第四十二話 それぞれのひととき
自分よりも他人を優先することは
一周回って自分の為だと言う事だ
(要約:不器用ですね)
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「……始まりましたね。」
王城の一室、一際厳重な術式保護が掛けられた室内。窓際に座るフィーネへと、ベッドに腰かけたククルゥが声を掛ける。
「いいのか、アンタは行かなくて? 心配しなくても逃げたりしねぇよ、ここの飯は美味ぇからな。」
少女の気遣いに、しかし従者は首を横に振る。
「いえ、大丈夫ですよ、ククルゥ様。ご心配ありがとう御座います。」
「だめですね、頭では私が出向かない事が最善と分かってはいるのですが、どうしても、お役に立ちたいという気持ちは抜けきりません。」
「あー、さっき話してた災厄の残滓が云々って奴か」
「はい、私の左目に残る残滓は極僅かな物ではありますが、戦闘中に目の痛みで蹲るなど言語道断ですからね。」
「つっても、浸食防止の封印はしてんだろ? そこまで慎重にならなくてもいいんじゃねえのか?」
「それはその通りなのですが、やはり、怖いと言う気持ちもあるのです。かつての私は、護るべき人々を自らの手で傷付けてしまった。……私の意思では無かったとしても、それは私の罪であり、二度と繰り返してはいけない物なのです。」
そうか、と頷いた少女は、ベッドを降りるとフィーネの膝へとまたがる様に向かい合わせで座り込む。
「あの、ククルゥ様、どうされましたか?」
困惑するフィーネの頭へと、少女の小さな掌が伸び、優しく髪を梳くように撫で始める。
「いや、なんだ、アンタは頑張ってるよ。だから、もうちょい自分を許してもいいんじゃねえの?」
「……ありがとうございます、ククルゥ様。」
思わず、と言った仕草で抱き締められた少女の顔が朱に染まる。
「お、おう、まあ、まだ自分じゃ難しいってんなら、蜜希やパーシヴァル達が許してくれんだろ。あの二人のお人好し具合尋常じゃねぇからな。」
「ふふ、そうですね。ですがそれは、貴女も相当ですよ、ククルゥ様?」
「勘弁してくれ。――絆されてる自覚はあるんだ、指摘されると顔から火が出るっての。」
しばしの時間を置いて、フィーネが少女を抱き締めていた腕を解く。
「ありがとうございました、大分心が楽になりました。」
「そいつは良かった。んじゃま、術式陣で向こうの様子でも聞きながらお茶でも飲もうぜ、アタシは紅茶がいいな、砂糖とミルクマシマシでさ。」
「蜜希やギラファじゃなくて悪いが、アタシの役に立ってくれないかい? フィーネさんよ。」
少女のわざとらしい言い回しに、フィーネは笑みを強くする。
「勿論ですとも、ククルゥ様。蜜希様達には悪いですが、おいしいケーキもご用意いたしましょう。」
「いいねぇ、嵐の中で茶会としゃれこもうぜ。」
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同時刻、王城の中庭に、二人の人影が佇んでいた。
咲き乱れる花を眺めつつ、泉の脇に座り込む影は、紫のドレスに身を包んだ美しい女性の姿。
「アーサー王はどうしてるのかしら、マーリン?」
「発射場で待機するってゴネてたのを、なんとかモードレッドと宥めて来たよ。今は二人ですぐ下の大広間に居て貰ってる。」
女性を後ろから見守る様に立つのは、桃色の髪を二つに縛った少女の様な姿。
「そう……そんなところで突っ立てないで、こちらに座ったらどうかしら?」
「じゃあ、お言葉に甘えて。」
促しに、マーリンは前に歩を進めて座り込む。
しばしの沈黙、じっと無言で水面を見つめるモルガンが、ゆっくりと口を開く。
「ここの花も、随分と綺麗になりましたね。あの子が世話をすると言った時は驚きましたが、家でも庭の花を良く手入れしていましたから、任せて見れば、本当に大したものです。」
家で見せたのと同じ、昔の口調で話すモルガンに、自然とマーリンの肩からも力が抜ける。
「そうだね、君の加護で咲く花の特性を、ずっと傍で見て学んでいたんだろう。モードレッドは優しい子だ、本当は円卓の騎士なんて似合わない程に、ね。」
「あら、あの子に『叛逆の剣』を与えたのは貴方ではないですか、マーリン?」
「うぇっ!? 僕が円卓の武具の管理者だって知ってたの? 誰にも話したこと無かったのに。」
「何千年共に居たと思ってるのですか、言われなくても分かりますよ、そのくらい。」
「そっかー、バレてたかー。でも、モードレッドに与えたってのは、半分不正解。適性があるのは知ってたけど、僕はずっと、あの子に武具が向かわないように抑えてたんだ。」
マーリンの返答に、モルガンが眉を上げる。
「何故ですか? モードレッドの襲名者はここ千年は不在だった程の珍しさです。素質があったなら、即座に武具と契約させるべきでしょう。」
「あー、そうだね、僕の本来の仕事としては、そうだ。――でもさ、僕はあの子に、モードレッドになって欲しくは無かった。ただ、君の子供として、その一生を過ごしてほしかったんだよ、モルガン。」
「それは――」
「あの子と居る時の君は、本当に幸せそうだった。あの子がモードレッドになってしまったら、君はあの子を死なせなければならなくなる。だから、僕はあの子に剣を与えるつもりは無かったんだ、あの日まではね。」
「そう、そういう事だったのですね……。あの日、凍結した計画書と共にあの子が『叛逆の剣』を持ってきた時は、一瞬貴方を恨んだ物でしたが……あれは、貴方なりの気遣いだったのですね。」
「そんなものじゃないさ。というか、謝らないといけないのは事実なんだ、襲名者の選定の為に、素質のあるモノの事は常に監視していたからね。――あ、プライバシーにかかわる部分はキチンと半自動で遮断してるよ、これでも永いことやってるから。」
「あの子の裸を見て居たら殺すところでしたよ、マーリン。」
「親馬鹿過ぎない? あーまって、まっていま真面目タイムだから、うんうんありがとう。――それでさ。あの子が君の計画書を見つけた時に、悟っちゃったんだ。この子は止まらない、君が否定しても意地でもやり遂げようとするって。
だから、君を説得できるだけの材料として『叛逆の剣』を送った、恨んでいいんだよモルガン、間接的に僕は君を追い込んだんだから。」
「恨みませんよ、もとはと言えば私が立てた計画です。もっとも、実行したくは、ありませんでしたが。」
再びの無言、永遠にも思える沈黙を破り、モルガンが立ち上がる。
「――行きましょう、マーリン。今なら邪魔は入りません、計画を実行するには最善のタイミングでしょう。」
「はいはい、わかってるよ。まあ間違いなくアグラヴェインは戻って来るだろうけど、彼だけなら何とかなるか。」
軽く伸びをして、マーリンがモルガンに正面から向き合う。
「マーリン、全てが終わったら、その時は、この泉と花園を、お願いしますね。」
「自分でやりなよ、って言いたいところだけど、君は君を許せないもんなぁ……」
「当然です、我が子を自ら犠牲にした母親など、のうのうと生き延びていいはずがありませんから。」
「それ地球時代のモルガンを全否定してる気がするけど、真面目な君の場合はそうだよねえ……。」
向き合い、距離を詰めたマーリンが、下から見上げる様に視線を動かす。
「ねぇ、最後に少しだけ、君の時間を貰ってもいいかい? モルガン。」
「? 構いませんが、一体なにを――」
疑問の声を上げたモルガンの唇が、背伸びをしたマーリンの唇で塞がれる。
思わず強引に振りほどき、顔を真紅に染めたモルガンが叫ぶ。
「あ、貴方一体何を――」
その叫びは、再度重ねられた唇に封じ込められた。
「ずっとずっと、好きだったよ、モルガン。――――ごめんね、これが最後だから、どうしても、伝えておきたかった。」
「それじゃあ、僕は先に行って準備をしておくよ。 じゃあね!」
慌てる様にマーリンが魔術で消え去り、一人残されたモルガンは、そっと唇に指先で触れる。
「――まったく、もっと早くに言いなさいよ、馬鹿。」
彼を追う様に、水流に包まれたモルガンの姿が消えた。
後に残るのは、変わらず咲き誇る花の園。
水流に巻き込まれ散ったアヤメの花弁が水面に浮かび、ゆっくりと、沈んでいった。




