第五十六話 血に塗れようとも
たとえ世間が何と言おうと
貴方は私にとって大切な人
(要約:一歩前進)
倒れ、動かなくなったキャスパリューグを見下ろすギラファに、駆け寄る姿が一人。
「蜜希か……」
しまった、と、ギラファは思う。今の戦い方は蜜希にだけは見られたくはなかった、と。
「ギラファさん……」
名前を呼ぶ彼女の声には、僅かに戸惑いの色が見える。
それはそうだろう。精霊種であるキャスパリューグの体は次第に光となって地脈に還り始めているとはいえ、今の自分の牙はその血に赤く塗れている。
自分で先程キャスパリューグに告げた通り、これではただのバケモノでしかない。
……流石に、このような所を見られては、な
他の人達に恐れられるのは構わない。だが、蜜希に嫌われる事だけは耐えられそうにない。そんな自分の感情に半ば戸惑いながらも、何時までも無言で居るわけにはいかないと言葉を作る。
「すまない、君には、このようなところは――」
「なんっっっっすか! さっきの滅茶苦茶カッコイイ戦い方!?」
「は?」
●
蜜希としては、実は前々から気になっては居たのだ。
……ギラファさん、基本的に回避主体で、防御も剣でしかしないんすよね。
あれだけ強固な外殻を持って居ながら、絶対に体で攻撃を受け止めようとしない。訓練の最中、無視してもいい様な一撃にさえ反応し、過剰と言えるほどに体への被弾を避けていた。
その上、あの大顎だ。絶対にアレで戦うのがカッコイイと思うのに、先の遺骸の上でも、キャメロットでの訓練中でも、頑なに彼は大剣以外での攻撃をしていない。何か理由があるのだろうが、流石に聞くのは少し遠慮していた。
そこに今の戦い方だ。
「普段の二刀を使った回避主体のスマートな戦い方とは一転。その身で攻撃を受け止めながら相手を腕で掴んで引き寄せてからのバインティング! 何時ものが『~仔牛のソテー果実のソースを添えて~』だとしたらさっきのは『炭焼きワンパウンドステーキに岩塩』って感じで荒々しさの作り出すワイルドな魅力が――――」
「す、少し落ち着きたまえ蜜希」
おっといけない。昂る気持ちが言葉となって口を出ていた様だ。
一発自分の頬を叩いてはいオッケー!
「あっハイ落ち着いたっす!」
「切り替えが極端すぎないかね? ――ではなく、その、怖くは無いのかね?」
こわい? ギラファの戦い方の事だろうか。確かにバインティングでギロチン殺法は年齢制限掛かりそうな戦法ではあるが、自分としてはむしろ大好物である。
「いやいや、微塵も怖くは無いっすよ? というかカッコいいっす。やっぱりクワガタモチーフで立派な大顎ついてるなら噛み付き攻撃はロマンっすよロマン、テンション上がるっすね!」
「…………」
無言のギラファに、自分は言葉を続ける。それはつい先ほどの事で、
「ここに来る前に希お祖母ちゃんから通信入って、ギラファさんが剣を使ってる理由は聞いたっすよ。」
あの祖母と来たら、気軽にこっち来てククルゥちゃんやフィーネと茶をしばいてるらしいのだが、いくら何でもフリーダム過ぎでは無いだろうか? 試しに手伝ってくれないか聞いてみた所、「アタシが出たら五秒で終わるさね」とか言って断られた。
流石にホラだと思いたいが、たぶん出来るのだろうなあの人なら……。
それはそれとして、今はギラファについてだ。確かに祖母の言った理屈も分かるし、世間一般に対しては二刀の英雄の方が聞こえは良いだろう。
だが、
「私は、剣を使って戦うギラファさんも、牙や爪で戦うギラファさんも、どっちも大好きっすよ? ――欲を言えば、二刀を使いながら大顎も使ってくれると美味しいとこ盛り合わせでヒャッハー万歳無限平野! って感じっすけど!」
「万歳無限平野……」
違う、いや違わないが今伝えるべきはそうじゃない。落ち着け私。
「いいっすか、ギラファさん。」
言う。少しでも彼の心を軽くできる様に、
「たとえ周りの人達が何と言おうとも、私にとってギラファさんは恩人で、恋人で、ずっと一緒に居たいと思える大切な存在っす。もし誰かが貴方をバケモノと呼んだら、私が言ってやるっすよ。『サイコーにカッコいいでしょ、私の恋人は?』って。」
ああそうだ、自分にとって彼は特別な存在。それは戦い方や周りからの言葉などで揺らぐものでは無いし、私自身が揺らがせない。
「だから安心していいですよ、ギラファさん。」
自分が近付くと、ギラファは僅かに狼狽える様に後ろに下がり、
「……ダメだ、君の体に返り血が付くことになる。」
無言で、その返り血に塗れた体を抱き締める。驚いたギラファが逃れようとするが、優しい彼が自分を強引に引き剥がせる筈も無い。
見上げる。体格差で顔が遠いのは御愛嬌、でも彼に座ってもらえば問題は無い。
「ふふ、これで私もギラファさんとお揃いっすね?」
「何を――――」
唇を彼の口元に触れさせて、言葉を奪う。
口から声を出している訳では無くとも、その行動に驚いた彼は言葉を止めた。
浴びた返り血の匂いの他に、僅かに香るのは何時も彼が好む甘い蜂蜜で、
「――ん、」
数秒を置いて、唇を離す。熱を持った頬は自分の意志では止められず、彼を見上げる視線は酷く震えている。
「今のギラファさんでも、私は気にしないって分かったっすか? ……因みにファーストキスなんで、そこんとこよろしくお願いするっす。」
自分の言葉に、彼は苦笑。
「安心したまえ、私もだ。 ――しかしこのようなムードの欠片も無い状況でとは、私達らしいと言うか、何と言うか。」
釣られるように自分も苦笑を返す。確かにムードもへったくれも無いが、今この気持ちを伝えたいと思ったのだから仕方がない。
「いいじゃないっすか。ムードのあるキスは今度のお楽しみっす!」
「ほう、それは期待しておくとしようか。」
しまった、話の流れ的にこれ自分がムードを演出しなきゃいけないやつでは?
まあそれはまた今度考えるとして、
「さて、そろそろ手伝わないとパー子が怒りそうっすからね。行きましょう、ギラファさん!」
「ああ、行こうか、蜜希。」




