第三十六話 嵐の予兆
平和の終わりは突然に
此方を無視して押し寄せる
(要約:再来)
「ふひー、疲れたっすー」
「お疲れ様ですわ、本日の所は此処までにいたしましょう。」
王城に泊まり込むようになってから早一週間。今日はパーシヴァルに付き合って貰い、この間フィーネに造って貰った武器の訓練を行っていた。
今の居場所は王城に隣接する形で設けられた兵の訓練所の中、模擬試合を行う円形闘技場だ。
「お二人共、こちら水分補給用のお飲み物です。」
フィーネから差し出されたストロー付きのボトルを受け取り、中身を啜る。レモンの酸味と蜂蜜の甘みが運動後の体に染みわたる。
「レモネードっすか、運動後にはいい感じっすねこの酸味。」
「あら、レモネードって炭酸飲料ではありませんの?」
横で同じ様にボトルに口を付けるパーシヴァルの疑問に、腰を下ろしたフィーネが答える。
「蜜希様の居た日本では、レモン果汁に蜂蜜などの甘味料と冷水を注いだものですね。地球側では日本やアメリカなどがこの形式で、西洋ではパーシヴァル卿の言う炭酸の入った物がレモネードと言われておりますが、その辺りはこちらの世界も同様ですね。」
「ああ、国や地域ごとに名称に差があるのはよくある事ですわね。こちらの世界は割と文化が地球側の対応国家に引っ張られてますから、言語は統一されているのに結構そうした差が出てくるのですわよねー。」
今川焼の各地名称の様な物だろうか。アレ、大判焼きや回転焼きは分かるのだが、御座候は意味が分からんと言うかなんて読むんすかあれ。
「なんか異世界に居る意味……!! ってなって来たっすけど、円卓の騎士相手に銃ぶっぱしてるだけで滅茶苦茶異世界だったすね。」
自分の言葉に、ふと思い出したようにパーシヴァルが告げる。
「銃と言えば、ワイルドハントの時も思いましたけれど、随分動けますわね蜜希。」
「あー、前も言ったっすけど、ちょいとこっち来た時に竜皇さんにガン飛ばされて加護授かったもんで」
アレが無ければとっくの昔に死んでいた可能性が高いし、先程のパーシヴァルとの訓練も形にすらならなかっただろう。
しかしパーシヴァルは首を横に振り、
「いえ、そうでは無くて、体の動かし方はまだまだですけれど、随分と戦闘における間を掴んでいるものと感心したのですわ。」
「間っすか?」
「ええ、こう動けばこの攻撃に対応できる。こうすれば相手はこう動くだろう。と言った、戦闘における流れやイメージと言えばいいんでしょうか」
あー、それはやはり、アレだろう。
「私、向こうに居たころは虫取りの他にゲームばっかやってたんすけど、ゲームの中でも相手が使ってくる攻撃や動作ってある程度決まりというか、型みたいなのがあるんすよ、それが結構活きてるかもしれないっすね。」
勿論、ゲームはゲームであり、実際の戦闘とはまるで違うのだろうが、それでもその知識や経験がすべて無駄と言う事は無い。
相手の動きを観察し、その範囲を見極めてこちらの攻撃を差し込む隙を探す。それが戦闘の基本だが、どういった動作の時に隙ができやすいのか、どういった動きをすれば隙をつくことが出来るのか、そのイメージの有無は実際に体を動かす際にも役立ってくる。
「なるほど、イメージとして知っている動きを、竜の加護によって増幅された思考速度で実際の動きに反映させている訳ですね。」
「そういう事っす。特に自分の場合遠距離攻撃なんで、どういう位置にどういうタイミングで打ち込むと避け難いのかを意識してるっすね。」
「足を狙って飛ばせておきながら着地を狙って来た時は、こいつ性格が悪いってなりましたわね。」
「それを槍の加速術式で二段ジャンプしてかわすパー子もどうかと思うっすよ?」
しかもパーシヴァルの動きにはかなりの余裕があった。こちらの動きに合わせて大分抑えてくれているのは一目瞭然なので、褒められてもあまりうれしくは無い、嘘、本当はそこそこ嬉しい。
「けどまあ、攻撃に関してはこの『希望』の性能に頼りっぱなしっすからねー。」
そう言って掲げる白磁の羽根を組み合わせた様な拳銃は、ガソリンスタンドのノズル程のサイズに反して、ペットボトルのお茶より軽い。実際に光弾が撃てる所を見て居なければ、飾りのついた工芸品の様にも思えてしまう。
自分がフィーネに頼んだ機能の中に、視線でロックした座標への誘導機能がある。それのお陰で今まで銃など持ったことの無い自分でも狙った位置へ弾を届かせることが出来るのだ。
「そう謙遜される事はありませんよ。銃はあくまで道具、それを使いこなせる人がいなければ何の意味も無いのですから。」
「そうですわよ。座標ロックで回避場所を予測して置き弾とか、どう考えても武器に頼りきりの人間の思考じゃありませんわ。」
パー子のそれは暗に性格悪いと告げている気もするが、先程直接言われているのでまあその通りだろう。
「ここ数日パー子やギラファさんに付き合って貰ったおかげで、大分これの使い方も分かって来たっすからね。これならワイルドハントの時みたいなのが来ても、自分の身を守るくらいは何とかなるっすよ。」
攻め気は見せない、あくまでも生き残るための武器だ。だったらシールドとかの方が良いのではとも思うが、相手の動きを制限できないと押し切られるだけなのが防御専門の悲しいところだ、ソロプレイでタンクやるのは効率が悪い。
……あとまあ純粋に直接攻撃を盾で防ぐのは怖いっすからね……なるべく距離取って戦いたいっす。
そんなわけで妨害主体の射撃スタイルという訳だ。
近接攻撃型のギラファを援護する際はちょっと注意が必要だが、同じ遠距離主体のパーシヴァルを援護する分にはあまり気にする必要が無いのも良い。
まあ自分の事なので、実際戦闘に出るとテンション上がってヒャッハーしそうな気はしている。こう、命の危機が迫ると逆に覚悟がキマって来るのだ。脳内麻薬でガンギマリな気もするが自己分泌のアドレナリンやエンドルフィンは合法、違法や脱法薬物はダメ絶対。
「今日はこれで訓練は終了とのことですが、この後は如何致しますか?」
「あー、天気もいいし、ククルゥちゃん連れてご飯食べに行ったりとかもいいっすねー」
どうも今までは食事をする必要が無かったらしく、初めて口にする料理に目を輝かせる表情がとても可愛らしかった。それ以来ククルゥも連れ添って城下へ昼食を食べに行くことが増えたのだが、ギラファさんとククルゥちゃんと三人で歩いてたら隠し子認定されてスレッドが回った、私の頭も回った、恥ずかしさと嬉しさでグワングワンって感じに。
そんな事を思い返しながら見上げる空は、何処までも突き抜ける様な青の色。
――の、筈だった。
「――二人共、あれって!!」
視線の先、青空に生じた染みの様な暗がりは、酷く見覚えのある雰囲気を思い起こさせる。
だが、生じた染みは広がることは無く、まるで嵐の前の静けさの様にその場にとどまり続けている。
「ワイルドハントの兆候!? こんな短期間にですの!?」
「これは……ッ!?」
フィーネが、突然左目を押さえて蹲った。自分はその背に駆け寄ろうとして――
「いけません!!」
今まで聞いたことも無い強い拒絶の言葉に、思わず足を止めてしまう。
「――大丈夫、大丈夫です、直ぐに収まりますので。」
こちらへ掌を立てて制止しつつ、ゆっくりとフィーネが呼吸を整える。
「――ふう、すみません、少々手間取りました。」
「一体どうしましたの? ワイルドハントに反応していたようですけれど」
「いえ、違います……私の左目は、災厄の残滓に反応するのです。」
「――!!」
フィーネの一言に、パーシヴァルの表情が緊張をはらんだものに変わる。
災厄というと、遥か大昔に女神様が討ち倒し、五百年前に祖母たちがその残滓と戦ったというモノだったはずだ。
「それを踏まえて、あのワイルドハントの兆しへの対策をする必要があります。至急、アーサー王へ取次ぎを、パーシヴァル卿。」
穏やかな日常は唐突に終わりを告げ、新たな災いが巻き起ころうとしていた。




