振りで、その全てが掻き消えた。
「禊げ、銀閃。我が目に映る遍く穢れを拭いて祓え。」
身を回し、手を振り、払い、掻き込むように己を抱き締める。
舞の様な仕草に合わせ、銀糸が向かう先は地に非ず。
新たに死霊が湧くより速く、幾重にも重なり織られた銀の羽衣が、空を埋める暗雲を包み込む。
「――禊祓『銀織』。」
アージェの言葉と共に、暗雲を包んだ銀の羽衣が丸まり、圧縮され、光と共に弾けて消えた。
後に残るのは、暗雲など見る影もない澄んだ空。
その結果を見届けたアージェは、誰に向けるでもなく言葉を紡ぐ。
「他の所での報告を聞く限り、間違いなくこれ、ワイルドハント側は戦力の無駄遣いよね……」
その理由を思い至り、アージェは顔に笑みを浮かべた。
「また面倒で面白い事になったわね。――蜜希ちゃん達は大丈夫かしら?」
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ウェールズでの戦闘報告を受けたアグラヴェインは、納得と共に酷くやるせない感情を抱いていた。
「アージェがこちらに居ればもう片が付いていたのではないかね、これ?」
居ない者を当てにしても仕方がない。それに、こちらとしてもアーサー王に全力を出させれば似たような事は可能ではあるのだ。
それをしていなかったのは災厄の残滓への対策だが、王が戦場に出ている以上もはや今更でもある。
「そもそも今の戦力の分散はなんだ? どう考えても連中の得が無い。いたずらに戦力を減少させただけだ。」
最も規模の大きい、それこそ此処に居た殆どの死霊が流れたであろうウェールズは、アージェによって暗雲ごと殲滅されている。他の領地に関しては規模が小さく、騎士達や領主で容易に対応できる程度でしかない。
「何故ウェールズにほぼすべての死霊を送り込んだ? アージェを狙ったのだとすればそれでも足りん。――いや、まさかアージェに殲滅させるために?」
理由は分からない。だが何がその命令を下したのかは判断が付く。
王の似姿。軍を束ねる将である存在にしか、その様な非効率的な命令は下せない。
不意に、顔横の術式陣から声が響く。それは驚きと困惑を混ぜ合わせたようで、
『ワイルドハントの暗雲内に超高エネルギー反応! うそ!? これって――』
「どうした?」
管制室からの通信に、自分は疑問を返す。高エネルギー反応と言う事は将たる存在が顕現しようとしていると言う事だろう。
言い淀んだ通信担当に促しを送り、観測結果を聞く。
『聖剣です! 陛下の聖剣と、ほぼ同一出力の聖剣が形成されています!!』
直後、天から轟音と共に何かが飛来する。
それは金色の軌跡を残し、遠く、アーサー王の居る周辺へと着弾した。
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光の残滓を縫い、一人の女が姿を現す。
腰まである赤の長髪を靡かせ、全身のラインを見せるインナーの上に各所を覆う鎧を纏った姿は、一振りの長剣を手に眼前のアーサー王を見据え、言葉を放った。
「さて、無粋な死霊共は処理をした。一対一、アーサー王同士やり合おうじゃないか、馬鹿弟子!」
それは先代のアーサー王。五百年前に命を落としたはずの存在が、今敵として立ち塞がった。




