第九話 はじめてのおつかい
ギラファの腕から離れることを名残惜しく思いながらも、このままでは満足に会話もできないくらいに動悸が激しいので仕方なく降ろしてもらった。
一度深呼吸して呼吸を整え、改めてギラファと向かい合う。
「大丈夫かね蜜希、私の腕で怪我はしていないか?」
「んん!、はい、大丈夫っすよ、その辺り、ギラファさん滅茶苦茶丁寧にしてくれるっすから」
整えた呼吸が止まるかと思ったが、このくらいなら許容範囲だ。しかしギラファさん、わざと私が悶える様な行動とってないすかねぇ? え?私の容量が少なすぎる? イグザクトリー!!
「ふう、ところでギラファさん。さっき神話に出てた花が超絶成長した大樹って、もしかしなくてもアレっすよね?」
自分が指さす先、ここからでも見える威容は、昨日この世界に来た時に最初に目にしたあの大樹だ。
「地球側の神話があるって聞いたんで、てっきり北欧神話の世界樹かと思ってたっすけど、いやはや、まさか女神さまの墓標とは……」
「ああ、神樹と言われていてな、あの周辺にはこの世界の最大宗教国家『レベリス』が存在している。」
「宗教国家レベリス?」
「レベリスというのは、神話の女神の名前の一つとされている。それを崇めるのがこの世界の最大宗教であるレベリス教、その総本山が宗教国家レベリスだ。」
「あー、色々読んでた本の影響か、宗教国家ってイマイチ良い印象が無いんすよね」
思わず顔をしかめる自分に対し、不意に後ろから声がかかる。
「たしかに、向こうの創作だと、宗教国家って割と悪役にされがちよね、自分たちの神以外認めずに世界征服目指したり。」
振り向けば、そこには手を後ろに回して歩いてくる店主の姿。
「そうそう、って、あれ? アージェさんも出て来たんすか?」
「ふふ、なんだか話し込んでたからつい、ね? とはいえ、そこまで警戒することは無いわよ?」
「どういうことっすか?」
「この世界の最大宗教であるレベリス教だが、『他の神を同時に信仰すること』を認めているのだよ」
「はい?」
「先程語った女神の神話、その一説に『遥か彼方の人の子よ、どうか此方に祝福を、汝らの神の加護を希わん。』というのがあっただろう。あれは女神による多神話への救援要請だったのではないかと言われていてな、それ故、レベリス教では各国が対応する地球側の神話を同時に信仰することをむしろ推奨してさえいるのだよ。」
「理屈はわかるっすけど……一神教の所とかは反発するんじゃないすか?」
唯一絶対の神を持つ宗教に、そのままでいいから一緒に女神様祀れよ、と言ったとて聞き入れられないのではないだろうか。
「そう思うのももっともだけれど、順番が逆なのよ、蜜希ちゃん。」
「逆?」
「そう、他の神話がある所に、レベリス教が入って来たわけじゃないの、レベリス教を信仰していたこの世界に、他の神話が入って来たのよ。」
「……あ!」
思わず手を叩く、そうだ、言われてみればその通りだ。
「もともとレベリス教が『他神話を受け入れる事』を教義に盛り込んでいた所に、地球側からの神話が入って来たのなら、多少形が変わることはあれど、『この世界ではそういうもの』として合一していくって事っすね!?」
「正解。はいこれご褒美のガトーショコラ、希がローソ〇で買ってきたお土産よ。」
「地球土産にコンビニスイーツって何考えてるんすかねうちの祖母は?」
差し出されたガトーショコラを食べつつコメント。あ、これ美味しいっすね、希おばあちゃん定期的に持ってきてくれないかな。
「けど、今の話の通りなら、この国? にもレベリス教の他に地球の神話があるって事っすかね?」
「そういえば説明がまだだったわね、この国の名は聖剣国家『ブリテン』。――対応する地球の神話は、『アーサー王伝説』。神話と言うには、少し難しいかもしれないけれどね?」
「アーサー王伝説……!」
確かに神話と言うには微妙な立ち位置ではあるが、その知名度や物語性を考えれば神話扱いでもおかしくは無い。何せアーサー王と言えば、自分の居た日本では知らない人の方が少ないくらいの英雄では無いだろうか。
「ヒャー!! ゲーマー的にはアーサー王って聞くとテンション上がるっすね!! え?じゃあこの街が中世ヨーロッパ風なのって、その辺り影響してるんすか!?」
「そうね、アーサー王伝説自体は五世紀の出来事とされているけれど、物語が一気に広まったのは中世だから、その辺りが影響しているのか、この国の建物は地球の西洋の様式が割とごちゃ混ぜになっているわ。」
なるほど、アーサー王伝説はヨーロッパ各所の騎士道伝説や創作の集合体の様な面が多分にある。ならば建築やらがそうした様式を混ぜ合わせていてもおかしくはないのかもしれない。
何せここは『異世界』、地球の時代考証とかけ離れた神話の具現をしていても問題は無いだろう。
……歴史考証に厳しかったネトゲ仲間が見たら発狂しそうっすね。
だが自分はその辺り気にしない派だ、面白くて格好良ければ石器時代に機関銃があったっていいではないか。
「しっかしアーサー王伝説てことは、エクスカリバーとかあるんすかねぇ!」
「ふふ、はしゃいでるわね蜜希ちゃん。じゃあそのテンションを維持したままで、ちょっとギラファちゃんと一緒におつかいしてきてくれるかしら?」
「おつかいっすか?」
「私もかね? まあ蜜希はこの世界の土地勘もないから当然ではあるが。」
確かに、おつかいと言われてもどこに何があるのかサッパリだ。今の自分では一度どこかへ行ったが最後、ここに戻ってくることすらままならない。
「ええ、だから二人でこれを届けてきて欲しいのよ。」
そう言って手渡されたのは、何やら箱が入った手提げ袋、重さはそれほどでもないので、金属や何かではなさそうだ。
「了解っす、ちなみに一体どこへ届ければいいんすか?」
ギラファが付き添ってくれるとは言え慣れないこの世界だ、この町の中から出ることは無いだろう。 その事に安堵と、ほんの少しの残念を覚える自分に苦笑をこぼす。
……ゲームのチュートリアルやってる感じっすね、まずは始まりの町で基本操作の確認っす。
ゲームの様に考えてしまうのは少し不誠実かもしれないが、そこはゲーマーの性。何よりこの世界を見ていけることについつい心は浮足立ってしまうものだ。
ギラファさんと一緒なら色々安心できるし、何より街中なら突然岩蜥蜴に襲われるなんてことも無いっすからねー!
あれはあれで貴重な体験ではあったし、最終的に昨日の賄いとなった岩蜥蜴は大変美味だったので収支はプラス寄りなのだが。それはそれとして数日の間に何度も命の危険に晒されるのは刺激的な生活すぎる。
いや、ギラファさんと一緒ならそれも楽しそうっすけどね?
「安心したまえ蜜希、たとえ何があろうとも、君の安全だけは保障するとも」
「あはは……よろしくお願いするっす、ギラファさん」
反射的にお礼を述べつつふと思う。今のギラファの発言は、まるでこの後のお使いに危険が待っているような物言いだと言う事を。
いやいやまさか、異世界二日目でそんな危険なお使いとか……
「じゃあ、ちょっとこの国の首都、キャメロットの王様に届けて来てくれるかしら? 大体往復で一週間くらいになるだろうけど、旅の準備はこっちでしておいたから安心してね?」
「…………」
「はい!?」
自分、どっかでチュートリアルスキップボタン押しちゃったすかね?




