第三十四話 真夜中の質疑応答
「……ん」
深夜、暗い室内で少女が目を覚ます。
軽く二度三度瞬きし、自分の体が柔らかなベッドに寝かされていることを悟る。
月明りで薄っすら見える天井や壁の装飾から、まるで貴族の屋敷の様な印象を受ける室内に、咄嗟に少女は飛び起きる様に体を起こした。
「そんなに急に動くと、体に障りますよ?」
「誰だ!?」
突然聞こえた声に、少女は勢いよくそちらに顔を振る。
視線の先に居たのは、椅子に腰かけ此方を見つめる、全身をメイド服に包んだ白髪の女だった。
「私の名はフィーネ、それからここは術式で外部から隔離されていますから、追っ手を気にする必要はありませんよ?」
聞こえた言葉とその姿に、フィーネと名乗った女が、薄っすらと残る昼間の記憶から思い起こされる。
自分を助けた者だとすれば、いたずらに不信感を与えるのは都合が悪い。そう思った少女は表情から力を抜き、見た目相応の笑顔を作る。
「あ……すみません。まずは助けていただいたこと、ありがとうございます。」
「貴女、地脈ネットワークを使った転移を試みましたね?」
「――!?」
言われた内容に、思わず表情に力が戻り、毛布に隠れた手が何かを構える様に動く。
だが、女は少女の様子を気にした風も無く言葉を続ける。
「通信に使われている地脈ネットワークを用いれば、原理的には遥か遠い土地に転移することが出来ます。ただし、ネットワークに掛けられたプロテクトによって転移は禁止されていますし、それを超えて無理に転移すれば最悪存在が消滅します。
それゆえ、転移が目的なら他の術式に頼るのが普通。もし仮に地脈ネットワークを用いて転移するとすれば、それは他の転移手段が無く、また何かの理由で死を覚悟してでもその場から逃れる最終手段。――もっとも、余程の知識と力量が無ければ試みる事すらできない事です。」
「……何が言いたい?」
「それだけのリスクを冒しながら、何から貴女は逃げて来たのですか?」
フィーネの言葉に、少女は暫し黙り込む。そして、数分の熟考を経てから答えを返した。
「悪いが、助けて貰った事に感謝はしてる、が、それを話せる程アタシはアンタを信用できねぇ」
「そうですか……では、話したくなったらお願いいたします。」
「? 拷問でもする気か?」
「しませんよ、貴女に他にも聞きたいことがあるのは事実ですが……」
まぁ、それはそうだろう、突然危険な転移を用いてまで逃げて来たものに対して、質問が一つだけな訳がない。
「……助けられた身だ、答えられる範囲なら返すぜ。」
「――その体の本来の持ち主とは、どう言った関係で?」
「――――!!」
言葉を聞いた瞬間、衝動的に振り上げた右腕、その服の裾から這い出した真珠色の触手がフィーネの喉元へと突きつけられた。
「テメェ……何で分かった?」
今まさに喉元へ触手で出来た槍が突き刺さらんばかりに突きつけられているというのに、女は表情一つ変えはしない。
「貴女の体を調べた時に、判別が困難なほどに隠蔽された傷跡を見つけたのですが、その傷跡から推察するに、内臓を貫かれた致命傷です。しかも傷を負ったのはつい最近……そして、傷跡の隠蔽の仕方は、何か別の存在が融合し強引に破損個所を繋ぎ合わせたモノだと判断致しました。」
こちらの無言を促しととったのか、女は続ける。
「普通に考えれば貴女が少女を殺して乗っ取ったという所でしょうが、私の目と解析術式は特別製でして。――貴女が少女の脳を一切浸食していない事も分かりました。それどころか、むしろその体を極力浸食せず、生命維持と体を動かす為の循環に留めていますね?」
「だとしたら、何だってんだ……?」
自分の言葉に、女は柔らかな笑みを浮かべた。
「貴女は、何らかの理由で致命傷を負ったその少女を助けたいのでしょう?」
突き付けていた触手が、少女の服の袖へと吸い込まれていく。
「……心臓が止まる前に傷は塞いだが、こいつの意識は戻らなかった。傷を受けた痛みに精神が壊れたのか、他の理由があるのかは分からねぇ……。だけど、こいつはアタシの唯一の友達だった。……だから追っ手に追い詰められた時、一か八かで昔聞きかじった地脈ネットワークの裏技に賭けたんだ。」
「裏技?」
「ああ、通信での転移にはプロテクトが掛けられてるが、通信を用いた術式の譲渡は可能だろ? だから自分を一度情報的に術式に変換した上で通信に乗せるんだ。――まぁ、術式化に全能力使うし、溶けた瞬間放り出されるから、何処に流れ着くかも分からねぇ大博打だがな。」
「なるほど……私は周囲の地脈の歪みから地脈を用いた転移だと思いましたが、その様な裏技があったとは。」
何やら考え込むように女がそう答えたが、自分としてはもう二度と試す気は無いのでどうでもいい事だ。
それよりも、出会ったばかりの相手に此処まで話してしまった自分自身の方が問題に感じているくらいである。
……なんつうか、どことなく親近感があるんだよな、この女。
そんな事を考えていた所、女が改めてこちらに向かい合う。
「まだ体は本調子ではないでしょう? 暫くは私がお世話させていただきますので、お名前を教えて貰えますか?」
確かに、傷の治療が完全ではない状態で強引な転移を行ったこともあり、自分の体もこの友人の体もボロボロだ。暫く身を隠せる場を提供して貰えるというのなら願っても無い事だ。
問題があるとすれば、この相手が信用に値するかどうかなのだが、ここまで話してしまった以上、信用する他無いだろう。
故に、自分は答えた。
「ククルゥ。――この身体の本来の持ち主の、アタシの友達がくれた名前だ。」
「良いお名前です、ククルゥ様。これからよろしくお願いいたしますね。」
いや、流石に様付けは予想外だったんだが、まあ、いいか。
そう考えてしまう程度には、自分はこのフィーネと言う女に、心を許してしまって居たのだった。




