私の夢、俺の夢
土手に座り、川を眺める少年。
年は17歳。高校二年だ。
なぜ私が彼のことを知っているのか。
答えは簡単だ。
私は未来の、彼なのだから。
久しぶりにかかってきた、友人からの電話。
彼は言った。孫が出来た、俺もついにおじいちゃんだと。
その声は嬉しそうで、幸せそうだった。
「で、お前の方はどうなんだ」
「何も変わらないさ。相変わらずだよ」
「まだ……書いてるのか、小説」
「いや……しばらく書いてないな」
「そうか……」
彼は気まずそうにそう言い、「すまん」と謝ってきた。
若い頃から、夢を追い続けてきた。
自分なら出来る、そう信じ、全てを捧げて来た。
しかし、夢は叶わなかった。
書いても書いても届かず、いたずらに年を重ねた。
私は人生を誤った。
夢におぼれ、現実を見てこなかった。
もしやり直せるのなら……そう思った時、私はここに立っていた。
「未来から来た……俺?」
「ああ。今からざっと、40年後の君だ」
「それを俺に、信じろと」
「君は今年の5月から、煙草を吸ってる」
「え……」
「机の一番上の引き出しに、ガラス製の灰皿を隠してる」
「……なんで」
「それから、そうだな……つい最近、販売機でエロ本を買ったよな、生まれて初めて。深夜にマスクとサングラスをして、確か……焦って800円入れて、300円の本を買った」
「分かった、分かったからやめてくれ」
「信じてもらえるか」
「……こんな話で信じるのは癪だけど、誰にも言ってないしな」
「話が早くて助かる」
「それで?未来からわざわざ、恥ずかしい話をしに来たのか」
「いや……小説は進んでるか」
「ああ、そっちね。勿論、毎日書きまくってるさ」
「そうか……そうだったよな」
「それで?未来から来たなら教えてくれよ。俺はいつ、デビューする?」
「デビューは……してないな」
「え……」
「今から30年ほど、君はずっと夢を追い続ける。結婚もしない。就職もせず、バイトをしながら小説を書く。だが結果は出ない」
「マジか……」
「そして40年たった時、こうなってる。だから私は、君に伝えたい。今ならまだやり直せる。その夢は諦めろ、とね」
「……」
少年は無言で立ち上がり、静かな水面を見つめ、つぶやいた。
「そうか……40年たっても、夢は叶ってないのか」
「ああ……」
「それで?あんたは諦めたのか?」
「え……」
「書いてないのか」
「……ああ、もう10年ほど、書いてないな」
「なんでだ」
「……疲れたんだ。夢におぼれ、人並みの幸せに目を背けた結果、今の私がいる。だがそれはいい。私の選択だ。
でも君なら、まだやり直せる」
「あんた、ほんとに俺か?」
「……」
「俺は40年たって、そんな情けない男になってるのか?確かにその年まで、夢は叶えられなかったんだろう。でもあんた、まだ生きてるじゃないか。なんでやめる?作家になるのに、年齢制限なんかあったか?夢は諦めた瞬間、目の前から消える。あんたも俺の時、そう思わなかったか?
俺は諦めないね。むしろ燃えてきたさ。運命と夢の大勝負、こんな熱い展開、やめられるわけがないだろ」
その言葉は、燃え尽きて灰になっていた私の心に、小さな火を灯した。
「あんたはどうなんだ?今からずっと、死ぬまでいじけてるのか?」
「…………そうだな、ははっ……私は……いや俺は、いつの間にか夢を呪いのように感じていたのかもしれない。それに怯え、逃げていたのかもしれない」
「いい顔になってきたじゃないか、俺。そうだ、夢は諦めるまで夢だろ?自分が一生かけて追い続ける、それが夢だろ?」
「ああ、そうだった。まだ終わっちゃいない。俺は生きてるんだ」
「そうだよ俺。お互い頑張って、夢を追い続けようぜ!」
「ああ、ああっ!」
私は俺と、手を伸ばしてグータッチをした。若い頃の癖だ。
そしてお互いに笑った時、私は再び自分の部屋へと戻っていた。
「……」
パソコンの電源を入れる。口元が緩む。
「さあ……待ってろよ、俺の夢!」