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プロローグ

「お待たせしました。こちらが、神田川さんにご所望いただいたスキルオーブになります。ですが、本当に、このオーブでよろしいので?」


 そう言って植田さん──冒険者ギルドの職員さん──が持ってきたのは、黒に近い紫色の怪しい光をぼんやりと放つ、水晶のような玉。野球ボール大のそれは、よく見ると中で煙のようなものが蠢いている。…かなり不気味だ。


「確認ですが、どんなスキルを引いても、たとえスキルを手に入れられなくとも、やり直しは効きませんし、返金も行えません。それに加え、ノルマ達成などの義務は無効になりません。それでも、よろしいですか?」


 植田さんは、暗に考え直すように再度そう説明をしてくる。


「はい。もう、決めたことなので。」


「…そうですか。なら、もう止めはしません。」


「ありがとうございます。」


「それでは、こちらがスキルオーブ開封用アイテムです。これで、スキルオーブに切れ込みを入れてください。あまり力を入れる必要はありません。ゆっくり押しつけるだけでも十分です。切るか突き刺すかは、お好きな方で。傷の付け方で結果が変わることはありませんから。」


 そう言って植田さんが渡してきたのは、これまた水晶のように透き通ったナイフ。しかしこちらは光を反射しているだけで、怪しい光を発していたり中で煙が蠢いているなんてこともなく、透き通った見た目をしている。

 俺は右手にナイフを握り、目の前の机の上におかれている不気味な水晶玉──スキルオーブを見据える。

 そしてゆっくりとナイフをスキルオーブに近づけていき……直前で止める。

 何度も何度も考え決断したこととはいえ、やはり緊張する。もし外れを引いたら、もし何も得られなかったら…

 両親にも申し訳ない。

 何もこんな結果のわからないランダムオーブなんかに賭けなくとも、普通に中身のわかってるオーブを買えば、少なくとも冒険者としての活動はできる。高校生から冒険者をやってる人なんて、ほとんどいない。こんなもの(・・・・・)を使わずとも、もっと堅実にやっていけば、十分な成果を出せるんじゃないのか?

それこそ学生の間は練習と割りきって、社会人になって資金が充実してから本格的活動し始めるという方法もある。というかそちらの方が可能性が、成功する可能性は高いだろう。

考えれば考える程、やめる理由ばかり浮かんでくる。

 腕が震えて、それ以上ナイフを振り下ろすことを躊躇してしまう。


「すー、はー。」


 そこで一度深呼吸。よし。

 確かに俺が目指しているものは、分不相応かもしれない。

 だが、もう決めたんだ。そこを目指すと。なら!

 腕の震えを押さえつけ、俺はゆっくりとナイフを押しつけていき…










 2040年4月2日。高校の入学式を4日後に控えた今日この日。俺───神田川(かんだがわ) 夏海(なつみ)は冒険者になった。














 










 “それ”が最初に人類の前に姿を現したのは、1965年のアメリカだったとされる。

 それを一言で言い表すとするなら、”穴“だった。


 穴の中は広大だった。穴からしか侵入不可能なその複雑怪奇な空間は、さながら異世界。すぐに国が調査し、見つかったのは、貴重な資源や魔法のような力を発揮する道具の数々、そしてダンジョンを守るように存在する異形のモンスター達。

 誰が言い始めたのか、いつからかそれは迷宮(ダンジョン)と呼ばれるようになった。

 それから、世界中で続々とダンジョンは見つかるようになる。

 各国はこぞって調査団や軍隊を送り込み、資源の調査や採掘、モンスターの殲滅、または生け捕り──は失敗したようだが──等をおこなった。


それにより、人類はダンジョンについて多数のことを知るようになる。

例えば、モンスターは決して外には出ないといった都合のいいルールであったり。

例えば、ダンジョンから取れる不思議な石からは莫大なエネルギーを抽出できるといった恩恵であったり。

例えば、ダンジョンを消滅させる手段という万が一の際の切り札であったり。


それらを知った人類は、さらにダンジョンを求めた。

誰かが言った、「ダンジョンは、神がもたらした人類への祝福である」と。

もちろんダンジョンを活用することに反対の声もなかったわけではない。しかし、人類の抱える多数の問題を解決し、恩恵を与えてくれる宝の山を前にした多数派によって、その声はかき消されてしまった。


 そして、最初のダンジョンが現れてから5年、1970年に大事件が起こる。


 第一次(ファースト)世界(ワールド)連鎖的(チェイン)超異空間迷宮決壊(スタンピード)

 スタンピードと呼ばれる、それまで決してダンジョンから出ることの無かったモンスターが、溢れ出るようにダンジョンから出てくる現象。それが世界各地でほぼ同時期に起きた。モンスター達は手当たり次第に周囲を破壊し、殺戮を繰り広げていったという。


 これを防ぐためには、全てのダンジョンでモンスターを定期的に間引くか、管理できないダンジョンを消滅させる必要があることが後の研究でわかった。

 しかし、1970年頃には国の手が足りなくなる程、ダンジョンの数は増えていた。


 それは出現するダンジョンの個数が、年々増えていったことが原因だ。最初こそ、世界全体で週に2~3個なんて数だったのが、5年後には日本だけで毎日十は下らない程見つかるように。さらに単純な物理攻撃が通用せず、ダンジョン産の道具をもってしか倒せないモンスターも見つかっていた。


 そのため、多くの国はある方策を行うを決断する。

 すなわち、民間へのダンジョン管理の委託である。

 これにより、スタンピード発生の確率は格段に下がった。これでワールドチェインスタンピードは二度と起こらない…はずだった。


 しかし1977年、第二次(セカンド)世界(ワールド)連鎖的(チェイン)超異空間迷宮決壊(スタンピード)が発生した。


 しかもその被害は、第一次とは比べ物にならないほど甚大だった。

 それは第一次のころよりダンジョンの数が多かったのも要因の1つだが、最たる原因は後に定められるランク制で、B以上と認定される凶悪なダンジョンだった。


 それらのダンジョンは、吐き出すモンスターも強大だったが、それ以上に凶悪な特性を持っていた。


 周囲の環境を変えてしまうのだ。


 都会を樹海に呑み込ませ、陸を海にしずめ、砂漠で嵐を起こした。


 特に最高ランクであるSランクダンジョンにいたっては、世界規模の影響をもたらした。


 大規模な気候変動。新たな大陸の誕生。大国の消失。


 世界は大混乱に陥った。

 日本も国家機能が麻痺し、まともな対処ができなくなっていた。

 人類はこのまま滅びるのではないか。

 そう思う人間も少なくなかった。


 しかし、国に頼らず、自らの力で危機を脱した者達がいた。


 魔法のような力を持つ武器、使用者に異能を授ける宝珠、使役者の命令に従うモンスターを呼び出す本。

 様々なダンジョン産の道具を手に入れ、戦う力を得た彼らこそ、後に冒険者(Adventurer)と呼ばれる者達だ。


 冒険者は地上からモンスターを一掃するだけでなく、数多のダンジョンを攻略。害しかもたらさないダンジョンは消滅や機能停止に追い込んだ。

 彼らの働きにより、第二次(セカンド)世界(ワールド)連鎖的(チェイン)超異空間迷宮決壊(スタンピード)は、1982年に五年の歳月を経てようやく終結した。








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