第三十一話 猪の軍勢
買い物を済ませ、昼食代わりに街角の屋台で売っていたフィッシュアンドチップスと林檎酒で一杯やりながら街を歩いていた所、不意に警報音の様な放送が鳴り響いた。
「お? なんすかこの音?」
「これは敵襲の警報ですわね。このタイプだと市内への被害は無い、城壁の外で対処可能な物ですわ。」
「敵襲の割には呑気なもんすねパー子……」
まあ自分も割とそっちよりだが、そんなやり取りをしていると、放送から何やら聞いたことのある声が響いてきた。
『はいはーい、市民の皆様、マーリンさんだよー! 今のアラートに関してだけど、城壁から二十キロ位にトゥルッフ・トゥルウィスの軍勢を発見したよー。』
聞こえてくる声音に緊張感は欠片もない、というか、
「なんすかそのトゥルトゥル何とかってのは?」
「トゥルッフ・トゥルウィス、アーサー王伝説に登場する猪の王ですね。」
「猪」
あれは結構面倒くさい、山で何度か出くわしたことがあるが、連中意外と小回りも利くしかなりの速さだ。
しかし、アーサー王の伝説に猪なんていただろうか?
「トゥルッフ・トゥルウィスの軍勢なら、指揮をしている者で厄介さが変わりますわね。親玉が来ていれば私も出場ですわ。」
パーシヴァルの疑問に答える様に、放送で響くマーリンの声は続ける。
「えーっと、バカでかいのは居ないから、危険度はCくらいかなー。あ、奥に銀色のが見える、指揮官はグリギンだね、それなら兵の訓練がてら――え? なにアーサー、自分が行く? えーでも君が行くと一瞬で終わるし。……そろそろ暴れさせろ? はいはい分かったわかったよー!
って訳で市民の皆! アーサー王が出るから気にせず日常を謳歌していてくれたまえー!」
それだけ言って放送が切れる。後に残った市民の反応はと言えば、ちょっと騒がしくはあれど特に慌てた様子は無い。
「なんか大分テキトーだったっすけど、さっきの親玉とかグリギンってのは何すかね?」
自分の疑問に、横で揚げパイを摘まみながらパーシヴァルが答えた。彼女は指に付いた油と砂糖を軽く舐めとり、
「トゥルッフ・トゥルウィスの軍勢はブリテンに存在する敵対存在の一種ですわ。遺骸で戦ったワイルドハントと似たようなものですけれど、こちらは猪ですし、実体がありますの。
彼らは本能としてアーサー王やその係累に闘争を挑むものであり、ある程度の周期性を持って襲ってきますわ。」
言葉の先を、フィーネが引き継ぐ。
「トゥルッフ・トゥルウィスと呼ばれる親玉と、その配下である名在りの数体は、半精霊的な存在であり、倒したとしても時間を経れば自我と記憶を継いで再生します。もっとも、戦闘能力は一度リセットされるので、長く倒されていない物ほど危険になりますが、王であるトゥルッフ・トゥルウィスに関しては、再生直後でも十分な脅威ですね。」
ふむふむ、親玉が居ないから危険度が低いというのはそういう事か。
「先程言っていたグリギンは軍勢の副官的な地位でな、頭が良く計算高い。奴は王がいない場合、ある程度自軍が被害を受ければ撤退を選択するから、こちらも防御重視で騎士たちの練度を上げるのに丁度よいというわけだ。」
「あれ、でもさっきの話だとアーサー王が出るって事っすけど……?」
「理由はある、長く生きた個体程危険なのは上位数体だけでなく、末端の軍勢も同じだ。生まれたては猪突猛進しか知らずとも、経験を積めば奇襲や搦手を使ってくる。そうした個体を出さない様にアーサー自ら出向いて殲滅するのが理由の一つ。」
「後の理由は、ここの所戦闘に出れていない陛下の憂さ晴らしですわねー」
なんかそっちの理由の方がメインの様な気がするが、内勤続きだと体を動かしたくなるのは分かると言えば分かる。
すると、ギラファがこちらに手を差し出してきた。
「行こう、神話級礼装であるエクスカリバーを宿したアーサー王の戦闘風景、城壁の上からでも見る価値はあると思うぞ、功刀・蜜希。」
ギラファの提案に、自分は自然と笑みが浮かぶ。
フィッシュアンドチップスの残りを口に詰め込み、林檎酒で飲み込む。手に持ったゴミをフィーネが差し出した袋に入れ、
「まってました! そう来なくっちゃっすよね!」
●
アーサー王の居城、その中央棟の最上階に、忙しない人々の声が響く。
「照準術式、方位角固定! 続いて術式カタパルト展開、同期完了!」
「魔力充填率85%、発射準備完了まで、あと十秒!」
「飛翔体固定完了、ハッチ開け!」
壁面が開かれ、中から砲身の様に伸びたレールが現れる。
太陽の光に照らされ輝くレールの傍ら、桃色の髪をツインテールに縛った姿が叫ぶ。
「オーケーオーケー、射出準備完了。目標、距離十五キロ先の軍勢正面!」
レールの最奥、今まさに発射体勢に入ったカタパルトの上に寝る様な姿勢で固定されているのは、この国で最強の戦略兵器。
「アーサー王、――射出!!」
術式カタパルトに光が走り、レールとの摩擦で火花を散らしながら滑走する。
音を置き去りにするほどの高速で放たれ発射されたソレは、余りの空気抵抗に熱すら持った風圧を物ともせずに腕を組み、叫ぶ。
「聖剣、抜剣。 ――――征くぞォッ!!」
黄金の軌跡が空を征き、迫る軍勢へと激突した。




