第四十六話 親子の決意
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「――陛下!!」
大広間へと飛びこんだアグラヴェインは、通信の術式陣を脇に退け、即座に王の元へと駆け抜ける。
……多少強引にでも、モードレッド卿を引き離す!
事情を聞くのはその後だ、まずは向こうの計画を阻止することが優先。そう思い踏み込んだ足が、不意にもつれた。
「――――!?」
崩れかけたバランスを強引に戻すが、その動作はいつもと比べてすさまじく遅い。
何らかのトラップかと思ったが、違う。これはもっと単純に、自分の想像する速度と、実際の速度の齟齬に体が追い付かずにもつれたのだ。
「『忠義』の権能が封じられた!?」
「うーわ、速攻で気付いて転びもしないとか、流石円卓最強、メンドクセー……」
おどけた口調で告げる神格に、自分は光を失った直剣を構えなおす。
「貴様の仕業か、マーリン。」
「勿論、内緒にしていたけど、僕は君達円卓の武具の管理者権限を有している。だから今この場では、君のそれはただの丈夫な直剣だよ、アグラヴェイン。」
「できれば、ここから出て戦線に戻ってくれると嬉しい。そうしたら、武具の権限も返すと約束するよ?」
その問いに答える意味は無い、今この場で問うべきなのは自分の方だ。
「……何故、このような狼藉を行った、モルガン?」
「あれ!? 僕の提案ガン無視!?」
やかましい、だが視線の先、じっとモードレッドを見つめていたモルガンが、こちらへと振り向く。
「何故と言われれば、この国の為となるわね、アグラヴェイン卿。」
感情を押し殺した声、それでいて尚、その声音には悲しみを帯びた震えが混ざり合っている。
「それは、我が子を犠牲にしても叶えなければならないのか?」
「それは―――」
「聞こえていたとも、モードレッド卿は貴様の実の娘だとな。そして、貴様が卿を心の底から溺愛している事など誰でも知っている。それが、何故?」
自分の問いに、モルガンは表情を消した。
「……簡単な事よ、もとよりモードレッドは、その為に産んだ子供だもの。」
「何……?」
王の呟きに、モルガンはゆっくりと息を吸う。
「そうね、時間稼ぎも兼ねて、一つ、昔話をしてあげるわ。」
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五百年前の災厄の折、当時のアーサー王はその命を終えた。
今代と違い、純粋に刀剣として聖剣を用いていたが、彼女の聖剣との適合率は歴代の中でもずば抜けていて、実際、災厄との戦闘でも苦戦する素振りも見せず、聖剣の力を最大まで引き出し、勝利を重ねていた。
「けれど、当時を知る貴方達も知っている通り、彼女は命を落とした。聖剣の力を引き出しすぎた事で、その体が耐えられずに、ね。」
あれは正直堪えた、聖剣の出力調整などは湖の精である自分の管轄だ。何度も出力を規制したり、彼女に警告したものだったが、彼女はいつも、笑って言った。
「『出力絞って負けたんでは民に合わせる顔がない。なに、私なら大丈夫だ』なんて、実際はもうボロボロだったでしょうに。私は彼女を止められなかった。だから彼女が死んだあと、考えたのです。どうすれば、二度とあのような事を繰り返さずに済むか、と。」
結論としては、聖剣の出力を限界まで引き出し続ければ、如何に襲名者とはいえ耐えられるものでは無いとわかった。
それほどまでに、聖剣の力は強大なのだ、それこそ神格に匹敵する程に。
「出力を制限しては、強大な敵に太刀打ちできない。ならば、解決方法は一つ、それを使う者の肉体を、本物の神格にまで高めるしかないのです。」
武具に選ばれた襲名者はその体を半神へと至らせるが、所詮元は人間。如何に聖剣と言えど、単独では神格にまで至る程の権能は無い。
ではどうするべきか、思い付いた答えは単純だ。聖剣だけでは届かないなら、もう一つの武具の権能を掛け合わせればいい。
「とはいえ、実際にそれを為すには、武具同士で拒絶反応が起きてしまう。何より、二つの襲名を同時に得るなど前代未聞。そこで私は、もう一つ聖剣を作ることにしたのです、正確には、聖剣の力を宿した生贄を。」
自分の因子と、聖剣から抽出した因子を混ぜ合わせ、この身に宿す。自分は神格であるが、元の存在であるモルガンは多くの人間の子を宿した存在だ。産まれる子供は、只の人と変わりはしないだろう。
それでも、聖剣の因子を持って生まれた子供を生贄に、聖剣の権能を強化すれば、あるいは今代のアーサー王は神格に届き、人である事と引き換えに、永久にこの国を守護できるかもしれない。
確実ではないが、少なくとも聖剣の出力に伴い、襲名者の能力も向上するはずだ。
「我が子を生贄にする。地球時代のモルガンならば十分に行うだろう事です。だから私はそれを実行し、人としてのアーサー王を殺した罪を背負い、生きていこうと。――けど、馬鹿でした。」
生まれ、自らの腕の中で産声を上げる赤子を見つめた時に、気が付いてしまった。
「自分の子供という物が、どれだけ尊い宝物か。地球時代の記録しか知らなかった私は、その時初めて、そんな当たり前の母親としての想いを知って、泣き崩れました。」
ああ、そうだ。生まれたてのあの子の顔を見た瞬間、自分は本当の意味で母親という物を知った。
この子の為なら、自分を犠牲にしてもかまわない、そう思うほどの感情を、初めて自覚した。
「私は、その時一度、計画を全て凍結しました。計画を書き連ねた紙を封印し、けれど捨てられなかったのは、今にして思えば悪手でしたね。」
その後、自分はただの母親としてあの子を育てた。
宿した経緯もあり、表向きは見込みのある孤児を養子に取ったとして、けれど家では実の母親として、自分に持てる限りの愛情を注いだ。
食事の準備に入浴やおしめの交換、何もかも初めてで大変だったのを覚えている。けれど、あの子の成長を見守る喜びに、気が付けば周りから親馬鹿と言われる始末。
それでいいと思った、このままただの母親として、あの子の成長を見守り続けようと。けれど二年前のあの日、止めていた筈の歯車が、再び動き始めたのだ。
「二年前のあの日、いつもの様に夕食の準備をしていた私に、あの子が、『叛逆の剣』と共に凍結した筈の計画書を持って来たのですよ。」
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「母様、私は、母様の願いを叶えたい。」
「はい? 何のこと――」
振り向いた視界に映る、見覚えのある紙束と円卓の武具に、モルガンの顔が緊張に強張る。
「貴女、どうしてそれを――!!」
「勝手に封印を解き、計画書を読んだ事は謝ります。でもパスワードが私の誕生日なのは流石にどうかと……」
「い、いいでしょう別に! 絶対に忘れる事が無いんですから!! って、そうじゃなくて!!」
「なんのつもりです? それはとっくの昔に捨てた計画、貴方が犠牲になる必要など無いのです!」
思わず声を荒らげるモルガンに対し、娘は既に覚悟を決めたように動じない。
「……ずっと、考えて居たのです。神格である母様の娘でありながら、人と同じ体である私では、そう長くは共には居られないと。」
「……ッ!」
それは、自分としても考えて居なかったわけでは無い。だが、身勝手に子供を宿した罰として受け入れていたことだ。
「この計画を実行すれば、私が存在した証はアーサー王と共に残り続ける。母様と一緒に、永遠に。」
「馬鹿を言わないで! 聖剣に捧げられた貴女の意識は消え去ってしまう、それに何の意味があるのです!!」
「意味はありますよ、母様。」
あ、と思った。清々しさを覚えるほどの笑み、この顔をした時のこの子は、決して自分の意志を曲げようとしないのだ。
「この計画があったから、私は母様に出会えた。母様はそんな事に関係なく愛してくれたと思いますが、でも、この計画が無ければ、私は此処に居なかったのです。――だから、私はこの計画を叶えたい。何より、母様が愛したこの国を護りたい。」
手にした『叛逆の剣』を掲げて、娘は言葉を続ける。
「先程そう決意した時に、私の前にこの剣が現れました。」
「『叛逆の剣』、その名に反してその本質は聖剣に極めて近しい物でした。ならば、これを私の体に宿すことが出来れば、より確実にアーサー王の神格化は果たせるはずです。」
「……意志を変える気は、無いのですね?」
「はい、たとえ母様が拒否しても、私は私で計画を進めさせて頂きます。」
「――この、馬鹿娘!」
モルガンの平手が、娘の頬へと張られ、乾いた音が室内に響く。
その上で、娘を抱き締めながら、モルガンは告げる。
「……分かりました、私も覚悟を決めます。せめて、母として貴女の助けになりましょう。」
「ありがとう、母様。貴女の娘で、幸いでした。」
声に見える僅かな震えは、娘の物か、それとも嗚咽を押さえられない自分の震えが伝播したのか。
「私も、貴女の母で、幸せでしたよ、―――。」
もう二度と呼ぶことは無い、娘の名を囁き、モルガンは抱き締めを解く。
「叛逆の騎士モードレッド、これからはその名を名乗りなさい、我が娘よ。」
それが、親子の運命を決定づけた日の出来事だった。




