第五十四話 怪猫キャスパリューグ
●
蜜希が儀式を破壊し、遠くアーサー王の宣誓と騎士達の喝采を聞くギラファは、一つ息を入れなおす。
先程の光の柱。何をどうしたのかは分からないが、蜜希が為したことであるのは疑いようもない。
「これは、こちらも無様は見せられんな――!!」
現状、ギラファは死霊をパーシヴァルに任せて半ば無視しつつ、キャスパリューグとの戦闘に専念していた。
二刀を交差する様に切り上げ、振り下ろされた爪を弾く。
本来の爪の他に、体毛が金属の様に硬質化した刃爪とも呼べる武器。掌から肘に向けて備わったそれは、時に翼の様に開いて間合いを伸長する。
「――、相変わらず口調の割に繊細な身のこなしだな、キャスパリューグ!」
「口でカチコミ掛けてるわけじゃねえからな、伊達に千年生きてねえんだわ!!」
その場で左前足を軸に独楽のようにキャスパリューグの体が回る。風切りの音と共に振るわれた尾に対し、自分は背の翅を展開。上を側転の様に飛び越えつつすれ違い様に振った左の大剣は、身を沈める事で躱された。
着地場所へと迫る前足の爪を背の翅で再度上昇、そして急降下。
首筋狙いで振り下ろした刃を、キャスパリューグは背後へと跳躍して回避する。
「てめえこそ、その見た目でその動きはおかしいだろうが! 空中で回避軌道とるんじゃねぇ!!」
「なんの為に翅があると思っているのかね、それに――」
前方のキャスパリューグに視線を向けたまま、右手の大剣を下から切り上げつつ背後へと振り返る。
虚空を斬る様に振った刃は、不意に背後へと現れたもう一体のキャスパリューグの胸を浅く裂いた。
「――――ッ!」
キャスパリューグの舌打ちが響くと同時、先程まで言葉を交わしていた方のキャスパリューグの姿が風に吹かれて虚空へ消える。
幻影だ。
「相変わらず視覚に頼った幻影だな。手の内が割れていては引っかかるものでは無い。」
初見の相手ならばいざ知らず、幻影を多用する相手だとわかっているなら対策のしようもあるという物だ。
……もっとも、処理する情報量を単純に増やされることになるのは余り好ましくは無いがな。
注意しなければならない情報が増えるればその分だけミスが生じやすくなる。ましてやパーシヴァルに任せているとは言え、現状も死霊は絶えず出現している。その対応にも思考を割く以上、どうしてもキャスパリューグにだけ意識を向けるわけにはいかない。
「オラァッ!!」
袈裟斬りの様に放たれた爪をギリギリで回避し攻撃に転じようとして、不意に違和感を感じ大剣を防御に翳す。
「――――ッ!」
硬音。見えている爪の位置より三十センチほど前で何かが大剣に直撃した。
「はあ!? いきなりこれに対応すんのかよ!?」
キャスパリューグの怒声を聞きつつ、たった今起きた現象の理由を推察する。
回避に踏み切る直前に感じた違和感は、見えている爪の軌道に対し、甲殻に生えた微細な体毛で感じる空気の揺らぎとキャスパリューグの放つ殺気の向かう場所とがズレていたことだ。
「なるほど、自身の腕に透明化の幻影を掛けた上で、それにワンテンポ遅れる形で追随する腕の幻影を重ねたか。」
腕だけ、と言うのが巧妙だ。
全身の挙動を幻影で誤魔化していれば、大気の揺らぎや風切りの音、何より放たれる殺気の違和から手練れの戦士はそれを感覚で察知するだろう。だが腕のみ、それも僅かに攻撃のタイミングをずらす様に用いる事で発生する違和感を最小に抑え、不意打ちに近い奇襲を可能にしている。
「これは、少々面倒だな!」
爪の横振り。実体、背後へ下がって回避。
尾による追撃。虚像、視覚より僅かに間合いが長い、上を飛び越える様に側転。
着地に被る様に噛み付き。実体、身をその場で縦に回し、顎をやり過ごしつつ両手の双刃で円を描くように斬撃。
「ちいぃ! 本当にムカつく野郎だぜ、涼しい顔で避けやがってよ!!」
「いや、涼しい顔も何も、私に表情筋は無いのだが……」
「ぶふっ! ――教官、笑わせないでくださいまし!!」
そこそこ離れた位置にいるパーシヴァルから抗議の声が響くが、こっちの会話を聞く余裕があるのなら大丈夫だろうて。
「何より、余裕がないのはこちらの方だからな!!」
着地し、背後から迫る爪を振り返らずに大剣で受け止め、回り込んでくる尾の一撃をもう片方の大剣で上に弾く。
そのまま身を低く沈めれば、頭上を大剣で受け止めたのとは逆の爪が通過していった。
「本当メンドクセエ、背中に目でもついてんのかよ!?」
「見れば分かるだろうに、馬鹿かね貴様?」
「ああ!?」
実は複眼の形状的にある程度後方まで視覚はあるのだが、どちらかと言うと触覚や全身の細い毛ともいえる感覚器による情報が主だ。
抱き締める様に振るわれた双の爪を大剣で外に弾き、地を蹴って後方へ宙返りを放てば、逆さになった頭部の直下を鞭のように振るわれた尾が通過した。
「行くぜええッ!!」
雄叫びと共にその動きが加速した。
実体と幻影を織り交ぜ四肢を振るう白き獣が、黒き甲虫に幾重にも重なる様に殺到する。
大きく回避しようとすれば可能だが、それでは損傷を与える事が出来ない。故に自分はあえてその渦に飛び込む選択を選んだ。
「―――――ッ!」
足を前に、体を回せ、両手に握るは二振りの刃。風切るそれは如何なる障害も斬り伏せ踏破する為の力なり。
幻影が入り混じる連撃の渦。視覚だけでなく、体で感じる風、音、数瞬前の相手の動きを元に、虚像と実体の真偽を見抜く。
爪を弾き、尾を逸らし、牙を受け止める。刃の軌跡には赤い色彩が混じりだし、衝撃の度にその軌跡は色彩を濃く宿す。
「――ッ、おおおお!!」
純白だった体には赤のラインが滲み、爪には刃毀れとも言うべき傷跡が重なる。
だがキャスパリューグは爪撃を止める事はしない。最早愚直とも言えるその行動に、ギラファは微かな違和感を感じた。
……負傷を度外視している? いや、違う、これはむしろ――
疑念が答えを導き出す。だが幻影の処理に思考を割かれ、その疑念に辿り着くまでに時間を掛け過ぎた。
「オオオオオオッ!!」
キャスパリューグの爪を重ねた大剣で受け止め、弾き返そうとした力が、不意に素通りしたかのように突き抜ける。
「――これが狙いか!!」
叫び、手元へと視線を向ける。
握りしめた柄の先、漆黒の刀身を持つ二振りの大剣が、素焼きの陶器のように砕け散っていた。




