第二十七話 精霊と魔術師
「……も、モードレッド、私は先に帰らせてもらうわね?」
「あ、はい! 分かりました!」
顔を真っ赤にしたモルガンが、モードレッドへそう告げると、その体の周りに水流が渦を巻く。
「逃げたっすね」
「逃げましたね」
「やかましいわ! それからモードレッド、今日の晩御飯は貴女の好きなハンバーグですから、寄り道せずに帰って来るのですよ!!」
「本当ですか!? やった! 母様大好きです!!」
「んぐぅ……っ!!」
軽くどもりながらモルガンが水流に飲まれ消えていったが、あの精霊親馬鹿が過ぎるのでは無いだろうか。
「あの……パー子、モルガンさんって昔からあんな感じなんすか?」
「……私も新参者ですので何とも言えませんが、私が襲名した頃はもうあんな感じでしたのよ?」
「五百年前に会った時は、流石にあそこまでではなかったが、それでも言葉の棘と反対に雰囲気はこちらを気遣うタイプではあったな。ただ、昔はそうそう人前に出てくるタイプでは無かったはずだ。」
ギラファの言葉に納得の頷きを送っていると、急にモードレッドがこちらの背後へと視線を送った。
「そりゃあそうだろうさ、モルガンがこんなに人前に姿を現す様になったのは、モードレッドを育て始めてからだからね!」
「うわ!?」
振り向けば、そこに居たのは全身を白とピンクのふわふわした衣装に包み、桃色の髪を大きく二つ縛った、何というか、コッテコテの魔法少女の様な姿だった。
「いやー、しっかし笑った笑った。功刀・蜜希だっけ、君の祖母もそうだったけど、君たちはモルガンと相性最悪だなぁ。」
「パー子、なんすかこの性格悪そうなロリ魔法少女は?」
「蜜希、貴女結構初対面で容赦ないですわよね。」
「あー、自覚はあるっす。」
以前はそこまででもなかったのだが、こちらの世界に来てからある種吹っ切れたと言うか、謁見の時の様な場以外では敢えて気を使わない様にしている節はある。
何故かと言われれば、ツッコミどころの多すぎる連中しか居ないからなのだが、正直ちょっと楽しみだしているので危ない。
そういう意味では、世界救済レベルの英雄の孫という、ある意味特大の免罪符的身分を用意してくれた祖母に感謝する他無いのだが、祖母は間違いなくそんなの関係なく同じことをしていたという確信がある。
「マーリン様」
トリップしかけた思考が、不意に放たれたモードレッドの言葉に引き戻される。
「え、マーリン? このロリッコが?」
「そうだとも、アーサー王の宮廷魔術師にして、モルガンと同じ純粋な神格、マーリン様だよ! ――よろしくね?」
「因みに蜜希、マーリンは少女ではなく少年だぞ」
「え!?」
「あ、何で言っちゃうのさギラファー、ベッドの上で教えて困惑させるのが楽しいのにー!!」
一瞬、風が頬を撫でたように感じ、気が付けば、マーリンの首筋にギラファの大剣が当てられていた。
「蜜希に手を出せば、貴様の存在格ごと抹消するぞ」
「ギ、ギラファさん!?」
気が付けば、自分の体は彼に守られる様に抱きかかえられている。
目に映るギラファの横顔は、先程の警告が本気であると言う事を物語っており、それはすなわち、自分に対してギラファさんが独占欲に近い物を持ってくれていると言う事で。
やばい、頬が緩む、パー子が視界の隅でニヤニヤしてるが今は無視。後でひっぱたく。
そんな風にギラファの姿を見つめていると、刃を突き付けられたマーリンが両手を上にあげつつ叫んだ。
「冗談! 冗談だってば! 君が言うと洒落にならないからそれ!!」
「洒落で済ませるつもりは無いから当然だ。」
そう言ってギラファが剣を納めると、大きく息を吐きながらマーリンが呟く。
「あーー、死ぬかと思ったよ。 掲示板で見て知ってはいたけど、本当に惚れてるんだね君。」
「まあな、何があっても共に居ると誓った身だ。」
「あう……」
いや、ちょっと待ってほしい。これは何だろうか、私への神様からのご褒美だろうか?
マーリンのセクハラ発言に対して即座に戦闘モードに入って警告するギラファさんだけでも許容量一杯だったのに、その上惚れてると肯定の上で今の一言、正直幸福すぎて魂が抜けそうというか、物理的に呼吸が止まって気が遠くなってきたと言うか。
「あの、教官? 腕に抱えた蜜希の顔色が赤通り越して青になってませんこと?」
「む? おい、大丈夫か蜜希!?」
「み、蜜希様!? 死因が尊死は洒落になりませんって! 今すぐ処置しますからね!?」
フィーネやパー子の焦った声が聞こえてくるが、いやいやまさか、いくら自分がギラファさんに過剰反応するとは言えそこまでは……
「だ、大丈夫ですか!? 物凄く幸せそうな顔に反して脈がどんどん下がってますけど!?」
え? そこまでっすか? やばいやばいちょっと頑張って戻れ私。
「ぷはぁっ!!?」
まるで溺れた人の様な仕草で息を吸う、そして肺に新鮮な空気が満ちると共に体に血が巡る感覚が戻って来る。
「よかったです、呼吸が回復しましたね。」
「あーー、なるほど、真面目堅物男が惚れるとその分言動の破壊力も高いって訳だね」
「いえ、これに関しては蜜希が許容値低すぎるのが主な原因だと思いますわ。」
パーシヴァルの言葉にムッとするが、その通り過ぎて何も言い返せない。
「すまない蜜希、何か私の発言が至らなかっただろうか?」
こちらを心配そうに見下ろすギラファに、自分は首を横に振って否定とする。
「いや、ギラファさんのせいじゃないっすよ。私が、ギラファさんに好かれているという幸福にまだ慣れて居ないだけっす。」
一度深呼吸をして呼吸を整え、言葉を続ける、ここで言うべき言葉は決まっているのだから。
「私はギラファさんが好きで、他の人に渡したくなんてない、とついはしたない事を考えてしまったりするっすけど、逆に、ギラファさんにもそういう風に思って貰えてることに気が付いたら、ちょっとドキドキしすぎちゃったっす。」
「……そうだな、君の意志を尊重したいという思いはあるが、私も少々欲張りでな、君の想いを他の誰にも渡したくは無い、とふと思ってしまったのだよ、蜜希。」
淀みなく紡がれるギラファの言葉だが、瞳や触覚の動きが何処かぎこちない。
その事に彼も自分と同じなのだという幸いを感じながら、自分は答える。
「ふふ、これからはそうした事ももっと話して、急に倒れないように訓練しないといけないっすね、私。」
でも、
「ギラファさんに面と向かって好きって言われることには、当分慣れそうに無いっすけど。」
周囲を囲んでこちらを眺めるパーシヴァルやフィーネがまるで吹き飛ばされた様に横になりながらお互いを手で仰いでいるが、自分でもかなり恥ずかしいことを言っている自覚はあるので何も言わないことにした。




